ブンデスリーガ、文化崩壊の危機? 「資本家を開放せよ」の声高まる
ドイツサッカー誌的フィールド
皇帝ベッケンバウアーが躍動した70年代から今日に至るまで、長く欧州サッカー界の先頭集団に身を置き続けてきたドイツ。ここでは、ドイツ国内で注目されているトピックスを気鋭の現地ジャーナリストが新聞・雑誌などからピックアップし、独自に背景や争点を論説する。
今回は、ドイツ国内で高まる“資本家解放”機運への反駁。
今シーズンの欧州カップ戦でブンデスリーガ勢の成績が思わしくなかったことが、ずいぶん前からくすぶっていた議論に火を注いでいる。ドイツサッカー界はもう何年も、資本家がクラブの議決権の過半数を保持しても良いかどうか議論してきた。当初の例外はフォルクスワーゲンが親会社のボルフスブルクと大手製薬会社バイエルの子会社レバークーゼンだけ。いわゆる「50+1ルール」(※)がそれを防いできた。しかし、バイエルン以外すべてのドイツ勢が欧州の舞台から敗退するか、あるいはELに“降格”した今、クラブの門戸を資本家に開くべきではないかという声が強まっている。
「新しい機動力、経済力、アイディアのため、そしてより大きく変化していかなければならないというマネージメントへの圧力が、ドイツサッカーの足枷となっている50+1ルールを早急に葬るだろう」。『フランクフルター・アルゲマイネ新聞』はこう予測する。
そして現在、このルールの例外を認めさせようというハノーファーの試みが、危険な兆候を示している。
静かなる抗議
多くのチームがそうしているように、ハノーファーの選手たちも試合後にスタジアムを回って観客にお礼をする。選手にとってもサポーターたちにとっても、本来なら素晴らしい瞬間である。ところがハノーファーでは今、この儀式で静かなプロテスト(抗議活動)が行われている。情熱的なファンで埋まるスタンド全体が試合後はもちろん、試合中も沈黙。代わりに、クラブの議決権の過半数を手中に収めようと全力を注いでいるクラブの会長マルティン・キントに対して「キント、辞めろ!」と求めるのだ。
「対戦相手のサポーターもハノーファーのサポーターと一緒になってこの要求を高らかに謳っていることから、ドイツ中のウルトラスたちが結束していることがうかがえる」と書いた『ベルト』紙によれば、「キントはローカルなレベルで論議を呼ぶ人物から、全国レベルでプロサッカーの“争点”になった」のである。
問題になっているのは、50+1ルールの適用が緩くなっていくどころか、完全に撤廃されるかどうかである。キントはもう20年来ハノーファーの会長を勤めている。そして「長期にわたり一つのクラブを“大々的にサポートしてきた”場合には、50+1ルールの例外が認められる」とリーグ規約には書いてある。ディートマー・ホップがホッフェンハイムの議決権の過半数保有を認められたのと同じように、である。
この例外を認めてもらうための審査は厳しい。ただ、『taz』紙が「DFL(ドイツサッカーリーグ)は今、資本家たちの利益をクラブの権利よりも優先させるために、自分たちのルールを取り下げようと試みているところである」と描写するように、DFLは、実はこのルールを撤廃したいという意向があることをを多少なりとも認めている。そして、キントがハノーファーを本当にそこまで支援してきたかというのは甚だ疑問で、逆にクラブを、はした金で自分の所有物にしようとしているのではないかという疑念は消えない。
キントは何百万、何千万ユーロの利益を生むであろうクラブの株式の51%を、たった1万2750ユーロ(約170万円)で買い取ろうとしている。これを受け、クラブの相談役が株式の価格に異議を唱え裁判所に判断を求めたものの、地方裁判所、高等裁判所ともにキントを支持し訴えは退けられた。
『taz』に言わせれば、「投資家はクラブの一部を買うだけにとどまらず、発言権も欲しがる」ものであり、「発言権が大きくなればなるほど、投資額も膨らむ。それはつまり、新しいスター選手と、ドイツのクラブのCLでの成功を約束する」ものであるというのだ。確かに魅力的かもしれない。だが、そうなればブンデスリーガを特徴づけてきた文化は破壊されてしまうだろう。監査委員や会長を解任して新たに選挙を行う権利を持つクラブ会員が、クラブ文化の保護や重要な決定の多くに影響を与えてきた。そのプロセスに“邪魔”が入ることを意味するからだ。
ファンは“仲間”ではなく“顧客”に
多くの人たちが求める50+1ルールの撤廃は、「クラブのための最善の決定を行うのは最終的にはいつも、経済的、個人的な利益とはまったく関係ない、クラブを本当に大切に思っているファンたちである、という考え方との、後戻りできない決別を意味する」と『エルフ・フロインデ』誌は主張する。資本家たちがクラブを買収できるようになれば、ファンは一緒に何かを作り上げる“仲間”ではなく、ただの“顧客”になってしまう。もしかするとどこかの石油王が本当に、これまでイングランドやスペインへ行っていたようなスターを連れて来るかもしれないし、ハンブルクやヘルタ・ベルリンに外国資本が入ったら、リーグの優勝争いも面白くなるかもしれない。
しかしイングランドの経験は、資本家の中にはサッカーに無知な人間もいて、クラブを凋落させてしまうこともあり得るということを示している。何より、これまでドイツが誇りにしてきた伝統的なブンデスリーガの文化が崩壊してしまうことを恐れなければならない。
※「50+1ルール」
クラブ企業以外の個人・団体が保有する議決権を最大49%までに制限するブンデスリーガ独自の規則。クラブの営利企業化を認める代わりに、投資家やワンマンオーナーによるクラブの私物化対策として1998年10月に制定された。ただし、ルール制定以前から20年以上にわたり企業オーナーの傘下にあったレバークーゼンとボルフスブルクは例外とされた。一方で、SAP社の創設者ディートマー・ホップが議決権の過半数を保有する状態のホッフェンハイムのようなクラブや、アマチュアリーグ所属クラブの経営権を取得することでレッドブル社が事実上オーナー企業化したRBライプツィヒのようなルールの抜け穴を突き急成長したクラブへは根強い批判の声がある。
Photos: Bongarts/Getty Images
Profile
ダニエル テーベライト
1971年生まれ。大学でドイツ文学とスポーツ報道を学び、10年前からサッカージャーナリストに。『フランクフルター・ルントシャウ』、『ベルリナ・ツァイトゥンク』、『シュピーゲル』などで主に執筆。視点はピッチ内に限らず、サッカーの文化的・社会的・経済的な背景にも及ぶ。サッカー界の影を見ながらも、このスポーツへの情熱は変わらない。