吉野家で最適アスリートメニュー? 欧州サッカーの気鋭コーチが指南
「牛丼論争」の火付け役、林舞輝コーチが考える「最強の吉野家メニュー」
先日、SNSサッカー界隈で「牛丼論争」が起こった。あるJクラブのジュニアユースチームが試合後30分以内に牛丼チェーン店に寄って試合後の補食として牛丼を食べているという記事をきっかけに、「サッカー選手×補食×牛丼」に関し、様々な論争が巻き起こったのだ。試合直後に補食を取らせる取り組みをユース年代から習慣化することに対する称賛がある一方で、果たしてチェーン店の牛丼というのはプロサッカー選手の卵たちにとって本当に最適な補食なのか、他に最適な補食方法・栄養摂取があるのではないか、というものだ。そこで、フットボリスタ編集部(ちなみに隣に吉野家がある)は、「牛丼論争」の火付け役の一人で、サッカー指導者養成の名門ポルト大の大学院で最先端のスポーツ科学を学びつつ、ポルトガル1部リーグのBチームでコーチを務める林舞輝氏に、試合当日(16時キックオフ)の食事プランとして最適な「吉野家メニュー」を考えてもらった。
※メニューの金額は吉野家公式サイト調べ。また店舗によっては販売されていないメニューもある
[設定の条件]
試合当日の食事
キックオフ:16時
食べ物:すべて吉野家で調達
メニュー・成分表:www.yoshinoya.com/wp-content/themes/original/pdf/leaf.pdf
理想の朝食は「焼魚定食(鮭)」
まず、大前提として試合当日の食事の基本的な考え方からお伝えします。試合当日は、とにかく糖質(炭水化物)を中心とした食事を摂る必要があります(正確には炭水化物=糖質+食物繊維。ただ、食物繊維はエネルギー源にはならないため、エネルギーという観点から見ると炭水化物=糖質であると考えて良い)。試合当日・前日の食事方法に関するスポーツ栄養学の主流な考え方は、「カーボ・ローディング(=グリコーゲン・ローディング)」。簡単に言ってしまえば、試合当日までにとにかく炭水化物を摂りまくり、限界まで体内の糖質の量を高めておこうという考え方です(ただし、食物繊維の豊富な豆類やイモ類は腸内でガスが発生しやすくなるので避ける)。個人による体質の差はありますが、一般的には試合3~4日前から総エネルギーの70%前後を糖質から摂り、体内にグリコーゲンを蓄積させるようにするのが適切と考えられています。
糖質はアスリートの最も重要なエネルギー源です。もちろん、たんぱく質や脂質もエネルギー源ですが、アスリートのエネルギーの中心は糖質に他なりません。糖質の不足は単なる運動能力やスタミナの低下を招くだけでなく、判断力や頭の回転力も落としてしまうという研究が多々あります。また、たんぱく質や脂質は消化と吸収に時間がかかってしまうのですが、糖質は摂取から早い段階でエネルギーとして使え、様々なタイミングでエネルギー源として機能し続けます。この即効性と継続性もあり、試合で良いパフォーマンスを発揮するために糖質がなくてはならない存在です。
糖質には単糖類(分子一つ、果糖など)、二糖類(分子二つ、砂糖など)、多糖類(分子が二つ以上、ご飯、パン、麺類などのでんぷん)の種類があり、単糖類は分子が一つでそれ以上分解できないので、食べた直後に消化されすぐにエネルギーとなります。逆に、多糖類は多くの分子でできているので消化に時間がかかってしまう。言ってみれば、この三種類の糖質は時間差でエネルギー源となってくれるのです。従って、試合時間から逆算してバランス良くこの糖質を摂っていると、長時間の運動でもスタミナ不足になりにくくすることが可能になります。
というわけで前置きが長くなりましたが、吉野家のオススメ朝食メニューはこちら。
・水(0円)
・ご飯大盛(140円)
・フルーツジュース(130円)
計270円
吉野家でこのメニューを注文できるのはかなりのメンタルの持ち主だと想像しますが、しかし実際試合当日の朝食としてはこれでも十分かと思います。とはいえ、これでは吉野家に行く意味がありません。そこで時間限定の朝定食を利用させていただきましょう!
