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『日本にはサッカー文化がない』への違和感。積み重ねの共有が大事

2018.05.02

「ドイツ」と「日本」の育成

~育成を主戦場に活動する二人が日本の現状を考える~


日本の指導者たちは子どものために日々努力を重ねている。が、その努力は正しい方を向いているのだろうか? また、本当に子どもの成長へと繋がっているのだろうか? 日本サッカーはまだ発展段階にある。ならば昨今、どのカテゴリーでも結果を残しているドイツをはじめとする世界の育成にヒントを得てはどうだろうか。そうすれば「今自分が行っている指導を振り返る」キッカケになるはずだ。そこで指導者として、ジャーナリストとして、それぞれドイツと日本の育成現場にたずさわる二人が毎回あるテーマをもとに本音トークを繰り広げる。

5月のテーマ『日本の町クラブの不明瞭な指導をどう変えたらいい?』


育成は本来一選手、一指導、一チーム、一クラブではできない


木之下
前回、不明瞭な指導という話が持ち上がりました。以前、WEBマガジンでも年間プランについて触れましたが、かなり反響がありました。私もチームコーディネーターで契約している町クラブに対して各カテゴリーの指導者に年間プランを考えてみましょうね、とアドバイスをしているところです。

【example 3年生】
4~6月 :技術や戦術など基礎スキルアップ
7~9月 :技術や戦術など応用スキルアップ
10~12月:3年生の総まとめ
1~3月 :4年生への移行期/3年生の復習期

 例えば、この程度のことを長中期でイメージできていれば、月単位で子どもたちが身につけるべきものが見えてくるし、プランが立てられますよね、と。

 週2回の練習なら月8回のトレーニング機会と1~2回ぐらいの試合機会があるわけです。こうやって簡単にスケジュールに落とし込んでいくだけでやるべきことがわかりやすくなるし、自分なりに計画を持って子どもたちの指導に当たれるのではないかと伝えています。

 年会費、月会費をもらっているので当たり前だと思うのですが、町クラブでこうやっている指導者はなかなかいないのが現状のようです。ドイツの町・村クラブの指導者はどうやっているのでしょうか?」


中野
「ドイツの町・村クラブの指導者でそうやってスケジューリングしてやっている指導者はほとんどいないと思います。『できないところを少しずつできるようにしていく』といったところです。

 基本的なところですが、ドイツの町・村クラブの指導者の大多数はボランティアで指導に関わり、他に仕事もあります。自分たちの生活を送るだけで、手いっぱいなのですし、それが当たり前なんです。週に2回の練習+週末1試合の時間を作り、さらに時間を取って指導の勉強をして、年間プランを立てるなんて余裕はありません。だからといって『学ぼうとしないあなたは悪い指導者だ』なんて誰も思っていません。

 そもそも、そこまでできなくても子どもたちがサッカーを楽しめて、成長できるような形にする方が自然なんです。つまり毎週末、子どもたちが試合をできて、そこから少しずつ練習をして、ミニゲームをして、自然と学んでいける環境があればいいだけのことなんです。

 うちの子どもがプレーしているチームでもライセンスを持っている指導者はいません。彼らは鬼ごっこやボール回しのような簡単なウォーミングアップを10~15分、それから20~30分メインの練習をして、最後にミニゲームといたってシンプルな練習構成をします。練習は週2回で、時間は90分。技術や戦術で何かをやるにも1週間で30~45分くらいしかないわけです。

 だから、3~4年生でコーンを使ったドリブル練習のように、ある技術に特化した練習はほとんどしません。というか、そこに充てる時間がない。それより次のようなところを理解しながら、サッカーをプレーすることを学ぶ方が優先順位としては高いんです。

▼マイボールを大事にしながら攻撃する
▼守備で穴が出ないようなポジショニングを取り守る
▼1対1の局面であっさりプレーしない
▼シュートチャンスを逃さない
…etc.

 そうなると、ゲーム形式や対人形式のトレーニングが多くなります。そして、こういうことが通年行われて積み重ねるという感じが、ドイツでは普通だと思います。

 しかし、それだけだと先のことを考えたら『技術的や戦術的に足らない』部分が出てきてしまう。だからプロクラブをはじめ、地元の強豪クラブでは指導者がしっかりライセンスを獲得したり、練習と向き合える時間と意識を高く持った指導者を探したりするんです。タレント性のある子どもたちはそうしたところでサポートトレーニングが受けられるようになっています。でも、普通の町クラブではそれができてないから、ダメだということではない。ただ『立ち位置が違う』だけのことなんです。

