ザックとハリルの戦術的葛藤とは? 日本のカオス攻撃と欧州の秩序
[W杯座談会 前編]西部謙司×河治良幸×浅野賀一
ハリルホジッチ解任の是々非々と彼のサッカーの是々非々は分けて考えるべきだろう。それらが混在した状況で議論してもまったく噛み合わないことになる。前者の議論はひとまず出尽くした感もあるので、ここではベルギー遠征の最中に「彼のサッカー」について議論した月刊フットボリスタ第56号掲載の座談会を特別公開する。ザッケローニが直面した「対世界」の本質的な課題は何なのか、そしてハリルホジッチは何を捨てて何を得ようとしていたのか?
『自分たちのサッカー』で狂った準備
浅野「ハリルホジッチ監督の評価が難しい状況になっていて、肯定派と否定派の間で議論が噛み合わない状況になっています。そもそも今の日本代表の評価が難しいのは、ザッケローニ体制で臨んだ4年前のW杯で何が駄目だったのかを総括し切れていないのもあると思います。『自分たちのサッカー信仰』と揶揄されたこともありましたけど、4年前にどんな教訓を得て、逆にどういうところが誤解されているのかというテーマからいきましょう」
河治「そもそもザッケローニも最初から『自分たちのサッカー』を目指していたつもりはないと思います。なんでそうなっていったかというところですよね。前回もセルビア戦とベラルーシ戦に負けた時にかなりのバッシングがあって、それで選手たちの中でどうすればいいのかという疑問が起こった。その後にオランダ、ベルギーと対戦する遠征があって強豪相手に結果が出せた。そこからだんだんおかしくなっていったというか、親善試合で結果を出すことに対して世間の注目がフォーカスされてしまった。今こういうネガティブな世論になっていてちょっと心配しているのは、親善試合の位置づけですよね」
西部「4年前はまず『自分たちのサッカー』という言葉が流行って自分たちのサッカーをすればW杯で勝てる。W杯で勝つには自分たちのサッカーをするべきだと。ただ日本の特徴を出すこととW杯で勝つことはイコールじゃない。そこがまず1つの勘違いでした。それと河治さんから本大会に行くまでの話がありましたけども、1番大きいのは本大会で失敗したことだと思います。やっぱり初戦のコートジボワール戦のコンディションがあまりにも良くなかった。それはキャンプ地の問題とかもいろいろあったと思います。もう一つ言うと、自分たちがボールを持つことを前提に考えていたんだけど、相手にボールを持たれてフォーメーションを少しいじられた時に対応ができなかった。特に守備の準備ができてなかった。香川が2人を追いかける形になって、2人目はオーリエだから、そこを潰せなかった。不思議なのはその時のコートジボワールのポジションの動かし方はザッケローニが日本に導入したものとまったく同じやり方でした。右と左が違うだけで。遠藤を落として長友を上げて香川を中に入れるという。あれを右側でやってるだけなんですよ」
河治「確かにね」
西部「その試合の途中で大久保を入れて本田をトップに上げて香川をトップ下に置いて組み直してるんです。なんで最初からそれでやらなかったんだろう。それは今でも不思議ですね」
浅野「河治さんの話と繋げて、面白い視点だと思ったのはザッケローニ監督のチーム作りはクラブチーム的なやり方なんだと思いました。主力メンバーを固定して大体どの試合でも同じようなメンツで戦う。それはクラブチームとしては正しいんだけど、代表チームとしてはどうだったのか。毎試合全力で戦って親善試合でも全力で結果を出しに行って本番を迎えた。そして、おそらく研究していた形とは違う形で相手が出てきて対応ができなかった」
西部「ナショナルチームの作り方としてはあまりノーマルではないですね」
浅野「アギーレもアジアカップ直前までテストでしたからね。貴重なブラジル戦まで捨てちゃって(笑)」
西部「あれが普通。ハリルホジッチのやり方も代表チームの作り方としては一般的です。ザッケローニとかジーコが違っていただけで。トルシエの時もそうだし、やり方は固定しておいて、入れる選手はどんどん入れ替える。選手の幅を60人にしてそれから最終的に30人に持っていって23人を選ぶ。そういうやり方です」
河治「ただザッケローニ監督のチーム作りで、1つ難しかったのは東アジアカップ(現E-1)で結果を出した人たちの組み込みです。そこで新戦力が入ってきた時にザッケローニ監督がオプションというよりもチームの根幹のところに彼らを入れていく作業をしてしまった」
浅野「山口とか柿谷ですね」
河治「そう。彼らを入れて6人ぐらい。基本的に自分たちのサッカーをやっていく中で新戦力を組み込もうとしていたので、チームの再構築で一杯いっぱいでスカウティングをして相手の対策をする余裕がなくなった」
浅野「難しいですね。あまりにメンバー固定だと、チームのダイナミズムがなくなりますし」
河治「そうですね。そういった中で最終的に大久保が入ってくるんですけどね」
浅野「それが良かったのか悪かったのか何とも言えないところですよね」
河治「コートジボワールのラムシ監督は、遠藤が入ってくるタイミングが想定できていたと会見で話していて、駆け引きで完全に負けていたなと」
浅野「さっき西部さんが言っていたコートジボワール戦の右サイドの選手の移動の仕方もそうですが、相手の研究が甘かった理由はなぜだと思います?」
西部「分析が甘かったかどうかはわからない。ザッケローニは『コートジボワール戦に向けて守備の練習を2時間やった』と言っているから、準備はしているんです」
浅野「普通、W杯の初戦は情報戦に全力を注ぐじゃないですか。凄く不思議ですよね」
西部「だから不思議なんですけど、さっきの話の流れでいうと、クラブチーム的にチームを作ったおかげで結構早く完成してしまったので、一回完成したチームを崩すのはかなり難しいんですよ。結局のところ、大会前に香川と本田が所属先のマンチェスター・ユナイテッドとミランであまり試合に出られなくて、コンディションが良くない。それも土壇場だったので、プランBを模索したけどうまくいかなかった。やっぱり作り込み過ぎているチームの弊害は出ていた。だから代表チームは活動期間が長く選手の状況も変わるので、あまり作り込み過ぎないのが基本なんです。ラストの1カ月でバシッとまとめて勝負するのが、W杯に向けたやり方です」
深刻な不人気はハリルのせい?
