ペップ・バルサの08-09シーズンを振り返る。ポジショナルプレーのお手本となったリヨン戦
私が目撃した、チャンピオンズリーグ名勝負#2
欧州最高峰のコンペティションとして、これまで幾多の伝説をサッカー史に刻んできたUEFAチャンピオンズリーグ。その名勝負誕生の瞬間にスタジアムで立ち会った『footballista』執筆陣が、当時の興奮や感動を振り返る。
工藤 拓氏が見届けた名勝負
08-09 バルセロナ vs リヨン
ペップ・バルサの1年目と言えば、リーガなら事実上の優勝決定戦となったサンティアゴ・ベルナベウのドス・セイス(2-6)、UCLなら準決勝チェルシー戦第2レグの“イニエスタッソ”のインパクトが強いと思う。
だが、あらためてあのシーズンを振り返ってみると、リヨンとのUCL決勝ラウンド1回戦もその後の流れを左右する重要な一戦だった。
アウェイの第1レグは1-1のドローながら、内容的には完敗。しかもその前後にはエスパニョールとアトレティコマドリードに同シーズン初の連敗を喫し、独走態勢を築いていたリーガで2位のレアルマドリードに勝ち点4差まで迫られている。
それまで連勝街道をひた走っていたチームに突如として訪れた不調の落とし穴。そこから抜け出し、クラブ史上初の3冠獲得まで駆け抜ける原動力となった試合こそ、リヨンを5-2で下したこの第2レグだったのだ。
ポジショナルプレーのお手本
「他にも良い試合はあったが、勝利の重要性も考慮すれば今季最高の試合の1つかもしれない」
グアルディオラが試合後にそう自賛したこの試合、とりわけ4ゴールを叩き込んだ前半は圧巻の一言だった。
セットプレーの名手ジュニーニョを擁するリヨンに対し、自陣エリア付近でのファウルは厳禁。そうでなくともプジョルとアビダルを欠く最終ラインに不安を抱えていたグアルディオラは、試合のキーポイントを次のように振り返っている。
「鍵はボール奪取と、攻め急がずにゲームをコントロールすること。最終ラインに不安があったので、できる限りボールを自陣から遠ざけてプレーする必要があった」
指揮官の思惑通り、バルサは巧みなビルドアップでプレスの第1波を突破し、ピッチを広範に使ったパスワークでリヨンの守備ラインを後退させていった。
第1レグではコンパクトにまとまった[4-1-4-1]の布陣で圧力をかけてきたリヨンのプレスに大苦戦を強いられたが、この日はシャビとイニエスタが面白いように中盤を制圧。ライン間のスペースに顔を出してくさびのパスを引き出す動きは、グアルディオラが志向するポジショナルプレーのお手本と言えるものだ。
ボールロスト時のプレスへの切り替えも秀逸だった。
第1レグでは攻め上がるダニ・アウベスの裏のスペースに流れたベンゼマに縦パスを通され、カウンターの起点を作られていた。だがこの日はそのアウベスがメッシとともに前線右サイドでのボールロスト時に素早くアグレッシブにボールにアタック。縦への素早い展開を防ぎながらパスコースを限定することで、シャビやイニエスタ、ヤヤ・トゥーレらが高い位置でインターセプトを狙うことを可能にしている。
ボールポゼッションとハイプレス。現チームにも通じるペップ・バルサの戦術的2本柱に加え、この年しか見られないメッシ、エトー、アンリのトリデンテ(3トップ)の良さもこの試合にはよく出ていた。
特にこの時期好調だったアンリは前半だけで2ゴール1アシストと大活躍。DFラインのズレを突いて右SBの裏へ抜け出し、ラファエル・マルケスの縦パスを引き出した先制シーンは、バルサではわずかしか見られなかったアーセナル時代を彷彿とさせるプレーだ。
とりわけルイス・エンリケのチームとの比較において、ペップ・バルサはポゼッション至上主義で攻撃も遅攻に特化していた印象がある。
だがこのゴールに代表される通り、このシーズンのチームはトリデンテのスピードを生かし、素早くDFラインの裏を突く攻撃も多用している。その点、この試合でも先制点をアシストしたマルケスのフィード能力は、歴代のCBたちと比べてもずば抜けて高かった。
メッシは、その役割が現在とは大きく異なることが今となっては新鮮に映る。
アウベス、シャビとのトライアングルで右サイドの攻撃を組み立てつつ、機を見て中央へのカットインを試みる。シーズン終盤の2-6クラシコで初めてファルソ・ヌエベ(偽9番)で起用されるまで、彼はいわゆる「逆足ウイング」のプレーに特化した選手だった。
中盤に降りてパスをさばき、ポゼッションの安定に寄与しつつ攻撃を組み立てる。エリア手前中央で突破を仕掛け、DF数人を引きつけた上でラストパスを通す。その後メッシが幅を広げていったプレーメイカー、チャンスメイカーとしての役割の多くは、この時はまだ稀代の司令塔シャビが任っていた。
当時のシャビは、現在のバルサのインテリオールと比べ、随分と敵陣のエリアに近い位置でゴールに直結するプレーを連発している。今季のパウリーニョがそれに近いポジショニングをとっているが、前線に上がりっぱなしになることが多い彼とは違い、シャビはわずかなスペースを見出すビジョン、そこに侵入するタイミングの見極めが素晴らしい。
