小川由紀子のおいしいフランスフット
レイモン・ドメネク元フランス代表監督は、当時「サルコジ大統領に次ぐ国民の嫌われ者」と言われていた。メディアとの仲は険悪。実際、記者会見での発言は決して好感が持てるものではなかった。セルビア戦の後、流暢だが外国語訛りの仏語で質問した同国の記者を「君の言語は私には理解不能だ」とシャットアウトした時などは「なんて横柄なジジィだ!」と嫌悪感を抱いたものである。
選手のボイコット事件やアネルカの暴走などピッチ外の問題が山積みで、0勝で敗退したW杯南ア大会後にドメネク氏は協会を追われた。その後はたまにメディアに出るくらいで、2、3年前からスタジアムで見かけるようになったと思ったら、最近は『レキップTV』にレギュラー出演している。自分をあんなに叩いたメディアによく出られるなと思ったが、「当時の記者たちとは何の確執もない。今はみなと挨拶するし話もする」という。確かに会うといつもニコニコしていて、気軽に挨拶してくれる。ただし2、3人を除いては、だそうだ。
監督とは「とにかく孤独な職業だ」
「試合結果について言われるのは構わなかった。真偽がどうであれ各々の意見だからね。ただ私の人間性について、勝手な想像だけで書いた記者たちを許すつもりはない。隣にいる記者には挨拶しても、彼らには一瞥も与えない」。毎回、針のむしろのごとき会見に臨むのはどんな気持ちだったか尋ねると、「今日はどう彼らをいらつかせて、さっさと終わらせようかと考えていた。最後の方は何を言われてもまったく気にしちゃいなかったからね」と笑った。
監督業がいかに大変かという話では、「とにかく孤独な職業だ」と何度も強調したドメネク氏。ちなみに著書のタイトルも『Tout Seul』、ひとりっきりという(邦題は『独白』)。監督たちの間には、こんなジョークがあるそうだ。『選手に気に入らないことがあれば、彼らはストを決行して試合は中止、審判に気に入らないことがあれば、やはりストを決行して試合は中止、監督に気に入らないことがあれば、ストは決行するが、試合は通常通り行われる』――「監督がいなくたって試合は行われるんだ。でも負けたら監督の責任になる。勝てば選手とフロントの手柄だけれどね」
それでも監督をやりたいと思うのだから彼らは少々Mっ気のある人たちである。選手を経験後に指導者になる人というのは、とにかくサッカーの世界が好きで現役時と同じ環境、人々、熱狂の中に身を置き続けたいのだそうだ。彼が会長を務める監督組合では、契約にあぶれた指導者に適性を聞いて他の職を勧めたりもするらしいが、「それで安定を得るより不安定でも監督を続けたい人ばかりだ」という。彼らにしかわからない魔性の魅力があるのだろう。そしてドメネク氏も、じっくり話してみるとただの「横柄なジジィ」ではない素顔が見えた。試合後フィアンセにテレビで公開プロポーズするくらいだから、実はとびきりのロマンチストなんだろう。
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Profile
小川 由紀子
ブリティッシュロックに浸りたくて92年に渡英。96年より取材活動を始める。その年のEUROでイングランドが敗退したウェンブリーでの瞬間はいまだに胸が痛い思い出。その後パリに引っ越し、F1、自転車、バスケなどにも幅を広げつつ、フェロー諸島やブルネイ、マルタといった小国を中心に43カ国でサッカーを見て歩く。地味な話題に興味をそそられがちで、超遅咲きのジャズピアニストを志しているが、万年ビギナー。