7~8時頃
・水(0円)
・焼魚定食(鮭)(450円)
・フルーツジュース(130円)
計580円
これが試合当日の朝食に最もふさわしいメニューでしょう。
一日の初めに最も重要なのは、朝食。まず、朝食をきちんと摂らなければ1日のエネルギー補給が追いつかなくなってしまいます。従って、起きたらすぐに吉野家に行きましょう。洗顔は吉野家のお手洗いで済ませるくらいの勢いでお願いします。まずはコップ一杯の水で身体と内臓を目覚めさせ、就寝中に失われた水分を補給します。起きてすぐの場合、なるべく常温の方が良いので氷は入れないように頼んでください。内臓がまだ活性化されていない時に冷たい水を飲むと、胃や腸などへの刺激によってお腹を壊したり、朝食の消化に負担がかかってしまう場合があります。
本題の朝食メニューですが、脂質など消化吸収に時間がかかるものはとにかく抑え、先ほど述べたように、糖質を多く含むものとビタミンを摂ります(試合前日のカツ丼は絶対にやめてください)。焼魚定食(鮭)は一食当たり88.1gの炭水化物が摂れる上に、脂質は11.8gに抑えらえます。食べられる方はご飯を大盛にしてもらいましょう。鮭は栄養満点。エネルギーを作る栄養素の代謝を促進するビタミンB群がすべて備わっています。特にビタミンB1は炭水化物の消化を助けてくれるので、必要不可欠です。また、鮭はひと切れで一日分のビタミンDを摂取できるほどビタミンDが豊富です。ビタミンDは近年スポーツ界で研究対象として注目を浴びており、神経筋機能(いわゆる運動神経)に関連したり反応速度が上がるといったような研究が出てきています。そして、フルーツジュースでビタミンをカバー。加えて、貧血癖がある方や体力に自信がない方は、さらに課金して味噌汁を鉄分豊富なしじみ汁にしてもらうのも良いかもしれません。朝食限定メニューですし、試合当日の朝食として最もふさわしいかと思います。
その他、ハムエッグ定食もオススメです。ハム(豚肉)は先ほどのビタミンB1という面ではダントツのトップ。さらに、栄養バランスに優れた卵までついてくる。また、しらす明太子定食も試合当日の朝食としては焼魚定食(鮭)に勝るとも劣らない存在です。まず、脂質が一食当たりなんとたったの9.0g。しらすはビタミンDやその他のビタミンやミネラルなど様々な栄養素を摂取できます。しらすじゃビタミンB1が足りないと思ったら、何と明太子がつくメニューがあるとのこと。このカバーリング能力の高さには驚きを禁じ得ません。たらこや明太子は魚介類で最もビタミンB1の含有量が高いというのはあまり知られていません。加えて、大根に含まれるアミラーゼは胃腸を整え消化を促進してくれます。
理想の昼食は「豚生姜定食」
さて、朝ご飯をしっかり摂って帰宅。その後の行動はお任せしますが、お昼の時間になりました。試合当日ですが、試合前の最後の食事は基本的に3~4時間前。個人差はありますが、消化吸収の時間を考慮するとこれぐらいが良いとされています(ただし個人差がありますので、自分のベストな食事のタイミングを探っていってください)。
というわけで、12時頃に本日2度目の吉野家に向かいます。万が一お腹が空いていなかったとしても、軽くでいいので食べてください。何も食べないのは試合中のエネルギー不足に繋がります。
さて昼食のメニューですが、例によって糖質を摂ること。糖質がエネルギーになるのを助けてくれるビタミンB1も。そして、脂質を抑えること(限りなくゼロに)。もっと言えば、試合直前ですので、なるべく消化に良いものがベストです。うどん等がぴったりだと思います。ここで、残念なお知らせです。うどんは吉野家のメニューにはありませんでした(牛丼屋なので当たり前です)。