 本来、一番大事なのは『それぞれが無理をしないで済む環境を作ること』です。でも、その大事な部分が日本はサッカーのみならず、社会において極端に欠けています。『誰かが無理をしないと回らない仕組みになっている』わけです。誰かがすべてをやろうとする。

 でも、育成は本来一選手、一指導、一チーム、一クラブではできません。全体的なつながりの中で生まれ、育てていくことを支えていくものではないでしょうか」


木之下
「確かに中野さんがおっしゃる通り、すでにサッカーというスポーツが生活の中に溶け込み、社会においてそういう存在だと認識されているからドイツではすべてが自然に成り立っています。さらに育成についても20年近くかけて改革してきているから、毎週末の試合を経験しながら週2回の練習で『サッカーをどう学ぶべきか』ということがクラブの立ち位置、チームのレベルに応じて優先順位のところまで考えられるのだと思います。

 でも、日本はそうではありません。

 サッカーってどんなスポーツなのか。そういう根源的なところすら理解していない人が多いんです。それは指導者をはじめとするサッカー関係者も例外ではありません。そもそも小さい頃からサッカーの試合を見ない。そういう人たちが『サッカーってどんなものなのか』なんてわかるわけもなく、『では指導者として関わるようになりました』という事態になった時に起こることは自分の経験、体験なんです。

 そうすると、町クラブで行われる指導はサッカーではなく、サッカーの技術をひたすら訓練するような部活動方式の練習なのです。中野さんが『ゲーム形式や対人形式のトレーニングが多くなります。そして、こういうことが通年行われて積み重ねるという感じが、ドイツでは普通だと思います』と言われましたが、日本ではサッカーとしての『積み重ね』が現状の町クラブではありません。もちろんその部分を学んで、しっかりとクラブ運営をされている指導者もいます。が、全国的に見ても少ないです。

 だから、私がチームコーディネーターとして関わっているクラブに対しては、『何も知らないゼロ=0の状態』から何もかも始めています。何も知らない指導者を対象にした時、例えば「来年、次の5・6年生のコーチにどうやったらバトンを渡せるかを考えて、1年間の目安を作ってみたらどうですか?」ということで前述した流れがあったわけです。

 ドイツは小さい頃からところどころでサッカーを目にし、サッカーに関わらない人たちでも何となく『サッカーってどんなもの』というのが感覚的にわかっていると思うんです。要するに、そういう部分でも日本には積み重ねがありません。ドイツのような環境からスタートできたら本当に楽だろうなとか思いますもん。

 もし中野さんが『何も知らないゼロ=0の状態』から始めるとして、何から手をつけますか?」


中野
「改革をしてきたから、毎週末の試合を経験しながら週2回の練習で『サッカーをどう学ぶべきか』というクラブの立ち位置やレベルに応じた優先順位が考えられてきたわけではないです。それは育成改革以前から普通に存在していたものです。そして、指導者として関わった時にベースになるのは誰だって最初は自分の経験、体験ですし、ドイツでもそうです。うちの子どもたちを見ているコーチもそうですよ。

 日本と欧州との差を考えると、コミュニケーションを取れる環境、それぞれをつなぐネットワークがあるかないかが一番大きいと思います。

 ドイツの指導者だって、誰でも最初はまったくわかりません。でも、サッカーを語れる環境がある。それはファンとしてスタジアムに行ったときでも、コーチ同士で話をするときでも、相手チームの監督と会話をするときもあります。クラブには長年育成に携わっているスタッフや指導者が必ず何人かいるから相談ができる環境があります。もっと何かを学びたいと思えば、地方サッカー協会が提供する指導者講習会に気軽に参加できるし、その先を目指して指導者ライセンス獲得を考える人が出てきます。

 テレビのサッカー中継は、ほぼすべて有料です。でも、週末には国営放送でダイジェストがあります。簡単ではあるけど、試合のポイントを抑えた分析もあります。そうやって、それぞれが得てきた情報を語り合える場があることがとても大事なのだと思います。

 今のドイツと日本の環境を比較しても仕方がない。でも、ドイツであろうとイタリアであろうとスペインであろうと、今の日本のような時代はあったわけです。でも、そんなときに「俺たちには積み重ねがない」なんて嘆いたりはしなかったはずです。それが普通だから。「じゃあどうするか?」を相談し合うわけです。悩みは一人で背負い込んでも解決できないですから。

 日本に積み重ねがないわけではない。積み重ねのつながりがないんです。だから、もし僕が何もないところスタートで始めるとしたら、お互いがつながれる場を作ります。

一緒にサッカーの試合を見る。
一緒にサッカーをする。
一緒に練習をする。
一緒に飲みに行く。
そして、一緒にフィードバックをする。

 クラブとして考えたときに大事なのは、そうしてフィードバックしたものを後々見返したり参考にしたりできるようにまとめておくことですね。練習内容や修正点など記録として残しておくことは、次に引き継いでいくときにプラスになります」