時にボランチの斜め後ろに空いたわずかなスペースへ、時にエトーやアンリがDFを引き連れてフリーランした際に一瞬生じたスペースへ、2列目からするすると抜け出してフリーでパスを引き出す。彼の両足にボールを渡った時はすでにゴールへの明確な道のりができており、多くの場合シンプルなインサイドキックのパスで決定機を作り出した。
屈強なDFをブロックできるフィジカルがあるわけでも、メッシやイニエスタほど爆発的な加速力や足に吸いつくドリブルテクニックがあるわけでもない。そんなシャビがピッチ上で最もライバルが警戒しているはずのプレーエリアに難なく(実際は簡単なはずがないのだが)フリーで侵入し、1本のパスで守備組織を崩壊させる様は痛快この上なかった。
自我を押し殺してチームプレーに専念するエトーの献身とゴール前で見せる驚異の加速、CBに左右のSBまでこなしてケガ人だらけの最終ラインを支えたプジョルの熱すぎるプレー、現在のプレーを2倍速で見ているようなイニエスタの異次元ドリブル、試合を重ねるごとに成長していく若き日のピケやブスケッツ――。
フットボール界のトレンドを一変させた2008-09シーズンのペップ・バルサは、他にもたくさんの魅力にあふれている。是非ともこの機会に当時の興奮を追体験してもらいたい。
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トップチーム監督就任初年度にいきなり3冠を制覇――空前絶後の快挙を成し遂げたペップ・バルサ。3冠達成へのターニングポイントとなったこの試合を皮切りに、前半のうちにトリデンテがそろい踏みゴールを挙げたバイエルンとの準々決勝第1レグ、エシアンのゴラッソとアビダルの一発退場で窮地に追い詰められた末、最後の最後に“イニエスタッソ”の歓喜が待っていたチェルシーとの準決勝第2レグ、そして劣勢が予想された下馬評を覆し、イニエスタを中心に美しく勝つフットボールでマンチェスターUに完勝したローマでのファイナル。この4試合が『スカパー!』で放送される。詳しい情報は「UEFAチャンピオンズリーグ 名勝負クラシック」ページでご確認ください!
「名勝負クラシック」今後の放送予定
2008/09 ラウンド16 2nd leg
バルセロナvsリヨン
アンリ、メッシ、エトーのトリデンテがそろい踏み。リヨンは見せ場を作るも、バルセロナが貫禄の勝利。
1/22(月)後11:00 CS800/Ch.580 スカサカ!
2008/09 ラウンド16 2nd leg
マンチェスターUvsインテル
ビディッチ&ロナウドのヘディングゴールでマンチェスターUが勝利。ファーガソン対モウリーニョはファーガソンに軍配。この時、イブラヒモビッチとモウリーニョが赤い悪魔になることを予言できた人はいるのだろうか……?
1/23(火)後11:00 CS800/Ch.580 スカサカ!
2008/09 準々決勝 1st leg
バルセロナvsバイエルン
アンリ、メッシ、エトーのトリデンテがまたしても爆発。バイエルンを物ともしないペップ・バルサの圧倒的な攻撃的スタイルは、今もなお色あせることはない。
1/24(水)後11:00 CS800/Ch.580 スカサカ!
2008/09 準々決勝 2nd leg
チェルシーvsリバプール
対戦することが運命づけられていると言っても過言ではない両者の一戦は、これまでにない点の取り合いに。リバプールが奇跡を予感させるも、勝負強さを見せたチェルシーが一枚上だった。
1/25(木)後11:00 CS800/Ch.580 スカサカ!
2008/09 準決勝 2nd leg
アーセナルvsマンチェスターU
アウェイながら電光石火の2得点でマンチェスターUが勝負を決めた。UCLで25試合負けなしのユナイテッドが2シーズン連続のファイナリストに。
1/29(月)後11:00 CS800/Ch.580 スカサカ!
2008/09 準決勝 2nd leg
チェルシーvsバルセロナ
エッシェンのスーパーゴールでチェルシー先制。試合内容でもチェルシーが圧倒するもドラマは93分。1人少ないバルセロナがイニエスタの劇的ゴールで決勝進出を決めた。
1/30(火)後11:00 CS800/Ch.580 スカサカ!
2008/09 決勝
バルセロナvsマンチェスターU
類い稀なポゼッションスタイルをシーズン通して貫いたペップ・バルサの1季目がここに完結。強く、そして美しいバルサ黄金期到来を世界中が予見。
1/31(水)後11:00 CS800/Ch.580 スカサカ!
その他、詳しい情報はスカパー! UCL公式サイトをご確認ください。
Photos: Getty Images
Profile
工藤 拓
東京生まれの神奈川育ち。桐光学園高-早稲田大学文学部卒。幼稚園のクラブでボールを蹴りはじめ、大学時代よりフットボールライターを志す。06年よりバルセロナ在住。現在はサッカーを中心に欧州のスポーツ取材に奔走しつつ、執筆、翻訳活動を続けている。生涯現役を目標にプレーも継続。自身が立ち上げたバルセロナのフットサルチームで毎週リーグ戦を戦い、スペイン人たちと削り合っている。