というわけで、吉野家メニューから試合当日4時間前の昼食に選ばれたのは、以下のメニューです。
12時頃
・豚生姜定食(530円)
・フルーツジュース(130円)
計660円
問答無用で、これがベストでしょう。脂質を13.7gとかなり低く抑えられる上、摂取できる炭水化物は99.7g、大盛にすれば何と136.3g。特筆すべきは、この豚肉の量!先ほども述べましたが、糖質の代謝にはビタミンB1が欠かせません。そして、豚肉は全食品の中でトップオブトップのビタミンB1含有量を誇ります。その量は何と牛肉の約10倍。この豚肉があるせいで、サッカー選手は吉野家に何度行っても牛丼は食べられないのです。牛丼屋に行って牛丼を食べない人生が続きます。この豚生姜定食のご飯=カーボ・ローディング+豚肉=ビタミンB1は完璧なコンビです。ただし、試合前の食事としては少し脂質が多いかもしれません。気になる方は、心の中でごめんなさいと唱えながら、豚肉の脂身を取り除いてください。
ところで「さっき食物繊維ダメって言ってたじゃん、その豚肉の隣にあるキャベツ、食っていいの?」と思われた方。すごく意外に思われるかもしれませんが、実はキャベツは食物繊維はあまり含まれていないのです。どれぐらい少ないかと言いますと、キャベツを丸々1玉食べたとしても、1日の食物繊維の推奨摂取量には届かないんです。むしろ、キャベツはビタミンCが豊富に含まれていますので、ぜひ遠慮せず食べてください。
試合直前にも食べなければいけません
さて、いよいよ試合に向かおうと言いたいところですが、実はもう一回試合前に吉野家に寄らなければなりません。一番最初にお話しした、糖質の種類の話を覚えていますでしょうか? そうです、試合直前、キックオフの1時間~30分ほど前に、すぐにエネルギーになる単糖類または二糖類を摂らなければなりません。
最もポピュラーなのはゼリー飲料やバナナなど。テニス選手のナダルが試合中にバナナを食べているのを見たことがある方が多いと思います。私が所属するボアビスタBでも試合前もハーフタイム中もロッカールームにバナナが置いてあります。しかし、もちろん吉野家にバナナは置いていません。八百屋じゃないので。
というわけで、消化に良くてすぐにエネルギーになれる糖分を取れるもの……。メニューを探しました。ダメです。ありません。しかし、諦めかけたその瞬間、これを見つけました。
14時頃
・お子様セット・ミニカレーセット(カレーライス抜き)(テイクアウト)(300円)
計300円
今の私にカレーは目に入っていません。フルーツミックスジュース!そしてゼリー! 完璧です!(お子様ゼリーとジュースが単品で売っていないのが玉に瑕ですが)
そんなわけで、今日は優勝がかかる大一番、それなのにどういうわけか吉野家でしか食べ物を購入できない。そんな時は、試合会場に向かう時に吉野家に寄ってこう言いましょう。
「お子様セットのミニカレーセットをテイクアウトで一つ!でもカレーは要りません!」
こうして試合1時間前~直前に摂取する糖質の確保に成功です。お子様ゼリー3つとお子様ジュース一つに300円の価値があるのかはわかりませんが、勝つためにはやむを得ない出費と考えていただくしかありません。
試合後は「鰻重」
そんなわけで試合が終了。お疲れ様です。勝っても負けても、腹は減ります。ということで、本日4度目の吉野家です。
試合直後の栄養摂取というのは、試合前の食事と同じぐらい大切です。回復具合に直結します。カギは、「どれだけ早くエネルギーを補給し直せるか」。試合で枯渇したグリコーゲンを回復するためには、とにかく早く糖質を摂取すること。筋グリコーゲンの貯蔵は試合直後~1時間ほどが最も速いからです。構造はまったく違いますが、たんぱく質の合成にも同じことが言えます。要するに、試合が終わったらとにかく早く糖質とたんぱく質を摂取しまくれ、ということです。
