林卓人、「寡黙」のGK。明かされる雄弁なプレーのすべて
【短期集中連載】広島を蘇らせる、城福浩のインテンシティ 第五回
林卓人は、寡黙な男だ。インタビューで露出することはそれほど多くないし、ソーシャルアカウントで広く意見を発することもない。
プレーに関しては、もっと「寡黙」かもしれない。何しろ、ビッグセーブがそれほど多くない。ゆえに、素人目でもわかる「絵になる」プレーが少ない。それ故なのか何なのか、2015年にリーグ制覇した際には34試合30失点という驚異的な失点率の礎になったにもかかわらず、ベスト11から選外となった。
しかし、プレーを紐解けばこれほど「雄弁」な選手も他にいない。そのプレーの凄みを解説するには、GKというポジションに精通するインタビュアーが必要だ。よって第五回となる今回は、山野陽嗣氏(元U-20ホンジュラス代表GKコーチ)にインタビューを依頼した。
去年は、守備の原則ができていなかった
山野陽嗣(以下、山野)「ここまでのチーム成績もさることながら、今シーズンは林選手自身のパフォーマンスも素晴らしいと思います。ご自身では、どう評価されていますか?」
林卓人(以下、林)「昨年の降格危機もあり、今季はみんな不安が大きい中でスタートしたと思います。一方で、『去年の悔しさを晴らしたい』という気持ちも強くありました。そこは、城福浩監督がうまく整理してくれましたね。シーズン当初は内容が良くなかったですけど、結果を手繰り寄せていく中でそれが成功体験として残り、ちょっとずつチームが良い方向に進んで行ったと思います」
山野「整理できたというのは、GKとしても整理できたということですか?」
林「そうですね。最初に整理したのは、守備のところでした。監督が一番に指摘したのはポジショニング。『2、3mサボることで、自分たちのゴールに向かって50m走らなきゃいけなくなる。2、3m頑張ったら、数十m守備することもなく、そこで貯めたパワーを攻撃に使える』と。去年はそういう守備の大原則、ゴールの正面方向からアプローチに行く部分ができていなかった。城福さんがその意識づけをしてくれたのは、大きかったと思います」
――その意識づけは、林さん自身のコメントにも表れていますね。第11節アウェイ長崎戦後(4月28日)、0-2で完勝したにもかかわらず林さんは激怒されていました。「これだけ良い試合ができたのに、(前節の)FC東京戦(3-1で今季初の敗戦)でできなかったのが悔しい」と。
林「そうですね。FC東京戦の不甲斐なさが際立つというか。『このプレーを、なぜ前節やれなかったのか』と。FC東京に負けたことで、長崎戦は勝つしかなくなった、『内容がどんなに悪くても、1-0でも勝つ』と考えていました。FC東京戦は自分たちで崩れた部分があったので。
でも、それはそれで良かったなと思います。あの敗戦は、自分たちの立ち位置をあらためて気づかせてくれました。練習でやってないことをやるなど、色気を出そうとすると失敗する。あらためてそれを学んだと思います」
山野「今年の広島は、負けたとしても明確に原因が見えているのが良いですね」
林「そうですね。去年は、一生懸命戦っても改善策が見えないままでした。チームの歯車とは、そういうものだなと。原因がわかったとしても、立て直すのは非常に難しかったりする。去年の自分たちは、そういう負のスパイラルにハマっていたと思います。この先、またハマる可能性もないとはいえないと思います」
山野「今これだけの成績が出て、なおそのコメントが出るのはすごいですね」
林「そんなことないですよ」
今は、身体のクセを直している最中です
山野「2017年に負傷離脱した際、『これまで培ってきた構えや重心など含めて、ゼロから作り直す』とおっしゃっていました。2015年のリーグ優勝でMVP級の活躍をされながら、自分のフォームをリセットした理由を教えてください」
