「移籍のクソ」が映し出すドイツ人の奇妙なカネへの嫌悪感
ドイツサッカー誌的フィールド
皇帝ベッケンバウアーが躍動した70年代から今日に至るまで、長く欧州サッカー界の先頭集団に身を置き続けてきたドイツ。ここでは、ドイツ国内で注目されているトピックスを気鋭の現地ジャーナリストが新聞・雑誌などからピックアップし、独自に背景や争点を論説する。
今回は、従来の移籍金レコードを倍以上も塗り替えた昨年夏のネイマール移籍に対するドイツ人のリアクション。
ドイツサッカー界は今また自画自賛中である。ブンデスリーガが開幕し、スタジアムは満席。そして、ドルトムントのハンス・ヨアヒム・バツケCEOが見下すように「たんこぶ」と呼んだ、昨年夏の移籍市場での狂気じみた騒ぎには加わらなかった。ネイマールの超大型移籍で「サッカーは、そのハートの最も大きな部分を売った。“ターボ資本主義”は、このスポーツの掲げる理想とはもう何も関係がない」と『シュツットガルト新聞』が失望すれば、バツケも「ファンが夏に楽しみにしているのは、ドイツで言う“移籍のクソ”ではなく、サッカーそのものだ」と語気を強める。
しかし、バツケはウスマン・デンベレと引き換えに、ネイマール売却でバルセロナが得た莫大な移籍金のほぼ半分が自らのクラブに入ったことには言及しない。例えば、その収入で過去数年間ずっと上昇してきたチケット価格を下げるといったアイディアには思い至らないのだ。
ブンデスリーガは現在、ドイツ人とカネとの微妙な関係を映す鏡のような存在となっている。
ひと際強い嫌悪感
少なくとも欧州のほとんどの国では、裕福な人間は自分の富をひけらかしたがるものだ。だが、ドイツではそれは恥ずべきこととされる。控えめに謙虚でいるのが上品とされるのだ。ネイマールに支払われた移籍金は、『ノイエ・チューリッヒャー新聞』が「サッカー界が狂った、という考えにドイツ人なら誰もがうなずく」と評したように、サッカーファンだけでなくドイツ社会のすべての人たちに深い嫌悪感を呼び起こす。
ドイツとイングランドのサッカーに詳しいジャーナリストのラファエル・ホーニッヒシュタインはラジオ局『ドイチェラントフンク』の番組で、両国の違いについてこう語っている。「イングランドのファンは、たくさんの金が動くことはどちらかというと良いことだと感じる。一方ドイツでは、サッカーの文脈で金は悪の同義語と見なされる」。
実際、ブンデス史上最高額の移籍金は、バイエルンが同じく昨年夏にトリッソ獲得に投じた4100万ユーロ(約53億円)なのだ。イングランド、フランス、スペインのメガクラブのスペクタクルな補強とは比べものにならない。ウスマン・デンベレの売却で1億500万ユーロもの収入を得たドルトムントが代わりに獲得したヤルモレンコはたった2500万ユーロ(約33億円)だった。
ドイツの人々は、この比較的安い移籍金を誇りに思っている。狂人ばかりのこの世界で、自分たちだけはまだある程度正常だという思いを強めたからである。
“サッカービジネスの偽善者”たち
1億ユーロを超える資金を大スターに投資できるはずの、バイエルンのウリ・ヘーネス会長は言う。「何のタイトルも得られないのに多額の金を出さなければならないなんて、愚の骨頂だ」と。また、今季から新しい放映権契約がスタートしてかなりの収入増が保証されることから、他のクラブも今まで以上の投資が可能となったはずだ。それでも、相変わらず控え目なままである。
ただ、こうした風潮は別に道徳や礼節といった価値観からくるわけではなく、もっと別の理由が存在する。最も大きいのは育成の重視である。
バイエルンはトリッソ獲得を超える7000万ユーロ(約91億円)を新しい育成センター「バイエルン・キャンパス」に投資した。「他国のクラブがロシアや中東などから得る金には戦略で対抗する。このキャンパスは、クレイジーな移籍市場や給料の高騰に対する我われの答えになり得る」とヘーネス。他クラブについてはここであらためて語る必要もないだろう。
また、横の比較で言えば、他国でエスカレートしていることがそこまでエスカレートしていないのも事実ではある。チケット価格はお手頃だし、まだ立見席もあり、無料放送で見られる試合も多く、投資家は厳しい条件の下でしかクラブの方針に口を出す資格がない。
ただ、である。バツケやヘーネスが、さもドイツサッカー文化を救う者であるかのように振る舞うのはいかがなものかという考えもある。「“サッカービジネスの偽善者”たちがのこのこカメラの前に出て来て、1人の選手にあれだけの額を出すのはどれだけ不道徳的であるか語る」と批判するのは『アウグスブルガーアルゲマイネ新聞』だ。無理もない。国内では、バイエルンとドルトムントの野心がリーグに害を及ぼしているのだから。放映権料が増えても小クラブへの配分比率は少なくなっていくし、国内最高の選手たちは両クラブに買い取られていく。誰がマイスターになるのかはやる前から明らかで、順位表の動きはどんどん少なくなっている。
国内的には彼らの方がネイマールの2億2000万ユーロよりもよっぽど“危険”なのだが、富に対して奇妙な嫌悪感を持つドイツ人たちは、自分たちのリーグの現状を嘆く代わりに、パリSGについて嘆いているのである。
Photo: Bongarts/Getty Images
Translation: Takako Maruga
Profile
ダニエル テーベライト
1971年生まれ。大学でドイツ文学とスポーツ報道を学び、10年前からサッカージャーナリストに。『フランクフルター・ルントシャウ』、『ベルリナ・ツァイトゥンク』、『シュピーゲル』などで主に執筆。視点はピッチ内に限らず、サッカーの文化的・社会的・経済的な背景にも及ぶ。サッカー界の影を見ながらも、このスポーツへの情熱は変わらない。