稲垣祥、「連続性」のモンスター。広島を動かす中盤のモーター
【短期集中連載】広島を蘇らせる、城福浩のインテンシティ 第三回
J1首位を走る広島の原動力を探る今回の連載、三回目となる今回はMF稲垣祥のインタビューをお届けする。
目を見張る技術があるわけでも、高さがあるわけでもない。代表の常連でもない。にもかかわらず、稲垣は川辺駿を筆頭とするチームメイトを抑えボランチのレギュラーを確保している。その秘密はどこにあるのだろうか? キーワードは、「連続性」だ。
快進撃のタネをまいた、浦和戦の決勝点
象徴的なプレーがある。J1第11節、長崎戦(◯0-2)の26分。長崎DFチェ・キュベックが出した縦パスが乱れたとみるや、稲垣は猛然とスプリントを開始。カットしたボールをダイレクトでパトリックにつけると、そのままスピードに乗って壁パスを受け、ペナルティエリア内に侵入した。
ボールはFW渡を経由して、左サイドMF柏へ展開される。稲垣は足を止めないまま、柏からの折り返しに飛び込んだ。ボールは合わなかったものの、連続的に局面に絡む彼の特性が出たシーンだ。
ボール奪取(守)がそのままパトリックへの縦パスに結びつき(守→攻)、さらに足を止めずペナルティエリア内に侵入、最終的には柏のクロスに反応した(攻)。一息もつくことなく、200mを潜水で泳ぎ切るような連続性。こうした強みは、稲垣自身も自覚している。
「得意なプレーの一つです。FWへのクサビを消しながら、相手のボランチのコースに出させて狙う。ボカしながらプレッシャーをかけていく。こういう部分は、他の選手よりも秀でているポイントかなと思っています。
ベースになる運動量は、他の選手に負けないところを持っていると自負しています。その上で、感覚的に“ここにこぼれるだろうな”と予測して、人より先に動けるのが自分の強み。
ボールホルダーがルックアップしているのかルックダウンしているのか、俺のことを視野に入れているのか入れてないのか、他のパスコースを見えているのか見えていないのか……そういうことを考えながらプレッシャーをかけています」
その持ち味が勝ち点を引き寄せたのが、第2節・アウェイ浦和戦(◯1-2)。78分、ボランチの位置からFWのラインまで飛び込み、蹴り込むでもなく押し込むでもなく「相手DFのクリアを阻止した」。ボールは不規則にバウンドしながら、名手・GK西川周作を破った。ごっつぁん、では断じてない。稲垣がそこに居なければ100%生まれなかったゴールである。
「ああいうところに入っていける、というのも自分の強みですね。先制されながら逆転勝ちできたというのは、相当自信になりました。あれでチームの雰囲気が良くなって、一つになった感じはありました」
実際、開幕前の広島にはかなり悲観的な予測が立っていた。残留の立役者であるヤン・ヨンソン前監督との契約延長をせず、城福浩新監督は経験豊富とはいえ前職・FC東京は成績不振で解任され、1年半ピッチサイドに立っていなかった。
加えて、序盤のカードの厳しさ。H札幌(11位)、A浦和(7位)、A鹿島(2位)、H磐田(6位)、A川崎(1位)……ほとんどのカードが昨季の順位で7位以上のチームであり、しかもアウェイ先行。15位でギリギリ残留した広島にとって、非常に厳しい戦いが予想された。
それらの予想をすべて覆したのは、ご存知の通り。だが、試合内容については特に序盤に関して「無敵の快進撃」とはほど遠かった。とりわけ浦和戦の稲垣のゴールがなければ、広島の快進撃はなかったかもしれない。
心折れずに待ち続け、掴んだ2017年。
ケタ外れの体力は、古巣の甲府に加入した初年度から証明されていた。日体大から加入したばかりの稲垣は、持久力を測るVMA(有酸素性最大スピード)測定でチーム1を記録。初年度の大卒ルーキーが、歴戦のプロを押しのけたのだ。
「走る量に関しては、高校時代から死ぬほどやってきた自負があります。今思っても、相当な強度・量をやってました。『そりゃ、走れるようになるな』という感じ(苦笑)。他の人とは比べられないほどやってたと思うので。
(どんな1日を送っていたのか)朝練から長い距離を走って、筋トレして、午後に練習して、さらに走りのトレーニングをやって。夏合宿でも、ボールを持たずに砂浜で走ったり、3泊で朝、午前、午後と走ったり。今Jでプレーしている選手と比べても、相当やってたと思います」
素走りが多い練習内容に、賛否はあるだろう。しかし、こうした練習が稲垣の資質を開花させ、「走り」を武器にできるレベルまで高めたことは事実だ。
「選手って、持てる力を引き出してもらえる指導者とめぐり会えるかどうかが大きいと思うんです。僕の場合は、抜群に縁が良かった。小学、中学、高校、大学と、自分の可能性を引き出してもらうところでは相当に良いご縁だったと思います」