林「2015年は、優勝に貢献できた自負はあります。パフォーマンス自体も思い通りにいってました。けれど、やはり自分は日本代表に入るという目標がありましたし、優勝したシーズンでも『もっと抑えられた』というところがありました。力のなさを感じる失点も多かったです。
その原因を、自分はフィジカル的な部分だと勝手に感じていたんです。それで、2015年のオフに独学でフィジカルを追い込みました。けれど、2016年のパフォーマンスは自分でもあまり良くないなと思っていて。そして2017年、実際に腰をケガしたんですね。リハビリ段階で、トレーナーの方から『自分の身体を、自分で傷つけてるようなものだ』と言われました」
山野「それは、姿勢などの部分でしょうか」
林「そうです。動きの質が悪い中でやっていたので、腰に負担がきたんですね。腰を痛めたのは、これで3度目。要は、今までやってきたことが間違いだったんですね。自分なりに必死にやってきましたし、若い頃は多少無理も効いてパフォーマンスアップに繋がっていました。だけど、また腰をやってしまった。『何か変えなきゃダメだ』と思って、いろんな人にアドバイスをいただいたんです」
山野「具体的には、どういう部分ですか?」
林「今は、身体が内側に入りやすいクセを直している最中です。ニーイン(膝が内側に入るように使うこと)もあるし、骨盤が前傾しやすかったり、胸が浮きやすくなったり、腰を反ってしまったり……そういった間違った動きを、20数年間やっていたんです。まだ取り組んでいる段階ですね。20数年のクセは、そう簡単には抜けないですから。
ただ、今でもパフォーマンスは上がっていますから。そういう意味で、伸びしろしかないですね。さらにいいパフォーマンスに繋がる確信もあるし、すごく楽しみです。モノにできるよう取り組みたいですね」
山野「負傷というのは選手にとって大変なことなのに、自分を進化させるよう前向きに捉え、実際に進化し、なおかつ結果も出しているというのが本当にすごい。間違った動きとおっしゃいましたが、20数年間もやってきたことを『変える』というのは、パフォーマンスが落ちる可能性もあり、普通はかなり怖さもあるのですが。現段階でも、シュートに対して本当に自然体というか、力みがないですよね。反応面では、2015年よりさらに進化されてるのでは」
林「自分でも、そこの怖さはなかったですね。正しい動きの方が、自然に動けますから。ただ、油断するとまだ元のクセが顔を出します。早く、無意識にできるようになりたいですね。
(第3節鹿島戦、第6節柏戦など)PKを止めたシーンでは、イメージ的には『体幹を繋ぐ』ということができたかと思います。構えに集中できました。キッカーに惑わされたり、『こっちに蹴るのかな』とか考えそうになったんですけど、まず自分が動ける状態を作らなきゃいけない。その構えが、できたんです。
たまたま止められた部分はあると思いますが、正しく動けなかったら止められなかったと思います。身体全体が繋がった感覚が残っていますね。ただこれはPKのシーンなので、動きの中でやれてくるともっといいと思います」
山野「2015年の時と比べると、どういう違いがありますか?」
林「試合後の疲れ方ですね。今は、全然疲れないんです。これまでは身体の張り、火照り具合がすごかった。多分、チカラの入れ方や感覚が違うと思うんです。なので、良い方向に向かってくれてるのかなと。まだ確信までには至っていないので、早く自分のものになってくれれば良いなと思っています」
楢崎正剛さんは、いまだにレベルが違う。
山野「先ほどPKの話をされていましたが、PKの前の準備がなかったら、柏戦のクリスティアーノのスピード・強度あるシュートに反応できてなかったと思います。技術やスピードだけじゃなく、シュートを止めるための身体の強さがあったからこそあの強度のPKもきちんと弾けたのでは。Jリーグでも突出した能力だと思いました。
先ほどの居残り練習でも、45度ぐらいの角度から右利き・左利き両方からシュートを撃たれていましたが、林選手は動きながらのシュートストップをやられていました。『こういうふうに足を運んで、ポジションを取って、シュートを撃たれる前はこういう状態で』……ということを意識したトレーニングなんでしょうか」
