戦術用語講座:ハーフスペース完全版#3
Tactical Tips 戦術用語講座
攻守で布陣を変える可変型システムが一般化してきたここ2、3年、最後の30mを攻略するポイントになるスペースとしてにわかに注目を集めるようになった「ハーフスペース」。「ポジショナルプレー」を語る上でも見過ごすことができないこのゾーンの特徴から着目されるに至った経緯まで、ドイツの分析サイト『Spielverlagerung』(シュピエルフェアラーゲルング)が徹底分析。
あまりの力作ゆえに月刊フットボリスタ第54号では収まり切らなかった部分も収録した完全版を、全5回に分けてお届けする。
ハーフスペースの三角法
縦あるいは横方向の動きは斜めの動きに比べて短くなることが多く、効果も少ない。もちろん、それは絶対ではなく文脈(個別の状況)によって変わってくる。[4-2-4]で相手ゴール前に4人のアタッカーが並び、4-4でフラットな守備ブロックを形成する対戦相手のそれぞれ4枚のDFラインと中盤のラインの間にポジションを取っているチームを想定してみよう。この4人のアタッカーが比較的近い距離を取り合ってポジションを取る場合、両ウイングのポジションは(相手のCBとSBの)中間になる。
この時、両ウイングのポジションは(自チーム視点で見ると)彼らの本来のポジションと2トップの間であり、かつ(本来の位置なら)2人のDF(相手のSBとサイドMF)の間になるところが、4人のDF(相手のSBとCB、サイドMFとセントラルMF)の間にもなる。これは一見すると不必要なプレッシャーを受け、相手DFの仕事を簡単なものにしているように見えるかもしれない。だが実際はその逆で、もし両ウイングがこの中間のポジションに立つ場合、相手は最も長い距離を移動しなければならなくなる。
では、例を用いて計算してみよう。
守備側は中盤フラットの[4-4-2]で4人ずつの2ラインを形成し、中盤とDFラインの間には10mの距離がある。相手の4人のアタッカー陣は、2ラインの間のちょうど真ん中、イメージ的には守備側の前後の選手から5m離れた位置としよう。そうすると、すべてのFWと2人の相手DFとの間には5mの距離があり、かつ隣り合う味方との距離は10mになる。
なお便宜上、選手は全員が同じスピードで移動するものとする。
ここで、ウイングの選手が中に5m絞ってきて守備側のSBが外に残った状態になったとする。この時、SBとその前にいる両サイドMFの選手が相手のウインガーにプレッシャーをかけるためには5mではなく、およそ7m(正確には7.0710678m)移動する必要がある。つまり、相手のウインガーより2mも長く移動しなければならないのだ。
ここで、さらなる疑問が浮かび上がってくる。(この状況で)ハーフスペースが他のプレーゾーンに比べて特別なメリットを発揮するのはどういった点においてなのか、である。攻撃側のボールホルダーが中央レーンで相手DFの中間にポジションを取った場合、相手のDFが寄せてきたらゴール方向に体を向けることはできない。加えて、守備側のSBは中に絞ることでボールに寄せたDFが空けたスペースを埋め、ボールを再びサイドへと追いやることができる。
サイドにボールが出されたらDFラインはスライドし、再び基本のフォーメーションに戻る。これでは、攻撃側のウインガーは中間のポジションを取ることはできない。
だが、これがハーフスペースの場合、理想は中央にいるDFを前におびき出すことだが、少なくともDFからプレッシャーを受けることなく相手の意識を引きつけることができる。前(中央レーンの中間エリアでボールを受けた時)のシチュエーション同様サイドのスペースは広がっており、(中央でボールを受けた時より)いくぶんではあるが簡単に使うことができる。つまりは効果的なのだ。
加えて、(守備陣は)中央のスペースを埋め切れておらず、そこに勢い良く入っていきボールを受けることもできる。ハーフスペースで相手DFの間にポジションを取ってボールを受けられれば、中央の選手を前に釣り出すことができる。ボールを受けてターンするか、あるいはDFの方を向いた状態でパスを引き出すことができれば特に効果的だ。パスの受け手はCBの方を向いて視野を確保して、ターンのそぶりを見せることでプレッシングのスイッチを入れさせる。そうすれば、より簡単にスルーパスを送ることができるし、あらゆる方向に選択肢を得ることができる。このスキームは、アトレティコ・マドリーやロジャー・シュミット時代のザルツブルクが頻繁に利用していたものである。
ただし、守備側が3バックの場合には様相が違ってくる。3バックに対しては中央レーンの中間のポジションに立ち、3バックの両脇を中央に絞らせた方が効果的だ。
