組織でなく組織の中の個を崩す。U-20代表に感じた風間メソッド
『戦術リストランテV』発売記念、西部謙司のTACTICAL LIBRARY
フットボリスタの人気シリーズ『戦術リストランテV サッカーの解釈を変える最先端の戦術用語』の発売を記念して、書籍に収録できなかった西部謙司さんの戦術コラムを特別掲載。「サッカー戦術を物語にする」西部ワールドの一端を味わってほしい。
U-20W杯で見せた日本の崩し方は、日本人の特徴を生かせば世界大会でも通用するという例を示せたと思う。これが大人のW杯の舞台で通用するかどうかはわからないところもあるが論理的には通用するはずだ。狭いスペースでも突破できる、むしろ狭い方が突破しやすい。特別な身体能力は問われないし、サイズも関係がない。精密なボールタッチと相手の動きを察知する感覚、それを共有する認識力、瞬間的なスピードは必要だが、そのあたりは日本選手の長所になり得る部分だ。アタッキングサードの、最後の崩しのところで1つの回答を得られたことは大きい。
チーム作りは「最後」が重要
「最後のところを決めてから逆算してチームを作る」
川崎フロンターレを率いた後、現在は名古屋グランパスの指揮を執る風間八宏監督はそう話していた。川崎の監督に就任した当初は、フィニッシュへかかる崩しとそれを防ぐ守備の練習ばかりやっていたそうだ。
「パスの本数が800本ぐらいになると、あまり良いプレーはできていない。600本ぐらいが適正で、それ以上になる時はむしろ崩せていないのでパスが繋がっているだけの状態になっている」
600本でも相当な数だが、800になると「繋ぎ過ぎ」なのだそうだ。日本代表も育成からA代表まで、パスを「繋ぎ過ぎ」だった試合は多かった。それも最後のところを決めないままチームを作ってきた、あるいは最後の崩しがうまくいかないために、パス本数だけが徒に増えてしまっていたのだと思う。
日本のFWは短い距離でのスプリント力は比較的ある方だ。それを生かすなら、相手のDFラインが下がり切る前に裏を突いていく攻撃が適している。いわゆる「縦に速い攻め」だ。ブラジルW杯後、「縦に速い攻め」という言葉がしきりに使われるようになっていた。それが足りなかったと批判されたザッケローニ監督も、実現はしなかったが速い仕掛けをすべきだと何度も会見で話していたものだ。これも1つの回答だと思う。
要はどちらか一方だけが有効というわけではない。川崎のような攻め方と、縦に速い攻撃のどちらも使えた方がいいに決まっている。武器は多ければ多いほどいい。ただ、相手に引かれても崩せるのと、引かれたら難しいのではだいぶ違ってくる。速攻を狙ってダメでも遅攻があるとなれば、戦い方に幅が出てくるからだ。
ボールと対話する、清水サッカーの香り
U-20日本代表が、急に引かれても崩せるようになったのは、それができるアタッカーがいたからだ。風間監督が直接彼らの指導をしたわけではないが、風間理論は指導者の間ではかなり浸透しているので影響はあったのではないか。
風間監督の崩しの理論はボールを「止める」ことがスタートラインになっている。完全に止める。ボールが動いているならそれは「運ぶ」になるそうだ。「止めると運ぶの間は全部ミス」である。なぜ「止める」に厳格なのかというと、それによってタイミングが決まるからだ。受け手がマークを外すのは速過ぎても遅過ぎてもダメ。ジャストなタイミングでフリーになること。そのタイミングが「いつ」かはボールが止まった瞬間だからだ。風間理論では守備組織を攻略しようとしていない。ボールが完全にコントロールされ、それによって受け手が瞬間的にマークを外せばパスは繋がる。大雑把に言ってしまえば、それを連続させれば組織は崩せる。攻略するのは個人なのだ。複数の受け手がいっせいにマークを外し、どのDFを攻略するかで連係する。その繰り返しで守備を破る。
風間理論はボールとの対話を続けてきた人の発想だと思う。崩し方を俯瞰的に理解するのではなく、ミクロレベルまで細分化して認識する。
「正しいと間違いの差は1センチ、1秒の差でしかない」
これは確かヨハン・クライフが言っていたことと記憶しているが、風間理論に考え方が似ている。
風間八宏は清水の天才少年だった。後には同じ清水市立商業高校から小野伸二が出てくるが、彼らは例外的なボール感覚を持っていた。清水はサッカーどころで、「日本のブラジル」とも呼ばれていた。清水は国ではないしブラジルも都市ではないので、「日本のブラジル」は奇妙な言い方ではあるが、ブラジル人のようにボールを扱える選手を育てようという方針の下に育成に力を入れていたのだ。
U-20日本代表の内山篤監督も清水の出身。パス本数ということではJ2で名古屋を上回っている岐阜を率いている大木武監督もそうだ。清水サッカーの特徴はテクニック。いかにボールを扱うか、いわばボールとの対話を重ねてきた歴史がある。風間監督も大木監督も、サッカーを組織論では語らない。組織を崩すのではなく、組織の中の個を崩す。ボールは1つで、実際に攻略すべきは個人だからだ。教科書的な知識ではなく、ボールとともに体得した理論という共通点がある。今回のU-20日本代表も清水的といえばそんな感じもした。
『戦術リストランテV』発売記念、西部謙司のTACTICAL LIBRARY
・第1回:トータルフットボールの理想のボランチ像はベッケンバウアー?
・第2回:ブラジル「10番」の系譜。PSGのネイマールは「ペレ」
・第3回:FKの名手、ピャニッチの凄さ。ユベントスは名キッカーの宝庫
・第4回:コンテからサッリへ。チェルシーとイタリア人監督の不思議な縁
・第5回:ジダンがいればなぜか勝てる。誰も説明できない不思議な魔力
・第6回:組織でなく組織の中の個を崩す。U-20代表に感じた風間メソッド
Photos: Getty Images
Profile
西部 謙司
1962年9月27日、東京都生まれ。早稲田大学教育学部卒業後、会社員を経て、学研『ストライカー』の編集部勤務。95~98年にフランスのパリに住み、欧州サッカーを取材。02年にフリーランスとなる。『戦術リストランテV サッカーの解釈を変える最先端の戦術用語』(小社刊)が発売中。