林「あれは自分の課題ですね。移動、構えるタイミング。スピードを上げた状態から止まろうとすると、身体が流れることがあります。でも、速く動かないといけない時もあるし、ポジションがズレても構えるタイミングで勝負する時もある。そういうのは、自分の課題だと思っています。そういう部分では、名古屋の楢崎正剛さんはいまだにレベルが違いますね」
――今年のルヴァンカップ・グループリーグで対戦した際、楢崎選手のプレーをつぶさに観察されたそうですね。
林「そうです。自分はメンバーに入らなかったですが、(スタンドで)アップやハーフタイムでの動きを見せてもらいました。力の抜けた構え、タイミング、移動の際の重心の力の抜け方、ため息が出るレベルでした。今はケガやチーム事情で出られていないですけど、いまだにトップレベルだなと感じています。あの領域に、自分も行きたいですね」
山野「先ほどの練習を見ていたのですが、林選手は例えば手の位置一つとっても細かい動作について、どうやったら無駄な動きがなくなるかをかなり考えられているんじゃないかと感じました」
林「手の位置とかは、プロのレベルになると個人差があると思うのであまり気にはしてないです。けど、山野さんが言われるところは意識しています。大事にしているのは、正面キャッチとかそういう部分の技術です。楢崎さんもそうですけど、まるで吸盤がついてるような、余計な音すら鳴らない精密さをすごく感じます。
例えば、練習オフ明けの1本目のキャッチをすごく大事にするところとか。アップでも、正面キャッチでキックを受けるとして、1日10本とか20本だとしても、1年間通したら何百本・何千本になります。一本一本を集中してやれているかどうかで、大きな差が生まれます。僕はGKを学び始めたのが遅かったので、うまくなる楽しさは今でも残っています。そういうものが、重要な時に技術として発揮できたらうれしいなと」
山野「今季、林選手は素晴らしい活躍で、月間MVPにも選ばれるほどスーパーセーブを連発されています。私は特に第1節・札幌戦のアディショナルタイム、FWジェイ・ボスロイドと競ってハイボールをキャッチしたシーンがとても印象に残っています。
あのハイボールをジェイのような強い選手と競りながら、いちばん大事な時間帯で競り勝って、なおかつキャッチできるGKはJリーグになかなかいないと思います。もし同点となったら今の広島の快進撃があったかわからない、非常に重要なプレーだったと思います」
林「あの時は結構ヤバかったですね。最初、ファーポストに振られた際には出られなかったので、構えを変えました。折り返された時は、その場(でジャンプするしかなかった状態)だったんです。パワーを持ってアタックできる状態じゃなかった。
ジェイがいることはわかっていたので、まともに競り合ったらパワーで負けて、たとえボールをキャッチできてもそのままゴール方向に身体が流れると思いました。なので、ジェイに身体が当たらないようとっさに判断を変え、接触を避けながらキャッチに持っていきました。結果うまくボールを収められ、直後に試合が終わったのでホッとしています」
山野「私は、Jリーグの他のGKではなかなかキャッチできないと思いました。ジェイと競り合いながらだったので」
林「そうですかね。全然いると思いますよ」
読みに頼ったらおしまいだと思ってます
山野「ビルドアップについて質問します。森保元監督の時は多少プレッシャーをかけられても、GKから繋いで展開していくケースが多かったように思います。今季は、シンプルにパトリックを目がけて蹴るシーンが目立ちますが、いずれにせよキック精度が非常に高いですね。パントキックにしてもプレースキックにしても、ピンポイントで合わせています。スタイルが変わった中で、キックを特別に練習されたりはしていますか?」