浅野「準備の面でジーコやザックに慣れてしまった我われは、ハリルホジッチのテストだらけのやり方に慣れていない面があるのかもしれません。ただ、それを差し引いても今日本代表の人気が落ちている。それはハリルホジッチのサッカーがつまらないからという意見をよく聞くんですけど、それだけじゃなくて世界と日本の距離、4年前のザッケローニの時はなんだかんだ言っても結構強かったじゃないですか。アウェイでベルギーやフランスに勝ったりしていた。そこからの落差をファンも感じているのではないでしょうか」
河治「個人的には2014年のW杯で期待値があったところからガクンと落とされたのは凄く大きいと思います。ハリルホジッチのサッカーの内容がどうとかは“すでに見ている人”の中での話で、そもそも最初から視聴率は高くない。さらにアジアカップでUAEにPKで負けたこともあり、あの時点で気運がかなり落ちちゃっているんですよね」
西部「マジョリティの部分で言えば結果が出ていないという部分がおそらく1番大きい。ただ、やってるサッカーは面白くないよね。前に『フットボリスタ』のインタビューで、シャビがモウリーニョのやった前にボールを蹴ってロナウドとディ・マリアを走らせるサッカーについて、『彼らはサッカーをやりたくないんだ』と言っていたけど、今のハリルのサッカーはそんな感じ(笑)」
河治「一種のバルサ信仰というのが2012年頃に巻き起こって、ザッケローニがやろうとしていたスタイルがすべてそうではないけど、若干それに近いところがあった。遠藤と長友と香川のところで回しながら、岡崎が走り込む」
浅野「多分ザッケローニはもっと速いサッカーをやりたかったんだと思います」
河治「本当はね。そこはザックが日本人選手のイメージにある程度合わせて、自分たちでボールを保持して相手を圧倒するスタイルを掲げたので支持されたのも少なからずある」
浅野「やっぱり遠藤はシャビに似た考えをしているのかなと。本田もおそらく近いと思います。西部さんは遠藤と一緒に書籍のお仕事をされたことがありますけど、その辺りはどう思いますか」
西部「遠藤自身は代表チームに関しては、『メキシコみたいにベスト8に入れなくてもずっと同じやり方で良いんじゃないの』と言っていましたね」
浅野「同じやり方というのはパスを繋ぐサッカーということですか?」
西部「彼が言うのはそうでしょうね。他のサッカーが良いなら他のサッカーでも良いんだろうけど、コロコロと監督が変わるたびにやり方を変えるのは、自分たちのスタイルができないので良くないんじゃないかというのが遠藤の意見」
浅野「本田も似たようなことを言っていましたよね」
西部「ファンに支持されてないという話をすると、実際に育成のコーチをしている人で、ハリルホジッチみたいなサッカーを志向している人はあまりいない。自分たちにあまり馴染みのないサッカーだから、好き嫌いというよりちょっと評価しにくいかもしれない」
浅野「ハリルホジッチのようなサッカーとは具体的にどんなイメージですか?」
西部「守備でブロックを固めてスペースがあったら縦に速く行くサッカー。一番良い形で実現しているのはリバプールみたいなスタイルです。そういうサッカーを育成年代ではあまり見たことがないから。馴染みもないと思う」
浅野「日本のサッカー関係者がそんなにハリルホジッチのようなサッカーをしていないのは僕も同感ですけど、ただハリルホジッチは日本が世界で戦うためにはあれしかないと思ったわけじゃないですか。それはなぜか?」
ガラパゴス戦術の弊害=被カウンターの弱さ
河治「ハリルホジッチの日本サッカーへのスタンスは、モンバエルツ(元横浜F・マリノス監督)の見解にもちょっと似ていて、ピッチの使い方が狭いんです、日本のサッカーは。要は攻撃時に全員がボールに寄り過ぎて、全体のポジションバランスが悪い。ボールを持つ/持たないというよりも、最近の言葉でいうとポジショナルプレー的なことがまず基本としてできていないのかなと。そうしたガラパゴスが良い方にいくと川崎みたいな方向性になるのですが、Jリーグの攻防だとガラパゴス同士でやれているところが、インテンシティが高い世界の舞台ではバランスの悪さを一気に突かれてしまう」
