ドイツサッカー誌的フィールド
皇帝ベッケンバウアーが躍動した70年代から今日に至るまで、長く欧州サッカー界の先頭集団に身を置き続けてきたドイツ。ここでは、今ドイツ国内で注目されているトピックスを気鋭の現地ジャーナリストが新聞・雑誌などからピックアップし、独自に背景や争点を論説する。
今回は、選手に飽き足らずとうとう監督までも“強奪”した盟主への冷ややかな反応。
ドイツのサッカー言葉で、2、3カ月ほど前よく耳にした「厩舎の匂い」というちょっと変わった表現がある。この匂いを放つのはどちらかというと保守的で、トップレベルでの経験豊富な、名の知れた人物に限られる。言い換えれば、一種のステータス、一流の証であるかのように使われるのだ。
例えば、クラブの家族的な雰囲気やライバルに対する容赦ない厳しさといった“バイエルンらしさ”を体現する人物はこれに該当する。
そして、このクラブを新シーズンから指揮するニコ・コバチは、『南ドイツ新聞』に言わせれば「いわゆる厩舎の匂いがする人間」である。
右も左もOBだらけ
CLとトヨタカップ(現FCWC)を制した2001年前後のバイエルンの黄金世代に属するコバチは、知略家というより強い意志が特徴の、どちらかというと古いタイプである。スポーツディレクター(SD)のハサン・サリハミジッチやクラブ大使のエウベルとビセンテ・リザラズもやはりこの世代だ。さらに、フロントのウリ・ヘーネス会長にカール・ハインツ・ルンメニゲCEO、ユースの新監督になったミロスラフ・クローゼやコバチの弟でコーチになるロベルトもクラブOBである。
こうした彼らの陣容について『南ドイツ新聞』は「世界的に最も成功しているサッカー企業を大家族のようにするのは果たして正しい戦略だろうか」と疑問を投げかけている。
コバチのバイエルンの指揮官としてのスタートは、うまくいったとは言いがたい。4月のある木曜日に電話でオファーがあり、フランクフルトとの間で交わしていた契約解除条項によりすぐ合意に達したと彼は説明した。
しかし、フランクフルトのフレディ・ボビッチ代表取締役は「バイエルンは敬意に欠け、プロフェッショナルではない」と批判。これに対しヘーネスが「厚顔無恥だ」とやり返した。
この“口撃合戦”を楽しんだ人もいるだろう。だが、本当に重要なのはまったく別の問題――コバチはスターたちとうまく付き合えるだろうか。贅沢なメンバーをどうマネージメントするのか――であると『ベルト』紙は指摘する。なぜなら、今回のバイエルン行きにつきまとった齟齬(そご)はコバチ自身に原因があったからである。彼は自分のことばかりを話し、状況を沈静化させられなかった。フランクフルトでは「いかなるシンパシーも失った」と『フランクフルター・ルントシャウ』紙は断言。ドイツの他の場所でもコバチの信用が疑問視されていると『ベルト』紙も論評していた。
ハインケス続投に固執した理由
コバチの評判に傷がついただけではない。苦肉の策であることをバイエルンが隠し切れないがゆえに、コバチの置かれる立場は難しくなるだろう。「ベストの中のベストから選ぶという方針からの方向転換だ」という見解を示したのは『taz』紙。ヘーネスは、昨シーズン限りでの退任を明言していたにもかかわらずハインケスの説得を試み、その間ずっと、他の候補はいないと強調していた。この解決策の魅力が非常に大きかったからである。何しろ、2019年にはヨアヒム・レーブが空いているかもしれないのだ。または、あと1年経験を積んだユリアン・ナーゲルスマンやラルフ・ハーゼンヒュットルという可能性も考えられた。
だが、このプランは頓挫。彼らは真剣にトーマス・トゥヘル招へいを考え始めたが、彼はすでにパリ・サンジェルマンと合意していた。「バイエルンは躊躇(ちゅうちょ)し過ぎた。ルンメニゲがゴーサインを出していたトゥヘル招へいを実現するには、まずヘーネスを確信させる必要があった」と『ベルト』紙は内情に迫っている。
このような経緯を経て決まったコバチとバイエルンとの共同作業がうまく行くかどうかは非常に興味深い。
そもそも、この監督はバイエルンのスタイルに合うのだろうか。近年の彼らはポゼッションをベースとしたコンビネーションサッカーを展開してきたが、コバチは今まで、どちらかと言えばアンダードッグの戦い方をしてきた。「決定的な問題は、コバチがゲームを支配するコンセプトを構築できるかどうかである」と『taz』紙。コバチ招へいは、ルイス・ファン・ハール、ペップ・グアルディオラ、カルロ・アンチェロッティがもたらした革新から離れるものである。
■ 今回の注目記事
「アンダードッグが記録的王者の下へ」
コバチという選択でバイエルンは、チームのコントロールを監督に委ねることをやめ、ヘーネスとルンメニゲがそれを担うことを意味する、サリハミジッチをSDにしたのもそのためだったと解説。CLでの指揮経験がなく、アンダードッグのサッカーをしてきたコバチ次第では、もしかすると来季のブンデスリーガは‟面白くなるかもしれない”と展望する。(『taz』電子版2018年4月13日)
Photos: Bongarts/Getty Images
Translation: Takako Maruga
Profile
ダニエル テーベライト
1971年生まれ。大学でドイツ文学とスポーツ報道を学び、10年前からサッカージャーナリストに。『フランクフルター・ルントシャウ』、『ベルリナ・ツァイトゥンク』、『シュピーゲル』などで主に執筆。視点はピッチ内に限らず、サッカーの文化的・社会的・経済的な背景にも及ぶ。サッカー界の影を見ながらも、このスポーツへの情熱は変わらない。