林「特に練習はしていないですね。基本的に今のGKは、細かく繋ぐよりミドル、ロングが正確に蹴れる方がリスクに繋がらないと思います。もちろんチームのスタイルで繋ぐと優位に進められるケースはあると思うんですけど、基本はロング・ミドルを正確に蹴ることかなと。
ミシャさんや森保さんがやっていた繋ぎは特別だと思いますし、それを経験できたのは選手として勉強になりました。サッカー選手として、すごくプラスになるものを身につけられたと思います。ただ、基本はやはりロング、ミドルが正確に蹴れればGKとしては全然問題ないかなと。キックは高校生の時から練習していましたし、パト(パトリック)は僕のキックがちょっとズレてもなんとかしてくれますから信頼して蹴れます。
もちろんロングボールだけだと拾われる確率も高くなるし、ボールを大事にしながら相手陣地に運んでいく部分はもっと改善したいと思います」
山野「林選手は以前から、テレビやメディアが喜ぶファインセーブよりも、きちんとシュートに対して最適なポジションを取り、身体の近くで止めるシーンが多いように思います。ポジショニングについて、気をつけていることはありますか?」
林「そこはベーシックですね、『ゴールの中心と、ボールを結んだ中心に立つ』という基本とか。DFの寄せ方で本当に半歩だけポジショニングを変えたり。あとは、ニアを自分で抑えることは心がけています。だからといって、毎回ニア寄りにポジションを取るかと言ったらそうでもないですけど。
GKって難しいですよね、早くポジションに入り過ぎたらキッカーとのタイミングが合わなかったり、変な間ができたり。どういうタイミングで、どういうポジションに構えるか。移動するタイミング、構えるタイミング、シュートに合わせるタイミング、非常に大事だと思います」
山野「今シーズンの広島は、DFがかなり厳しく寄せていますね、ボールを取れないにしてもしっかり足を出す。ファーはDFの足が切るなどして、林選手との連係で守れたシーンが多いように思います」
林「典型的なのは、川崎フロンターレ戦(第5節、0-1で勝利)の嘉人(大久保)のシュートだと思うんですけど、
ファーから2枚がスライディングしたことで、シュートコースは切れていました。100%ニアを予測したわけではないですけど、予測は立てやすかったですね。最後、ファーに転がされて抜かれる可能性はありましたけど、おそらくDFの足に当たったと思います。DF陣がああいうプレーをやってくれると、非常に助かります。
今年のDFについて言えば、寄せる距離もいいですね。コースを切るだけじゃなく、最後まで寄せ切ってくれる。良いコースにいるけど距離が悪くて、撃たれて、DFに当たってコースが変わるというケースも今年はないので。シュートブロックに入れば外にボールが飛んでいく、そういう距離感で寄せ切れているというのはみんなの努力の成果かなと思っています」
山野「今、重要なことをおっしゃいましたね。『ファーに転がされて抜かれる可能性はある』と。予測は持つけど最後まで状況を見て、最適な判断をするということですよね。先に読むな(決めつけるな)ということなんですね」
林「そうですね、読んだら終わりという気持ちはあります。仮に読みを利かせて止められたとして、そういうケースはシーズンで1回か2回あるかないか。そういうプレーをビッグセーブと呼びたくないです。読みに頼ったプレーをしてしまうと、シーズン通してどれだけ失点するかは目に見えてますから。
もちろん、目の前の1試合も大事です。けれど、最終的に年間通して安定したかが非常に大事な要素だと思っています。読みに頼るのは技術的に正しくないと思うし、そういうGKがシーズンを通して出続けられるかは難しいと思います」
下田崇さんは今でも目標にしています
山野「去年のホーム大宮戦、マテウスに2点目を決められたシーンはかなり大きなプレジャンプをしていましたね。本来の林選手は、なるべくプレジャンプを大きくしないようにしていると見ていたので、驚きました。当時は、身体の感覚にズレがあったんでしょうか」
