実は怪しいサッカー用語「ボランチ」禁止のススメ
CALCIOおもてうら
月刊フットボリスタ第51号のボランチ特集で苦労したのが「ボランチ」というサッカー用語の使い方だ。低い位置にいるゲームメイカーを何と呼ぶのか? センターハーフ、アンカー、ボランチ、ピボーテ……。あらためてポジション用語について考えてみたい。
月刊フットボリスタ17年12月号の「ボランチ特集」は、日本のサッカーボキャブラリーについてあらためて考えさせられる機会でもあった。
サッカーのポジション用語には、FW、MF、DFをはじめ、ウイング、アンカー、CBといった「位置情報」を示す言葉と、シャドーストライカー、レジスタ、ストッパー、リベロといった「機能/役割」を示す言葉がある。
日本で「ボランチ」という言葉が定着したのは90年代の後半だったと思うが、その使われ方や(日本語としての)意味内容については、個人的に当時からずっと違和感を拭えずにいる。というのも、もともと中盤からチームを「操縦する」、すなわちゲームメイクを担うセントラルMFを指す名称であるボランチは、本来「位置情報」よりも「機能/役割」にフォーカスした言葉であるにもかかわらず、日本ではダブルボランチ、トリプルボランチという使い方に代表されるように、むしろ「位置情報」、具体的にはセントラルMFの単なる言い換えとして使われる傾向が強かったからだ。
日本では「ゲームメイカー的なMF」(機能/役割)、「セントラルMF」(位置情報)のいずれの意味でも広く一般的に使われており、タイトルとしてはこれが最も伝わりやすくアピールも強いということで「ボランチ特集」と銘打たれているわけだが、その内容がもはやそのボランチの位置情報と機能/役割は一致しなくなってきており、何の注釈もなしにボランチという言葉を使うことは難しく(あるいは意味がなく)なってきている、という話になっているのは示唆的だ。そろそろ日本のサッカーボキャブラリーにおいても、ボランチという言葉を一度きっちり再定義するか、あるいはそろそろお役御免になってもらうか、いずれにしても一度使い方を見直した方が良さそうだ。
イタリア式3つの分類も形骸化?
2000年代に入って、某ワールドサッカー雑誌の戦術記事に深く関わるようになった時には、セントラルMFの単なる言い換えとしてボランチという言葉を使うのには強い抵抗があり、あえて「センターハーフ」という言葉を使ったものだ。DFに関してはCB、SBという名称が定着しており、MFについてもサイドハーフは一般的に使われていたため、整合性と伝わりやすさを重視するならば「センターハーフ」が妥当だという点で、編集部と意見が一致したからだ。実際その雑誌では、かなりの期間(2010年前後まで)それを使っていた。英語においてセンターハーフというのは、セントラルMFではなくCBを指す言葉であることは、もちろん承知の上だった。すでに英語でもCBの方が一般的になりつつあったし、日本語ではそういう使われ方はまったくされていなかったので、混同されることはないだろうという判断である。
当時何度か関わった「センターハーフ特集」では、その「機能/役割」について、イタリアで一般的な用語を使い3つのタイプに分類した。ボール奪取や最終ラインのプロテクトなど守備的な仕事を重点的にこなすタイプは「インコントリスタ」(出会う人、ぶつかる人)、攻撃の組み立てを担うゲームメイカータイプは「レジスタ」(演出家)、そして積極的に敵陣まで進出してフィニッシュにも絡むタイプを「インクルソーレ」(侵入者)。
この分類はイタリアでは当時広く使われていたもので、セントラルMFが担う機能/役割の分類としては今も有効なものだと思う。ただし最近はイタリアでも、「レジスタ」以外は使用頻度が減ってきた印象がある。それは、ボランチ特集内のインタビューでレナート・バルディが指摘してくれたように、近年の戦術の進歩によって攻撃と守備どちらか一方の仕事に秀でているだけでは通用しにくくなってきたことと関係があるだろう。今や攻守両局面で実質的な仕事ができるユニバーサルなオールラウンダーでなければ、セントラルMFとしては一流になれない時代になってきたというわけだ。ピルロやシャビだけでなく、ガットゥーゾやマケレレにとっても厳しい時代なのである。
「流行りのキーワード」にご用心
この「ボランチ」のように、何となく新しく聞こえる外来語を、定義が曖昧なままで使っているうちに、本来の意味とはズレた意味内容を指す言葉として定着したり、それらしいキーワードとしてスローガンや流行語のように使われて消費されたりというケースは、他にもけっこうあるのではないかという気がする。
新しい外来語というのは、それまでのボキャブラリーにはなかった概念を伝えるために使われるケースが多いため、当初は物珍しさや日本人に顕著な新しいもの好きマインドもあって、「流行りのキーワード」として濫用され消費されることが少なくない。サッカー用語で言うと、ザッケローニが使った「インテンシティ」、ハリルホジッチが繰り返し強調する「デュエル」はその典型だろう。
とはいえ、当初はそうして明確な定義もされないまま流行語化しながらも(「今注目の○○とは?」というタイトルの記事が氾濫するのがその特徴だ)、ある一定の時間が過ぎていい意味で使い古されていくにつれて、一定の意味内容を示す言葉として何となく共通理解が形成され、結果的に我われのボキャブラリーを豊かにしているという側面があることもまた事実である。もちろんそれはポジティブなことだ。
インテンシティという言葉は、「個人またはチームによるプレーのスピード、強度、頻度」という意味合いにおいて日本のサッカーボキャブラリーの中でも定着しつつある。それをプレーだけでなく、その前段階となる認知や判断のスピードにまで拡大した「戦術的インテンシティ」という言葉がヨーロッパでは使われ始めていることも、この記事で紹介した通りだ。
今流行りの「デュエル」も、日本のサッカーが世界のトップレベルと互角に渡り合う上でまだ不十分な「フィジカルコンタクトを含む1対1の攻防(ボールのあるなしにかかわらず)」にアンダーラインを引き、それに対する意識やアプローチを変えるのに寄与していくことだろう。ただし、それが新しい用語にすぐに塗り替えられる一時期の流行に終わらなければだが……。
Photos: Bongarts/Getty Images, Getty Images
Profile
片野 道郎
1962年仙台市生まれ。95年から北イタリア・アレッサンドリア在住。ジャーナリスト・翻訳家として、ピッチ上の出来事にとどまらず、その背後にある社会・経済・文化にまで視野を広げて、カルチョの魅力と奥深さをディープかつ多角的に伝えている。主な著書に『チャンピオンズリーグ・クロニクル』、『それでも世界はサッカーとともに回り続ける』『モウリーニョの流儀』。共著に『モダンサッカーの教科書』などがある。