攻守で布陣を変える可変システム。 実現の鍵は「時間のマネジメント」
TACTICAL FRONTIER
サッカー戦術の最前線は近年急激なスピードで進化している。インターネットの発達で国境を越えた情報にアクセスできるようになり、指導者のキャリア形成や目指すサッカースタイルに明らかな変化が生まれた。国籍・プロアマ問わず最先端の理論が共有されるボーダーレス化の先に待つのは、どんな未来なのか?すでに世界各国で起こり始めている“戦術革命”にフォーカスし、複雑化した現代サッカーの新しい楽しみ方を提案したい。
アインシュタインは相対性理論においてX、Y、Zに続く4つ目の軸として「時間」を提唱した。フットボールにおいても時間という概念は、戦術を理解する上で1つの鍵となる。なぜなら、フットボールは90分間という「時間を奪い合う」スポーツだからだ。
ゾーン攻略→可変システム対策→マンツーマン
「可変システム」を読み解くためには、戦術の歴史をさかのぼるべきだろう。1950年代にブラジルの名将ゼゼ・モレイラが伝統的なマンツーマンの代替案としてゾーンディフェンスを考案し、1960年代にはディナモ・キエフを率いたビクトル・マスロフが「相手にプレッシャーをかける」守備システムへと発展させ、80年代後半アリーゴ・サッキによって現代サッカーにおける守備戦術のプロトタイプが完成する。「ゾーンディフェンスには4つの基準点があり、それはボール・味方・敵・スペースである」というサッキの言葉通り、彼のゾーンディフェンスは「敵の位置によってポジションを変えるマンツーマン的な要素」を含む能動的な守備戦術だった。
一方で、現在ゾーンディフェンスと一般的に総称される守備戦術は「ブロック」を作り上げる受動的なものが多い。主に相手が動かす「ボール」の位置に応じて移動した「味方」を基準点に、受動的にポジションが決定する。その攻略のために考案された手段が可変システムだ。堅牢なブロックは侵入者を迎撃することには優れていたが、敵がゾーンの隙間に入り込んだ際に誰が担当するのかという構造的な弱点を抱えている。試合中に攻撃するポイントを変化させる可変システムは、相手が準備したゾーンの合間に現れる「無風地帯」を攻略する策となった。加えて、ブロック型のゾーンは横へのスライドが容易で「左右」の揺さぶりに強い反面、「上下」の動きに弱い。この点も可変システムの狙いどころになっている。CFが中盤に下がる“偽9番”は、「左右」の移動に慣れた守備者たちを混乱させた。
しかし、可変システムには大きなデメリットもある。切り替わる途中にアンバランスな陣形になり、その段階でボールを奪われると決定機に直結する。特に、最近流行してきたマンツーマンに近い形で相手を襲撃するハイプレスは「上下」の動きに強く、縦のポジション移動ではマークをはがしにくい。変形途中でボールを奪われる可能性が高まり、可変システムにとっての天敵になっている。
「時間」を生み出す、名将たちの工夫
可変システムを機能させるためには、高い位置からのプレッシャーを回避しながら「時間」を生み出す必要がある。攻守の切り替えが激しい現代のトランジションゲームでは、ビルドアップ時の工夫が大きなポイントになる。
ジョゼ・モウリーニョがチェルシー時代から得意とする時間のマネージメント方法は「ラインを上げ過ぎないこと」。14-15シーズンのチェルシーは、戦術分析家の間で組み立ての際にCBを「受動的なゾーン」に置くことが注目されていた。全体をコンパクトにするためにDFラインを押し上げることに固執せず、CBが低い位置に残ることで距離を維持する。全体が間延びした状態になれば両チームともに長い距離を走る必要があるので、プレスの強度を保つことが難しい。ハイプレスを抑制するのがモウリーニョの目的で、それでも無理に出てくる相手にはロングボールで牽制する。真綿で首を絞めるようにプレスを弱体化させ、ゲームのテンポを落とすことで可変をスムーズに行うわけだ。
同シーズンのプレミア制覇の鍵になったのが、セスク・ファブレガスを攻撃参加させる可変システムだ。[4-2-3-1]のトップ下オスカルと右サイドMFウィリアンのポジションチェンジによって相手の守備ブロックに「横の受け渡し」を強制。セスクを捕まえるために「前に出る」選択肢を消し去る。セスクが上がったタイミングで、空いたボランチのスペースをウィリアンが下がって埋めリスクマネージメントも万全。「左右」(オスカル⇔ウィリアン)と「上下」(セスク⇒ウィリアン)を組み合わせたポジション移動で相手を翻弄した。
彼の宿敵であるペップ・グアルディオラは、パス回しの位置ではなく「順番」と「位置取り」に工夫を凝らす。基本的に高い位置からのプレスを狙うチームは、「守備のスイッチ=連動して寄せに行く瞬間」を探している。例えば、左CBから左SBへのパスはスイッチになりやすい。「左CBに戻すパスコース」と「中盤へのパスコース」、「縦へのパスコース」の3ルートを一気に潰しやすいからだ。だからこそ、グアルディオラのチームではあえてそのパスルートをオトリに使う。左CBが左SBにパスを出すと見せかけ敵がプレッシャーをかけたところで、あらかじめプログラミングされた回避行動に出る。そこから一気に逆方向、隣の右CBを飛ばして右SBに展開。意表を突いたベクトルを変えるパスで時間を作り、さらにミドルパスを受けた右SBは少ないタッチで右CBに返す。
シンプルなパスワークだが、このボールの循環によって時間を作り出すことができる。この間にアンカーのフェルナンジーニョが下がってくれば、ビルドアップに適した陣形の可変が完了するわけだ。長い横パスで「左右」のスライドを強要された後にフェルナンジーニョの「上下」の動きに対応することは困難だ。
ゲーゲンプレッシングの弱点は「横移動」
ゲーゲンプレッシングの担い手を輩出してきたブンデスリーガでも、対応策の研究が進んでいる。昨季ドルトムントを率いたトーマス・トゥヘルは3バックを好んでいるが、特徴的だったのはCBが横方向のドリブルを多用したことだ。攻撃時は2CB+SBの3バックに可変するドルトムントでは、CBの中央へのドリブルをスイッチとして全体が横にスライド。これは敵を揺さぶるための「左右」の動きであり、マンツーマンの泣きどころだ。縦に持ち上がってくるDFにはそのままついて行けるが、横へのドリブルは判断に迷いが生まれる。ゾーンで受け渡すのか、そのまま追いかけるのか。迷わせた時点でゲーゲンプレッシングの勢いを削ぎ落すことができる。そうなればトゥヘルの思うツボだ。
ゾーンディフェンスとマンツーマンのメリットを組み合わせた守備戦術を採用するチームが増えてきている今、攻撃側は両方への対応策を持つ必要がある。前からのプレッシングを回避しながら時間をマネージメントすることができれば、可変システムによってゾーンディフェンスを攻略することも可能だ。我われはボール保持率というわかりやすい指標に目を奪われがちだが、本当に大切なのは「トータルの時間」ではなく、攻守が切り替わる「瞬間の時間」をマネージメントできているかなのだ。
Photo: Getty Images
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Profile
結城 康平
1990年生まれ、宮崎県出身。ライターとして複数の媒体に記事を寄稿しつつ、サッカー観戦を面白くするためのアイディアを練りながら日々を過ごしている。好きなバンドは、エジンバラ出身のBlue Rose Code。