林「お伝えした通り、当時は間違ったトレーニングを続けていてその歪みがきてたんですね。ただ自分は頑固な部分があって、当時は頑なにトレーニングのやり方を曲げなかったんです。柔軟にやった方が良かったのか、根性で続けたから今に繋がっているのかは何とも。そこで頑張ったからトレーニングの筋力が残っていて、スムーズに移れた部分はあります。
去年はシーズン開幕から肉離れをしました。あのあたりで気づければ良かったと思います。ただ、腰の状態は良くなかったですけど、自分の中に逃げは存在しないですから。チームには迷惑をかけてしまいましたが、自分は逃げ出さず我慢強くやれました。あそこで逃げず、身体の見直しをやったことが今に繋がっていると思います。苦しい時にどれだけ踏ん張れるかは、自分のストロングポイントだと思っています」
山野「ケガをきっかけに落ちていく選手がたくさんいる中で、林選手は逆に状態を上げてきた。簡単にできることではないです」
林「リハビリ段階で、さっき言ったようなトレーニングに取り組んでいて、ちょっとずつ形にもなっていました。ただ、去年はリハビリにじっくりかける時間もなかったので。最後は復帰できましたけど、状態は100%ではなかったですね。特に、クロスに対してパワーを持って入っていけなかった。ただ、ヨンソン前監督に『行け』と言われたのは本当にうれしかったですし、(チーム状況的に)そんなことは言ってられないので。
それに、100%ではないにしろ勝負できるものはありました。これまでの経験をすべて動員して戦えばなんとかなる、と思っていました。実際に失点は続いたんですけど、チームが勝ったことで大きな手ごたえを得ました。練習で手ごたえがあっても、試合で通用するかどうかはわからない。それを去年復帰した3、4試合でつかめたことが、今季に繋がっている部分はあります」
山野「今年からGKコーチが下田コーチ(崇、現五輪代表GKコーチ)から加藤寿一コーチになりました。両者の違いについて、お話できる範囲で教えてください」
林「下田さんは、現役時代から一番尊敬している人です。人としても、GKとしても。今でも憧れですし、背中を追いかけている人です。僕も同じ指導を受けましたが、下田さんも望月一頼さんというGKコーチからサンフレッチェ広島のGK哲学をしっかりと受け継ぎ、体現していたと思います。
下田さんとはプレーの感覚について、選手同士の時には聞けなかった話もできました。選手のメンタル面も理解してくれ、チームの雰囲気も理解してくれました。本当に助けられました。毎日一緒にやるのも、見るのも本当に楽しかったです」
山野「例えばどんなところが?」
林「現役時代、下田さんが逆を取られるシーンを見たことがないんです。感覚的な話を下田さんとした時に『いや、逆は取られてたよ』って言うんですけど。でも、『足が残ってるからもう1回反応できるんだ』と」
――たとえ予測したとしても、身体はニュートラルなポジションにいると。
林「例えば右方向に来たボールに反応するとして、身体は一瞬(右方向に)乗ってるけど、ある程度まで重心が乗らなかったらなんとかなると。でも僕には、下田さんが言うような『一瞬乗ってる』というのもわからないんです。普通に反応してるようにしか見えなくて。『この人は一つ上の感覚でやっていたんだな』と思いました。常に足が地面に付いてますね、吸盤のように。身体が崩れずに支えていました。
加藤さんは、ずっと育成でやられていて基本的な技術の部分、バランスが崩れている部分などを見抜く技術が抜群に高い人ですね。一瞬で分析する能力が本当にすごい。
ビデオを見て『このプレー、こうだったね』という分析は、誰でもできると思うんです。けれど、一瞬で分析して、的確な一言二言でパッとコーチングするのはすごく難しい。加藤さんの能力の高さを感じます。加藤さんは、僕が18歳で広島に入った時、まだ広島でGKコーチになりたてぐらいでした。そこから育成に長く携わられ、経験も積まれている。非常に優れたGKコーチだと感じています」
