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カタールはなぜPSGに投資したのか? そのスポーツキャピタル戦略を読む

2018.01.23

ネイマール移籍の背景にある思惑


 テニス、ハンドボール、サイクリング、水泳、陸上……等々、カタールは年間80を超える国際スポーツイベントを主催している。観光資源に乏しく、隣国アラブ首長国連邦のように世界中からツーリストを集められない小国カタールにとって、スポーツイベントを催すことで来訪者を誘致することは国策でもある。

 大きな転機となったのは、2006年のアジア競技大会開催だ。これは同国史上最大のスポーツイベントで、開催に向けてインフラ面と競技のレベル向上の両方に力を注いだ。特に目玉競技であるサッカーでは、ホスト国として恥ずかしい結果は出せないと、最短時間で最高の成果を出せる作戦を考え、ブラジルの英雄ロマーリオを皮切りに、バティストゥータ、イエロ、グアルディオラ、エッフェンベルクといったサッカー強豪国のベテラン級スターを国内リーグに集めてくる手法にたどり着いた。これには彼らを招いて自国選手を強化することと、スタジアムを盛り上げてサッカー人気を高めるという2つの狙いがあった。その後も各競技に秀でた外国人選手を帰化させて自国の代表選手にするという荒技を駆使しつつ、カタールはスポーツ界での存在感を徐々に拡大していった。

 そして2010年、念願の2022年のW杯開催を勝ち取る。

 W杯はオリンピックと並ぶ世界で最も注目度の高いスポーツイベント。これは彼らにとって1つの大きな目標の達成であり、その後はこのW杯を成功させるための作戦へと移行していくのだが、そのストラテジーの核がパリ・サンジェルマン(PSG)だ。フランスの首都クラブというグラマラスな位置づけにありながら世界的な成果には乏しかったPSGは、彼らにとって格好のツールだった。有名選手を集めて注目度を上げつつ同時に実力でも欧州の強豪の一角にのし上げる。そうして得たPSGの知名度は、カタールの広告にも繋がる。このクラブを最後に2013年に現役引退したデイビッド・ベッカムも同国のアンバサダーとなっているから、2022年のW杯では大々的に活用されるだろう。昨年夏に獲得したネイマールもしかり。彼は広告塔の任務も兼ねつつ、セレソンの一員としてカタールのグラウンドに立つ。PSGへの投資は、2022年W杯のためのパブリシティでもあるから、国にとっては決して高過ぎる資金注入ではない。

アラブ資本への複雑な感情、だがサッカーは別

 近年フランスでも、イギリスなど他国の例に漏れず、老舗の高級ホテルなど伝統ある建物やブランドがアラブ資本に買収されているが、その現状を良く思わない人は多い。伝統の凱旋門賞も、2008年からはカタールがスポンサーとなり、ロゴデザインはそれまでのシックなダークグリーンから、カタール国旗の赤紫色に変わってしまった。白いアラブ装束を身につけたカタールのセレブたちがVIPエリアを占拠している光景に複雑な思いを抱く競馬ファンも少なくない。

写真は2013年の凱旋門賞優勝馬トレヴ。コース脇のバナーや競走馬のゼッケンにも「QATAR」の文字が見える

 しかしPSGに関しては、チェルシーがアブラモビッチに買収された時と同じく、サポーターは、誰が金を出すかということよりも、「豊富な資金でスターを集めてタイトル獲得」という、現実的な成果の方に期待している。これまでリーグ1で多くは見られなかったブラジルなど各国代表のスター選手を自国リーグで見られることをサッカー界全体も歓迎している。イブラヒモビッチが参入した時もメディアへの影響力は絶大で、PSGのニュースは世界中に伝達された。それはまさにカタールの狙い通り。フランスサッカー界も喜び、win-winの関係だ。フランスの人々にとって大事なのは、結果的に何が得られるかであって、その資金がどこから出ているかではなくなっている。

 2022年W杯は、カタールのスポーツキャピタル戦略の第一フェーズの節目となるイベント。これを成功させるまではカタールがPSGを見放すことはない。そしてその後は、このW杯の結果次第、ということになるのだろう。


Photos: Getty Images

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Profile

小川 由紀子

ブリティッシュロックに浸りたくて92年に渡英。96年より取材活動を始める。その年のEUROでイングランドが敗退したウェンブリーでの瞬間はいまだに胸が痛い思い出。その後パリに引っ越し、F1、自転車、バスケなどにも幅を広げつつ、フェロー諸島やブルネイ、マルタといった小国を中心に43カ国でサッカーを見て歩く。地味な話題に興味をそそられがちで、超遅咲きのジャズピアニストを志しているが、万年ビギナー。

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