そんな稲垣だが、2017年に広島に加入してからここまでは決して順調とはいえなかった。2017年は第1、2、4節こそスタメン出場したものの、その後はベンチを温めた。戦術変更の影響とはいえ自身のプレーも振るわず、第8節以降はベンチからも外れた。チームがうまくいっているかといえば、8節時点でわずか1勝。期待をもって加入した選手として、納得するのは難しい状況といえた。
結局、稲垣がピッチに復帰したのはヨンソン前監督指揮下となった第24節。実に15試合、約5カ月もの間“日陰暮らし”を強いられた。「心が折れることはなかったのか」と尋ねると、稲垣は静かに微笑んだ。
「何より、自信がありましたから。練習していても『やれるんだけどな』って、ずっと思ってたので。もちろん実力が足りない部分は感じていましたし、今は我慢してコツコツ積み重ねる時期だという考え方をしてましたけど。
きっかけ一つで、選手って芽を出せると思うんです。それは、いろいろな先輩を見ていて思ったこと。ポジションを掴みに行ったというより、(時期を)待ってました。変にもがくのではなく、『きっかけがあれば、また掴めるだろう』と思っていたところはあります」
特別な才能がない分、我慢強さは人並み外れている。
「そういう部分で秀でないと、生き残っていけないので。そこは、自分のストロングポイントかもしれないですね」
事実として稲垣は第28節以降スタメンを奪い返し、第32節神戸戦(◯1-2)、第33節FC東京戦(◯2-1)ではチームを救うゴールを挙げた。こうした言葉が誇張なら、完全に“干された”状態からこれほどの成績は残せない。
スケールの大きさは、ずっと持っていたい。
「特別な才能を持っていない」と書いた。しかしそれは、ボール扱いに限定してのこと。大枠のアスリートとして捉えれば、稲垣の才能は特別という他ない。
加えて、基礎技術が低いわけでもない。第15節C大阪戦では、名手GKキム・ジンヒョンを脅かす強烈なミドルを披露。昨年の第33節FC東京戦では、ペナルティアーク付近からファーポストに右足ミドルを沈め、J1残留をたぐり寄せた。
「スケールの大きさはずっと持っていたいですね。小さくまとまる感じではなく、『この選手、スケールが大きいな』と感じてもらえる選手になりたいです。あとは、ボランチというポジションはチームの結果が出てナンボだと思っているので。そういう意味で、チームを勝たせる選手になりたいと思います」
ロシアW杯には間に合わなかったが、カタールW杯開幕時には30歳。中盤でのパートナーであり先輩である青山敏弘が踏んだ舞台を、意識することはあるのだろうか。
「もちろん小さい頃からの夢ですし、目標です。けど、実際問題として僕はまだまだ積み上げなきゃいけないことがたくさんある。今現在、そこに執着はしてないですね。
足りないところがあり過ぎて。1日、1週間、1カ月で良くなるものでもない。もっといろいろな経験をしたいですし、その上で自分が成長できたらそういう道もあるかもしれない。現状のままだったら、無理だなと思います」
具体的に語ることは避けつつ、稲垣は自分に足りないものを「ベーシック」と表現した。
「ベーシックな部分。それは、ポジションによって違います。例えばFWなら偏りがあって良くて、『これができないけど点は取れる、これが俺だ』でいい。でも、ボランチはベーシックの部分がある程度しっかりしてないと、ゲームを落ち着かせられない。そこは、上げなきゃいけない部分だと思ってます」
城福監督と代表についての話はしないというが、監督が常日頃口にするのも「高いレベルでのベーシックな部分」という言葉だ。彼が広島で出場を続け、研鑽を続ける限り、A代表は現実的な目標として視野に入ってくるだろう。
最後に、ロールモデルとなる選手について聞いた。
「Jも海外も試合をけっこう見ますし、『この選手いいな、(自分と)似てるな』とか『このプレー、僕もやりそうだな』とか思うことはあります。けど、その選手を追っちゃうと(その選手を)超えられないと思うんですよね。何が大事かというと、オリジナルの部分を伸ばすこと。参考にはするし、プレーを見て学ぶことはします。けど、『この選手を真似したい』とはあえて思わないようにしています」
【短期集中連載】広島を蘇らせる、城福浩のインテンシティ
第一回:城福浩の時計は、2016年7月23日で止まっていた(前編) …8/7
第二回:城福浩が語る、選手育成。「ポジションを奪うプロセスこそ、成長」(後編) …8/8
第三回:稲垣祥、「連続性」のモンスター。広島を動かす中盤のモーター …8/9
第四回:覚悟を決めた選手でないと、広島ではやれない。足立修(広島・強化部長) …8/10
第五回:GK林卓人(広島)。寡黙な男が語る、雄弁なプレーのすべて …8/13
第六回:池田誠剛は、城福浩を男にしたい。「正当な評価がされなければ、日本の未来はない」 …8/14
第七回:池田誠剛が語る、広島。「ここにいる選手たちを鍛え上げたい」 …8/15
Photos: Takahiro Fujii, Daisuke Sawayama