(川島)永嗣は、自分よりすべてが上だなと。
山野「日本代表GKは、2010年に岡田武史元監督に抜擢されて以来ずっと川島永嗣選手がレギュラーの座にいます。林選手と川島選手は、同学年ですよね。現役選手の中で一番の地位を築いていると思うんですが、林選手から見てどういう部分が優れていると思いますか?」
林「長く海外で活躍できる語学力、メンタリティ、人間性という部分を含めてすごく尊敬しています。技術的なところを言うと、1対1で前に出るスピードと迫力。一瞬にしてFWとの距離を詰めてしまうスピード、相手に考えさせる時間を与えない迫力はすごい。クロスに出られなかった時の、シュートに対する準備も非常に早くてうまい。キャッチングも優れている。すべてのプレーのレベルが高いと思いますし、こんなこと僕が言っていいのかわかりませんけど、自分よりもすべてが上の選手だなと」
山野「なるほど。ただ、寄せに関しては林選手にも今季『すごいな』と感じた部分があります。第3節・鹿島戦(0-1で勝利)で、FWペドロ・ジュニオールとの1対1を止めたシーン。林選手は、普段は最後までボールを見て動かないようにしていると思うんですけど、あのシーンではそれだと止められなかったと思うんです。
トラップが足元に入った瞬間にアタックして、シュートコースを消しました。この試合では金崎夢生選手(現鳥栖)のPKストップもありましたが、あのシーンが入っていたら試合に負けていたと思います。あの時の感覚は、どうだったんですか?」
林「あの時は、ミズ(水本裕貴)が後ろ向きになった時に『危ない』と思って。ただペドロが抜けてきた時、ボールが足元にピタッと止まったら僕も止まったと思うんです。けれど、ちょっとコントロールが流れたのでニアのコースを消しながらアタックに行けました。(コントロールミスを)見逃さなかったのが、良いアタックに繋がったのかなと思います」
山野「あれだけのピンチの中で、水本選手の身体の動きからそこまで予測してたんですね」
林「最後は、前に出ていく決断力だと思います。(川島)永嗣が優れているのも、そこの決断力だと思うんです。間を詰める技術もそうですけど、決断した時に思い切り強くいけるメンタリティ、判断、そこがやっぱり素晴らしいなと思います」
山野「林選手は今季PKを3度止めていますよね(アウェイ鹿島戦、アウェイ柏戦、ルヴァン浦和戦)。優勝したシーズンも3本止めています。『良い準備が大前提』と言われてると思うんですけど、スカウティングデータがある中でデータ通りに反応するのか、試合で状態を見ながら感覚で決めるのか、どちらの方ですか?」
林「PKに関しては、データはまったく入れないです。『(データを)入れないでくれ』と言っています。スカウティングから『いちおうデータ出せますけど、どうします?』と言われるんですが、『先入観が入っちゃうから』と断っています。迷いも出ますから、『データ通りに飛んだ方が良いのかな?』とか」
山野「目の前の相手の状況と、自分次第という感じですか?」
林「そうですね。もちろん、いろんなところから情報は得ています、その選手の性格とかプレー中のイラつき具合とか。でも、結局は自分が良い構えができているかどうか。仮に予測が当たっても、反応もタイミングもズレていたら止められないと思うので。自分がどれだけ集中して良い状態で入れるかです。もちろん、いろいろ分析するGKもいると思うし正解はないと思いますけど」
山野「それは札幌、仙台時代からそうなんですか?」
林「基本的にはずっとそうですね。データを見せられる時もあったし、チーム全体の分析にPKを入れられた時もありました。でも、先入観が入って気持ち悪かったのですぐ分析を外してもらってました」
山野「鹿島戦ではPKストップが大きな話題になりましたが、セカンドボールに素早く立ち上がってブロックしたことも大きいと思います。こうした起き上がりも意識されて練習してるんですか?」