木之下
「話を聞いていると、ドイツをはじめとしたサッカー発展国がたどってきた道を、いま日本が走っているのがよくわかります。もちろんまったく同じではありませんし、その国特有の問題や課題はあるでしょうが、中野さんのいう積み重ねのつながりをどの国も持ちながら進んできたから、今があるんでしょうね。

 でも、内容はともかく、サッカーの試合をテレビ観戦する環境は日本と似たようなものだということに驚きました。もっと気軽に見られるものかと思っていました。そうなると、ドイツでもサッカーを目にする機会の減少とかあるんですかね?

 少し脱線しましたが、最後に中野さんが触れた『お互いがつながれる場を作ります』ということは実感しています。チームコーディネーターとしてサポートしているクラブは、まさにこれをやっています。

一緒に試合を見て意見を交わす。
子どものミニゲームにコーチ陣もたまに全員が参加してサッカーをする。
毎回の練習をみんなで報告し合う。
月一のミーティングでフィードバックをする。
そして、ミーティング後は飲みに行く。

 自分が外部からクラブの中に入った理由は、それまで指導者一人のスタンドプレーだったものを、指導者全員のチームとしてのプレーに変えたかったからです。指導者同士をつなぐ役目をしたかったから。そうすることで責任を共有する、意見交換をするなど少しずつ良い環境が生まれています。いまは試行錯誤中ですが、担当しているチームは「指導者一人しか知らない」という状況を変えないことにはクラブ全体の底上げにはつながりません。

 大阪のあるクラブに、こんな話を聞いたことがあります。大阪はJグリーン堺ができてから『指導者のレベルが上がった』と。それまではクラブ間のつながりがあまりなく、ある一定のクラブ同士だけがコミュニケーションを図っていたそうなんです。でも、Jグリーン堺ができてからは様々なクラブ間のコミュニケーションが頻繁にできるようになり、自分のクラブのためだけでなく、ライバルチームであってもいろんな指摘や意見が言えるようになったそうです。ようするに、その地域全体が風通しのいい環境になったそうなんです。

 私も『次は地域のクラブと交流をしましょうね』とクラブの代表とは話をしていて、『大会を主催しましょう』などといろいろと画策しているところです」


中野
「最近、『日本にはサッカー文化がない』という言葉にすごい違和感を感じているんです。

 これ、サッカー本大賞の表彰式会場で岩政大樹さんとも少し話をしたのですが、文化ってそもそもそこに向けて築きあげるものじゃないんです。自分たちが歩んだ後に築かれているものが文化なんです。自分たちの考え方、習慣、好み、そうしたものが集まってできあがってくるものなんです。

 だから、今日本にあるサッカー環境というのは、サッカーをやりたい人の思いがいろいろな試行錯誤をしながら、自分たちの生活の中でやれる環境を作りながら取り組んできた結果できあがったものであり、それも自分たちの持つサッカー文化なんですよ。サッカー文化がないなんて考えちゃいけない。

 『欧州や南米のようなサッカー文化を!』と言ったって、日本の社会環境の中で週に何度もボランティアで指導者できる人が何人もいるわけではありません。ない時間を作ってやろうとしたら、家族との時間がなくなって、『でもそれは仕方ないよね』とやってきて。

 でもそれって、日本の社会の構図とそのまま一緒であり、文句を言いながら、みんなその枠内での流れに慣れているわけです。

 だから、無理に変えようとしても変わらない。いま目の前にある課題に一つずつ取り組んでいって、自分のところだけではなく、まわりのクラブや選手や指導者との交流があって、ネットワークが生まれて、試合ではバチバチやり合っても、みんなが『サッカーってやっぱりいいよね』って笑い合えるように取り組んでいくことが何よりも大事なんだと思います。

 サッカー協会が整備しなければならないことはたくさんあります。すんごい、がんばんなきゃいけないだろうし、がんばってほしいと思っています。でも、サッカー協会が機能していない国なんて外を見たらそれこそたくさんあるわけです。ドイツみたいなのは特別なわけで、そこだけを仰ぎ見ちゃったらダメなんです。極端な話、協会が何を言っても、『いや、僕らんところ、もうサッカーできてるから大丈夫ですよ』って大して影響も受けないくらいの世界を自分たちで作ってしまってもいいわけです」


木之下
「そうですね。『自分たちが歩んだ後に築かれているものが文化』ですよね。隣の芝生は青い、とはよく言ったもので自分の日本社会の中にいるから盲目的になっているところはあります。私も心と頭を切り替えます。