このような(ハーフスペースでの)ポジショニングは、対戦相手に他の戦術的な問題も引き起こす。(グアルディオラが指揮していた)2008-09から2010-11までのバルセロナの3トップは、意図的にハーフスペースと“中間のポジション”にフォーカスして活用していた。CLを制した2シーズンは特にである。アンリ、メッシ(あるいはエトー)、ビージャとペドロは大外で幅を取るポジションから中へと絞り、敵の守備陣の間のスペースへと入り込む。3人で4人の相手DFを引きつけ、空いたサイドのスペースをオーバーラップしたSBが使っていたのだ。
一つ例を見てみよう。対戦相手が[4-4-1-1]で守備のユニットを組んだとする。攻撃側のFWとSBのポジショニングによって、守備側は強制的に[6-2-2]([4-4-2]からサイドが押し込まれた状態)で選手間のスペースを分割せざるを得なくなる。そのうえで、シャビやイニエスタは攻守にわたりハーフスペースでプレー。守備側のダブルボランチはシャビとイニエスタがボールを動かす間に長い距離を走り回された挙げ句、ブスケッツのサポートもあって中央のスペースで常に数的不利な状況に追い込まれていた。
これは、2人のインサイドMFによる多彩なポジションニング、チームのショートパススタイルとウインガー&SBの柔軟な動きの連動によって生み出されていた。一方が低い位置を取った時にはもう一方は高く、一方が中に絞った時にはもう一方はワイドに、といった具合に。2010-11シーズンに関して言えば、定期的に中盤の位置まで降りてきてゲームメイカーの役割もこなす“偽9番” (メッシ)の存在もあった。これにより中盤にさらにもう一人の選手が参加し、さらにハーフスペースを有効に使うことができたのだ。
グアルディオラ本人も口にしていたように、相手CBがメッシについていくことに不安を感じて前に出てこないため、相手陣内で深さを確保することができ、ウイングが中に絞ることができる。彼らはCBとSB間のスペースの突破をチラつかせることで相手DFに脅威を与え、わずか2人の選手で相手DFラインの4人を釘づけにしたのだ。
繰り返すが、特定のケースに関しては常に個別の状況を考慮したうえで見なければならない。ただそれでも、このハーフスペースの占領が生み出す特別な効果は非常に興味深い。グアルディオラのバルセロナが示した、バリエーション豊富に両ハーフスペースを占有してみせたサッカーはいまだに余韻を残している。中でも、メッシとイニエスタが実践してみせたプレーはさらなる戦術的視座を与えてくれるものだった。
逆ハーフスペースへの展開
グアルディオラ時代、敵陣中盤エリアでメッシとイニエスタが、彼らの前方ではビージャとペドロが頻繁にハーフスペースを占有していた。これにより、彼らはパスを後方の空いたスペースに落とすことも、あるいはターンして前方のスペースへと進出することもできる状態を作っていた。また、メッシとイニエスタにはブスケッツとシャビという中央レーンでのパスコースも確保されていた。ゆえに、攻撃時のバルセロナは一方のハーフスペースからもう一方のハーフスペースへと素早くボールを配給することができ、それが彼らのポゼッションスタイルにとって途轍もなく有効な手段となっていた。
ハーフスペースへの1本のパスで相手チームをそこへ引きつける。守備側の中央レーンにいる選手たちは、このボールへのアタックする機会をうかがうことになる。なぜなら、守備側の両ウイングはすでにバルセロナのSBを見ており中に絞ることができず、中央にいる2人目の(ボールから遠い)選手は、1人がボールにアタックすることで生じるスペースのカバーを強いられるからだ。バックパスを受ける時、中央にいるシャビにはパスの選択肢が2つある。1つは、中央レーンかあるいはハーフスペースに生じた相手DFの間を通す、直接ゴールに向かうパス。そこにはメッシがいる。もう1つはシャビと同じ高さにポジションを取ったブスケッツへのパス。ボールを受けたブスケッツはダイレクトでメッシに縦パスを送る。
ここでも、ハーフスペースを使うことで決定的な違いが生まれる。(相手の)中央レーンの選手を縛ることができるからだ。(上の図の状況から)パスをサイドのレーンに送ったとしても、相手はコンパクトなブロックを保つことができる。中央レーンでバックパスを送れば、相手の中央レーンにいる選手たちにリトリートする時間を与え容易にブロックを固めさせてしまう。これに対して、ハーフスペース(へのパス)を使えば中央レーンにスペースを生み出すことができる。このことが、ハーフスペースを戦略的に重要な要素たらしめている。
理論的には、ハーフスペースの方が中央のスペースよりも優れているとさえ言える。ハーフスペースから見た時、中央レーンとサイドレーンが(隣接しており)ともに選択肢となる。しかし、中央レーンの隣はいずれもハーフスペースである。さらに、これまでにも何度か指摘しているように、(中央レーンからの)ゴールへの道は(相手によって)封鎖されているからだ。