林「そうですね、やはりこぼれ球が生まれたら、そこに弾いてしまった自分が悪いので」
山野「とはいえ、PKなのでなかなか弾く位置まではコントロールできないと思うんですが」
林「うまく弾ければ、あの状況は生まれなかったと思います。結局、そこに行き着いちゃうかなと」
山野「なるほど。先ほどの練習でも、左45度からのキックに対して、フィスティングで外に出そうと思ったボールが下に落ちたシーンありましたね。『あー、くそ!』って声がここまで聞こえました。やはり、ボールの弾き方一つとっても、かなりこだわってプレーしているのが伝わってきました」
林「手の出し方は、自分の中に細かいこだわりがあります。一見ただ弾いただけに見えるけど、実は味方にパスできているシーンもあります。そういう時は気持ち良いですね。キャッチできれば理想、無理な時は人のいないところに弾く、余裕があるなら味方のそばに置く。そういうのがいいと思います」
日本においてGKの評価が低いとは、あまり思わない。
――川島選手は、いろいろプレーで叩かれることが多いですね。日本では、一般の人にはGKに関する情報が足りな過ぎると思います。
林「難しいところですね。GKは1試合ダメだとそういう評価になってしまうと思いますし。あれだけファンに叩かれるのを見ると、代表の恐ろしさ・厳しさを感じます。代表は1試合だけで評価される、一発勝負の大会なのでしょうがないかなと思います」
チームになると年間通しての安定感を評価されるので、仮に1試合ダメだとしても残り33試合安定していれば『いいGKだね』と評価されます。でも、代表だと失点してしまうとGKの評価に繋がりにくいですね。でも、仕方ないですよね、それがプロなので。結果が出なかったら叩かれる。批判にさらされるのが嫌なら、プロサッカー選手をやらなければいい。逆に活躍すれば称賛に変えられる、素晴らしいポジションだと思っています」
山野「とはいえ川島選手はメスで多くの失点を喫しましたが、フランスではファン投票の月間MVPに選ばれました。ベルギーのリールセ時代も、スタンダール・リエージュ戦で7失点したものの、試合のMOM(マン・オブ・ザ・マッチ)に選ばれています。欧州は、ファンもメディアも失点の多寡でなく『GKの過失があったのか』などプレーの中身まで見て評価する文化があるのかなと思います。林選手は、その辺、割り切られてやられてますか?」
林「仕方ないですよね。僕がファンやメディアの人に『こうやって評価してくれ』って言うものでもないと思いますし、批判もその人が感じた主観ですから正しいと思うので。そう感じられたなら、それがすべてだと思うし。僕がコントロールできるものではないです。結局、最後はGKがゴールを守れれば何も言われないと思います。
あと、僕は日本においてGKの評価が低いとはあまり思わないんですよね。『チームに良いGKがいたら勝てる』というのも、今のサポーターの方々は理解されてると思うので。GKの見方はそれぞれだと思うんですけど、GKコーチを5人並べて『この選手を分析しろ』と言われてもそれぞれ違った評価になると思います。だから、それぞれの意見があって良いと思います」
山野「カミンスキー(磐田)とかランゲラック(名古屋)といった欧州でプレーされた選手もいますが、Jリーグには韓国人のGKが増えていますよね。どのような特徴を韓国人GKに感じますか?」
林「基本的な技術に優れ、上背があり、速く強く動けるのが特徴だと思います。神戸のキム・スンギュ選手はKリーグで活躍してから来ていますし、セレッソのキム・ジンヒョン選手は若い時(2009年)に入団以降ずっとセレッソでプレーしてますから、ある意味『日本が育てた』選手と言っても良いかなと。彼らは素晴らしいGKだと思いますし、フィジカル的にも際立っていると思います。基本がしっかりして、正しいことをやってゴールを守っている。日本のGKも勉強になる存在だと思います」
山野「カミンスキーやランゲラックはどうですか?」