 かなり深いところで今回のテーマとはつながってはいますが、もう一度『不明瞭な指導』という点に立ち返って中野さんに締めてもらいたいと思います。日本に感じる『不明瞭な指導』とは? それと次回は中野さんからテーマをリクエストする形をとりたいので、その宣言もお願いします」


中野
「『不明瞭な指導』とは簡単に言うと、選手が『これなんのためにやっているんだろう?』と思ってしまう練習ですよね。でも疑問に思っていても、『言われた通りにやれ』『これができればサッカーうまくなる』と呪文のように唱えられて、大人側が子どもをコントロールしようとする。

 でも、子どもは年々体が大きくなるし、足は速くなるし、力も強くなります。ボールに触れている時間が長ければ、扱う技術も身についてきます。つまり、『そういうことができるようになる』というのは普通なんです。だから、それは成長とは言えない。

 サッカーというスポーツをやっている以上、サッカーというゲームの中でより高いレベルになった時にやるべきプレーが発揮できる、状況やチーム戦術に応じてスムーズにアジャストできるようになることが求められるわけです。そのために、どのようなサッカーが望ましい姿で、どのような観点からトレーニングを考察し、どのようなアプローチで育成年代に取り組むのかが見えてこないといけません。世界のサッカーはバリエーションに富んでいますが、基本的なところはどの国も一緒です。どの国も大事にしています。だから、サッカーは世界の共通言語と言われるんです。でも、日本サッカーは世界の共通言語になっているのかといわれると違うと思うんです。

 前述したように日本のサッカー文化の中では、様々な先人の努力と知恵とがんばりで素晴らしいクラブや地域もたくさんあります。ここに対するリスペクトは絶対に忘れてはいけない。その一方で、何十年と変わらず同じような練習がされていたり、小学校卒業で完結してしまう極端な育成観があったりするのは、外への視野や刺激との関わりがうまくないからだと思います。

 そこで次回のテーマとしては『コミュニケーション』というのを挙げたいと思います。今まさに日本代表監督問題で取り沙汰されていますが、相互理解においてのポイントを考えるのは重要ではないかと感じています」


【プロフィール】

中野 吉之伴(指導者/ジャーナリスト)
1977年、秋田県生まれ。武蔵大学人文学部欧米文化学科卒業後、育成年代指導のノウハウを学ぶためにドイツへ渡る。現地で2009年7月にドイツサッカー連盟公認A級ライセンスを取得(UEFA-Aレベル)。SCフライブルクU-15チームでの研修を経て、元ブンデスリーガクラブのフライブルガーFCでU-16監督、翌年にはU-16・U-18総監督を務める。2013-14シーズンはドイツU-19の3部リーグ所属FCアウゲンでヘッドコーチ、16-17シーズンから同チームのU-15で指揮をとる。3月より息子が所属するクラブのU-8チームを始動する。2015年より帰国時に全国各地でサッカー講習会を開催し、グラスルーツに寄り添った活動を行う。2017年10月より主筆者としてWEBマガジン「中野吉之伴 子どもと育つ」(https://www.targma.jp/kichi-maga/)の配信をスタート。

木之下 潤(編集者/文筆家)
1976年生まれ、福岡県出身。大学時代は地域の子どもたちのサッカー指導に携わる。福岡大学工学部卒業後、角川マガジンズ(現KADOKAWA)といった出版社等を経てフリーランスとして独立。現在は「ジュニアサッカー」と「教育」をテーマに取材活動をし、様々な媒体で執筆。「年代別トレーニングの教科書」、「グアルディオラ総論」など多数のサッカー書籍の制作も行う。育成年代向けWEBマガジン「中野吉之伴 子どもと育つ」(https://www.targma.jp/kichi-maga/)の管理運営をしながら、3月より「チームコーディネーター」という肩書きで町クラブの指導者育成を始める。


■シリーズ『「ドイツ」と「日本」の育成」』
第一回「町クラブの育成指導者の給料はいくら?」

■シリーズ「指導者・中野吉之伴の挑戦」
第一回「開幕に向け、ドイツの監督はプレシーズンに何を指導する?」
第二回「狂った歯車を好転させるために指導者はどう手立てを打つのか」
第三回「負けが続き思い通りにならずともそこから学べることは多々ある!」
第四回「敗戦もゴールを狙い1点を奪った。その成功が子どもに明日を与える」
第五回「子供の成長に「休み」は不可欠。まさかの事態、でも譲れないもの」
第六回「解任を経て、思いを強くした育成の“欧州基準”と自らの指導方針」


Photos: Kichinosuke Nakano

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Kichinosuke Nakano & Jun Kinoshita

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