西部「一般的に言えば狭く攻めるのは得策ではない。ただ、アトレティコみたいに狭く攻めるゆえに守備ができるというのもあるので、プレッシングの檻を抜けさせなければいいわけだから」
浅野「RBライプツィヒもそうですね」
西部「だから守備力があるかどうかという問題ですね。ただ、そこまで全体設計を考えてやっていないと思う。じゃあ攻撃時にもバランス良く広げればいいかというと、日本人の場合キック力の問題もあってロングの距離感でやれないというのもある。河治さんが指摘したポジショナルプレーの概念もあまり入ってきてない。でも日本代表チームに関して言えば、少なくともザッケローニ監督の時代は運ぶこと自体には問題はなかった。今は運ぶのも苦労しているけどね。いずれにしても、運んで最後にどうやってゴールを取るのか答えがないから運ぶことが弱点になってしまう。パスなんて繋げば繋ぐほどミスの確率が上がるんだから、その時に1カ所に固まってバランスが悪いと取られてそこを突破されると一気に危なくなる」
浅野「日本はカウンターに弱いですからね」
西部「なぜカウンターに弱かったかというと、CBとGKに問題があるかもしれないけど、基本的には攻撃のポジションバランスが悪いからです。それは終点を設定しないまま攻撃しているから」
浅野「終点というのはゴールだけでなく、奪われ方もそうですよね。コロンビア戦は典型的でしたね。両SBが同時に上がってカウンターを食らって吉田とハメスが何度も1対1になるみたいな」
西部「そうなるともう無理だね。逆にコロンビア戦は初めて大久保がCFに入って無茶苦茶な動き方をした無秩序な攻撃だったけど、それまでのザッケローニのサッカーには全然ないやり方で攻撃そのものはかなり迫力があった。その代わり、どうやって守備するのか用意してなかったのでガタガタにやられた。ただし攻撃自体には素晴らしく見るべきものがあった」
浅野「実際、前半はほぼ押し込んでいましたからね」
西部「後半も素晴らしかったよ。日本が攻めている時はね。取られちゃうとまったく無防備なのでガンガン点を取られていたけど。攻撃と守備のバランスがめちゃくちゃなチームだった。攻撃は素晴らしいけど守備はまったくダメっていう」
浅野「それでは基本的に勝てないですよね」
西部「でも攻撃が通用するのがわかったんだから、あの攻撃でどうやって守るかを考えれば良かったと思う」
浅野「ただ、なかなかアナーキーな攻撃を維持したまま守備の強化は難しい」
■座談者プロフィール
Kenji NISHIBE
西部謙司
1962年9月27日、東京都生まれ。早稲田大学教育学部卒業後、会社員を経て、学研『ストライカー』の編集部勤務。95~98年にフランスのパリに住み、欧州サッカーを取材。02年にフリーランスとなる。『戦術リストランテⅣ 欧州サッカーを進化させるペップ革命』(小社刊)が発売中。
Yoshiyuki KAWAJI
河治良幸
サッカー専門新聞『エル・ゴラッソ』の創刊に携わり、現在は日本代表を担当。セガのサッカーゲーム『WCCF』で手がけた選手カードは7,000枚を超える。著書は『サッカーの見方が180度変わる データ進化論』(小社刊)など多数。Jリーグから欧州リーグ、代表戦まで、プレー分析を軸にワールドサッカーの潮流を見守る。
Gaichi ASANO
浅野賀一
1980年、北海道釧路市生まれ。3年半のサラリーマン生活を経て、2005年からフリーランス活動を開始。2006年10月から『footballista』の創刊メンバーとして加わり、2015年8月から編集長を務める。西部謙司氏との共著に『戦術に関してはこの本が最高峰』(東邦出版)がある。
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Photos: Getty Images
Profile
浅野 賀一
1980年、北海道釧路市生まれ。3年半のサラリーマン生活を経て、2005年からフリーランス活動を開始。2006年10月から海外サッカー専門誌『footballista』の創刊メンバーとして加わり、2015年8月から編集長を務める。西部謙司氏との共著に『戦術に関してはこの本が最高峰』(東邦出版)がある。