林「1対1で身体に当てる決断力が、非常に優れていると思います。ここ一番の集中力、本当に大事な時間帯で『ここ1本抑えたら』というところ。そういう選手が来てくれることで、日本のGKのレベルアップになると思います。もし選手が育ってないというなら、それは選手のせいだけじゃなくて育成の問題。いろんな面から検証した方が良いと思っています」
山野「日本のGKコーチはいろんなパターンを想定して両足で撃ったり、本当に細かいところまでやられてると思うんです。中国で見たドルトムントとマンチェスター・シティの試合で、シティのGKコーチのアップを見ていたら意外と雑な部分もありました。でも、実際には日本から世界トップレベルのGKがなかなか出てこない。『なぜなんだろう』と思うことがあるんです」
林「エデルソン(シティ)やアリソン(ローマ)、ブッフォン(パリSG)といった本当のトップレベルはすごいですよね。ただ、確かに試合前のアップとかは適当なこともありますよね。身体を温めるだけ、みたいな感じで。でもヨーロッパのトップにいるGKは、練習の質が高いんじゃないですかね。
日本の育成について僕は関わったことがないですし、指導もしたことがないので細かい方が良いのか悪いのか、選手がどういう反応を示しているのかまで見ないとわかりません。長いスパンで見て、蓄積しないといけないところもあると思います。ただ間違いなく言えるのは土のグラウンドだけじゃなく人工芝のグラウンドが整うことで、GKをやりたい子は増えると思います。
そこにどういう指導をしていくかは、指導者が勉強して落とし込んでいくだけ。情報は簡単に手に入る時代なので、いかに正しいものをピックアップして落とし込んでいけるか、その落とし込み方も重要だと思います。同じ知識を持っていても、伝え方によって変わると思いますし。
同い年で引退して育成に携わってる友人がいるんですが、特にジュニアユース年代は1~2週間で急激に伸びるのでそれがすごく楽しいと聞きます。僕はまだ現役にこだわりたいですが、指導者がそこに喜びを感じて一人でも良い選手が育ってくれたら」
――個人的に、今回林選手がW杯に選ばれなかったことは悪いことばかりだとは思っていません。カタールW杯も狙うモチベーションになるでしょうから。当然、カタールも狙っていきますよね?
林「現役である限り、代表は常に目指す場所だと思います。冷静に分析すれば、今まで代表での実績もないですし、そんな選手が簡単に入っていける場所ではないでしょう。でも、良いパフォーマンスを続けていれば可能性はゼロではないと思います。厳しいとは思いますが、諦めずにレベルアップを最優先にしたいですね」
山野「将来的には指導者に興味はありますか?」
林「どうですかね。興味がまったくないわけではないですし、サッカーに育ててもらった自分はサッカーに恩返ししたい気持ちもあります。そこに楽しさを見出せれば良いかなとは思うんですけど、まだわからないですね。今はまだまだ身体の動きもめちゃくちゃなので、そこを直す楽しさがあるし突き詰めたいです。サッカーを勉強するのは選手としても大事だと思っているし、いろんな勉強をしておくことが将来的に指導者を目指すとなった時には役立つと思っています」
【短期集中連載】広島を蘇らせる、城福浩のインテンシティ
第一回:城福浩の時計は、2016年7月23日で止まっていた(前編) …8/7
第二回:城福浩が語る、選手育成。「ポジションを奪うプロセスこそ、成長」(後編) …8/8
第三回:稲垣祥、「連続性」のモンスター。広島を動かす中盤のモーター …8/9
第四回:覚悟を決めた選手でないと、広島ではやれない。足立修(広島・強化部長) …8/10
第五回:GK林卓人(広島)。寡黙な男が語る、雄弁なプレーのすべて …8/13
第六回:池田誠剛は、城福浩を男にしたい。「正当な評価がされなければ、日本の未来はない」 …8/14
第七回:池田誠剛が語る、広島。「ここにいる選手たちを鍛え上げたい」 …8/15
Photos: Daisuke Sawayama