また、特に効果的なのが一方のハーフスペースからもう一方のハーフスペースへの展開だ。3冠を達成したバイエルンでユップ・ハインケスが実践し、その後のペップ・バイエルンにも引き継がれた(特にマンチェスター・シティ戦)リベリとロッベンが巧く活用していた。
片方のハーフスペースに敵を引きつけてからもう一方のハーフスペースへボールを展開することは、戦略的な観点から見て重要な数多の要素を同時に満たしている。(中央からハーフスペースへ、またはその逆。ハーフスペースから同サイドのスペースへ、その逆など)プレーゾーンを隣へ1つ移動するだけでは、相手の守備ブロックにズレを生むには十分ではない。3ゾーン(ハーフスペースから遠い方のサイドレーンへ、またはその逆)、あるいはそれ以上(一方のサイドから逆サイドへ)移動させるのは、相手に対応する時間を十分過ぎるほど与えてしまう。まずこの時間的な部分で、ハーフスペース間のパス交換は相手DF陣のスライドを攻略するうえでポジティブな影響をもたらす。理由の1つは、パスの出し手と受け手がグラウンダーのボールないしはコントロールが比較的簡単なチップキックでパスを送れる距離にいるから。パスの精度が極端に落ちるほどではなく、トラップが難しくなることもない。もう一つ、相手DF陣は素早くスライドしなければならず、守備陣のユニット間にギャップが生じやすくなること。このスペースにアタッカーが入り込み、そこに縦パスを送ることも可能になる。
プレーゾーンを2つ移動させるのがベストの選択肢のように思える。ただ、中央レーンからの場合だと両サイドのレーンにボールを送るしかなく、(ハーフスペース間での移動より)効果的とは言えない。逆にサイドレーンからであれば(より重要度の高い)中央レーンに移動することになるが、これは戦略的な観点で見ればむしろ不利になるだろうし、それ以前に成功させることがまず難しい。しかしながら、バイエルンやバルセロナはサイドレーンへのパスを戦略的に組み込んでいる。相手DF陣を一度サイドにスライドさせ、中央のスペースを埋める守備側の選手を減らすためだ。これにより、中央でボールを受けた選手がより多くの選択肢を持つことが可能になり、再び中央へスライドしユニットを形成しようとする相手DF陣に対してアタックを仕掛けることができる。その後、両ウイングの選手はハーフスペースに入り込み、そこでボールを受ける準備をする。
話を戻すと、戦略的観点から見てレーンを移動しても選択の自由度や機能が変わらないハーフスペース間でのレーン移動が(他と比較して)より効果的だということだ。また、サイドから逆サイドへのレーン移動はもはや実用的でないと思うかもしれないが(技術的な難しさと孤立しがちで圧力を受けやすいため)、ハーフスペースから逆サイドのサイドレーンへの移動はまだ実用的な範囲である。
中央のレーンからは、ファイナルサードに入っていくこともままならない。この観点から見ても、最も効果的なのは1度ハーフスペースで受けたボールをもう1度そのまま他方のハーフスペースに戻すことだ(サイドのレーンから逆サイドのレーンへとサイドチェンジを繰り返すのは難易度が高過ぎる)。中央からサイドのレーンに展開されたボールを再び中央に戻すのも、サイドのレーンのスペースが制限されることを考えると簡単ではない。同時に、この一度展開したボールを元のレーンへそのまま戻すプレーというのは、戦術的、心理的、そして戦略的に対戦相手に問題を引き起こす非常に興味深いものだ。特にボールオリエンテッドな守備をするチームやマンオリエンテッドな守備をするチームにとっては対応が難しい。一般的に、1度レーンを変えた後そのまま元のレーンへと戻すプレーはあまり話題にもならず、その効果も過小評価されている。ゆえに試合中“意識的に”行われることは少ない。
だが、効果や難易度の面から考えると、ハーフスペース間での“ワンツー”は評価すべきものなのだ。また、ここから話すポジションチェンジとハーフスペースでの(意図的な)選手の渋滞にも同じことが言える。
Photos: Getty Images, Bongarts/Getty Images
Translation: Tatsuro Suzuki
Profile
シュピールフェアラーゲルンク
2011年のWEBサイト立ち上げ以来、戦術的、統計的、そしてトレーニング理論の観点からサッカーを解析。欧州中から新世代の論者たちが集い、プロ指導者も舌を巻く先鋭的な考察を発表している。こうしたプロジェクトはドイツ語圏では初の試みで、13年には英語版『Spielverlagerung.com』も開始。監督やスカウトなど現場の専門家からメディア関係者まで、その分析は品質が保証されたソースとして認知されている。