監督に試合後のミーティングはさっさと切り上げてもらい、話が長くなりそうな時は「すいません、どうしても大事な用事(吉野家)があるので先に帰ります」と言って早退し、可及的速やかに本日4度目の吉野家に向かいましょう(真面目な話をすれば、試合直後に食べる用のおにぎり等を持参しておくことがオススメです)。
19時前、試合終了後なるべく早く
・鰻重一枚盛(750円)
・ねぎ玉子(100円)
・キムチ(100円)
・フルーツジュース(130円)
計1080円
おそらく、鰻は疲労回復にはほぼ完璧な存在です。高たんぱく質な上に、魚類では最も高いビタミンB1の含有量。鰻重たった一つで試合直後の栄養補給が成り立ってしまうんですね。成分表を見ても炭水化物105.8g、たんぱく質24.3g、脂質も比較的低い16.4g。しかも、鰻に含まれる脂質はDHAやEPAのような不飽和脂肪酸と呼ばれる健康に良いとされる種類の脂質です。また、レチノールと呼ばれるビタミンAはかぜの予防や体を健康な状態を保つのに役立ちます。試合で疲労しお腹も空いていると思いますので、(お金があれば)二枚盛や三枚盛、ご飯大盛にしてください。
そして、ほぼ完璧な鰻重に加え、さらにねぎ玉子をオーダー。ねぎには硫化アリルが含まれるため、ビタミンB1の吸収を促進できます。生玉子も栄養バランスばっちり。キムチを頼む理由は、クエン酸です。一般的に、クエン酸によって回復が進んだり体内のグリコーゲンの蓄積が早まると言われています(ただし、回復に関するクエン酸の効果は諸説あり、回復を促進するという決定的な研究結果や科学的根拠はまだあまりありません。クエン酸は乳酸の分解を促すともよく言われていますが、そもそも現代のスポーツ科学では乳酸は疲労の原因物質ではないとされています)。さらに、ダメ押しのフルーツジュースで果糖&ビタミンCを補う。
勘の良い方はこの時点で、「え…。鰻重とネギとキムチとジュース…?」と、あまりの味のバランスの悪さにお気づきかもしれませんが、あくまで栄養学的な視点でベストなメニューを立てていますので、そこはご了承ください。「鰻は絶滅危惧種だから食べるべきじゃない」「鰻なんて頼めるお金ない」という方々は、鰻は諦めてお昼に食べた豚生姜定食をもう一度頼みましょう!
最後に、あくまで今回は「試合当日の食事を必ず吉野家で摂らなければならない」という前提の下で書きました。基本的には私は外食はあまりオススメしません。外食はどうしても、脂質を摂り過ぎたり栄養が偏ってバランスが崩れてしまいがちです。食事も含めたコンディショニングの前提にあるのは、しっかりとした自己管理です。自分の身体と向き合い、自ら食事習慣や栄養を見直し、食事日記などをつけて自分の実際の体調やパフォーマンスと比べる。そうして、客観的に自分自身のコンディショニングの形を作っていくことこそ、サッカー選手に最も大事なことです。
Photos: Getty Images, footballista
Profile
林 舞輝
1994年12月11日生まれ。イギリスの大学でスポーツ科学を専攻し、首席で卒業。在学中、チャールトンのアカデミー(U-10)とスクールでコーチ。2017年よりポルト大学スポーツ学部の大学院に進学。同時にポルトガル1部リーグに所属するボアビスタのBチームのアシスタントコーチを務める。モウリーニョが責任者・講師を務める指導者養成コースで学び、わずか23歳でJFLに所属する奈良クラブのGMに就任。2020年より同クラブの監督を務める。