SPECIAL

DFBアカデミーとは? データ大国ドイツで始動した“試合分析革命”

2017.12.22

ライバルはグーグル!? 英知を結集した新プロジェクト

 去る11月29日、ドイツサッカー連盟(DFB)は『DEBアカデミー』と呼ばれる新プロジェクトを公式にスタートさせた。これまでも、プロジェクトの開始に向けた試験的な試みなどを進めてきたが、施設建築のメドが立ったこのタイミングで公式発表する運びとなった。発表に際し、フランクフルトの高級ホテルに世界中のゲストを招きカンファレンスを開催。12月4日の『キッカー』誌によれば、このプロジェクトには1億5000万ユーロ(約203億円)の予算を見込んでおり、DFBもこれを承認する最終段階に入っている。

 “アカデミー”という名前から育成機関という誤解が生じるかもしれないが、文字通り“学術的な”組織となり、学術研究と実践の場を結びつける“ハブ”として機能する組織となる。DFBアカデミーのディレクターを務めるオリバー・ビアホフは「アカデミーは“知”の集結する家となることが期待されている」と端的にその役割を説明する。

 実際、すでに世界中から優秀な研究者が集うドイツを代表する研究施設「マックス・プランク研究所」を訪れて交流を図ったり、ケガを予防するための医学的なプロジェクトでは欧州の学術論文で興味深い発表をしている研究者を国籍や実績にかかわらず招待し、意見を取り入れるなど活発な動きが見られ始めている。
同時に、テクノロジーの領域でも「SAP」社の研究開発に積極的に参加。ドイツのアンダーカテゴリーの代表選手たちのトレーニングをデモンストレーションの実験機会としてテストを行っている。教育、イノベーション、そしてドイツ代表の成功を3つのコンセプトの支柱にし、「(トップレベルの)サッカーの発展に合わせてスタンダードを日々更新し続け、選手たちを世界のトップへ、そして代表チームをタイトルに導く」ことをミッションとした壮大なプロジェクトが始まろうとしている。

 世界中からゲストが集まったカンファレンスのテーマは「試合分析とテクノロジー」について。代表監督のヨアヒム・レーブとオリバー・ビアホフがメディア向けに開いた記者会見は、1本のビデオから始まった。流れてきたのは、DFBスカウティング・ゲーム分析部部長のクリスティアン・クレメンスのインタビュー。彼は競技の枠を越えてプレー分析の重要性が高まり続けていること、そしてその作業のためのテクノロジーの必要性を説く。

 「プレー分析はもはや脇役ではなく、作業の中心にある。プレー分析担当者の役割はますます重要になっています。分析はデジタル化が進み、テクノロジーが発展するにつれて、監督の信頼できるパートナーになりつつあります。ゲーム分析担当者は適切なタイミングで正確な情報を与えられる存在になります。学術的な知識を、実践に移すノウハウに変えるのです。この会議には、ラグビーやホッケーなどの代表者も参加しています。共通して重要なのは、プレーインテリジェンス、認知、そして判断の部分です」

 ビデオ終了後、レーブとビアホフが登壇。ドイツ代表担当のドイツ人記者たちに囲まれ、リラックスした雰囲気の中で会見が始められた。

膨大なデータとの向き合い方

「何を欲しているのか」。情報を得る目的を明確にする

登壇したビアホフ(左)とレーブ(中央)。ビアホフの左の画面に映っているのが「DEBアカデミー」のロゴマーク

――アカデミーのロゴをあらためて発表して、こうして公式にアカデミープロジェクトを始める意義は?

ビアホフ「私たちのロゴ(DFBアカデミーのロゴ)を見ると、すでに学術的にも実践的にも検査や調査を受け、確かなものであるということがわかるようになっています。これは、私たちの価値や知識の拡散に大いに役立つと思います。
(ブンデスリーガのCEO)クリスティアン・ザイフェルトの言葉が的を射ています。「アカデミーはコンセプトであって、建物ではない」と。オフィシャルなスタートを切る前から、すでに試験的なプロジェクトを進めてきました。ブンデスリーガの監督たちが集う会議であったり、GKのための研修、他に監督のための専門的な研修も開始しました。今回の会議は、分析担当者たちにとって大きな意味を持っています。まずは、このロゴです。アイデンティティや内容を表現しています。加えて今日この場には、バルセロナやマンチェスター・シティなどからも参加者がいます。こうして一同に「知」が集結し、交換し合うことでサッカーが発展することをうれしく思います」

――ラグビーやホッケーのような他競技から受ける影響はどのようなものですか?

レーブ「とても重要ですね。仕事の幅を広げるためにも、自分の分野を超えて物事を見るのは重要です。これまでも、他のスポーツ競技を招待したり、観察してきました。ラグビーやアメリカンフットボールのような、集団でボールを使う競技から学べることはあるでしょう」

ビアホフ「このプロジェクトに、レーブ監督のようなサッカーの現場の監督たちがいることも重要です。彼らは学術的な理論やイノベーション、研究開発の意義を理解できると同時に、実践での使い方もわかっているからです。私たちは理論だけを発展させようとしているのではなく、実践の場でも働きかけたいのです。ですからレーブ監督を筆頭に、様々なスペシャリストたちが座ってミーティングするだけではなく、様々なアイディアの中から有用なものを追求する場でありたいと思っています。その意味で、アカデミーはドイツサッカー界におけるサービス業であるとも言えます。ドイツ代表監督のリクエストをその他の分野に適用させ、新たな光が差すようになるかもしれません」

――これまでのゲーム分析などの分野に、代表監督として満足していますか?

レーブ「基本的に、これまでの仕事には満足しています。多くの部分で要求に応えてくれています。送られてくるデータや分析――その一部は試合のハーフタイムにも送られてきます――が、私に方向性を示してくれます。これらは、私の監督としての日々の仕事の中でも重要な事です。多くの情報はとても重要ですが、同時にこれらの膨大な情報の中から「自分たちは何を欲しているのか」、しっかりと情報を得る目的を明確にすることも重要です。これはもちろん、自分たちがどのようにプレーしたいのか、というコンセプトを基準に方向づけられるものです。その意味では、どのように試合を分析できるのか、そして対戦相手を分析できるのか、という点で見ると、十分に満足できるものです。これは準備でも、試合後の総括でもそうですが、そこ(分析)から得られるものは、昔から私が持っていたものと同じ程度に重要なものです」

ここまで進んでいるデータの最先端

チームの選手間の距離と配置から、スペースの配分がわかるようになっている

――VRのようなイノベーションもテーマになっています。アカデミーが発展させようとするそうした技術は、どれほど重要なのでしょうか?

ビアホフ「私もまだ昔へのノスタルジーがありますが、決定するのは最終的には人間です。監督が決定するのも、最終的には直感です。どんなに学術的に研究が進んで基礎づけられても、最後は人間が決めるのです。これは政治でも経済でも、プライベートでも同様です。我われの仕事はますます複合的になっています。私たちの仕事は、サッカーというスポーツに対してさまざまな視点から光を当てて、技術的あるいは学術的なアプローチを、決定者である監督が使えるようにすること。ですが、それらの情報をいかに使うかは監督次第なのです。

 私は、テクノロジーの領域には今のところ限界はないと思っています。現段階では不可能と思われていることが、将来的には可能になるかもしれません。例えば、トレーニングの負荷の調整も、選手たちに何かがあってからではなく、兆候が現れる前に適切なレベルにコントロールできるようになるかもしれません。そうして、いつかは目で確認するよりも、テクノロジーを活用した方が有効になることもあるかもしれません。アカデミーが活動し、広げていく余地は広大にあります。シリコンバレーにあるMLSのサンノゼ・アースクエイクスと提携することで、グーグルのような企業が集う最先端の分野にも踏み込んでいきたいと思っています。こうした活動はDFBにとって、今以上に多くの発展への扉を開いてくれるようになるでしょう」

 ――もし、オリバー・ビアホフの膨大なデータが手元にあって、彼が現役だったら代表で起用していましたか?

レーブ「起用しないことはないだろう(笑)。実際、彼はクオリティを備えていただろう?」

――ただ、昔ながらのストライカー、オリバー・ビアホフやフレディ・ボビッチのような選手の時代にデータ分析があったら、彼らにはチャンスがなかっただろう、と言う人もいますよ。では、ここで最終テーマの「直感」、物事を決める際の感覚、共感のような感情の話に移りましょう。監督として、そういった部分はどれぐらい重要ですか?

レーブ「それは監督によるね。というのも、それぞれが異なるアイディアやコンセプトを持っているのだから。人によって、それぞれ仕事の仕方も違えば、指示の仕方も違う。私も、例えば走行距離を元に選手を評価するタイプの監督を知っている。何が重要で、その情報を手に入れる術を見つけることが重要なんだ。私もたくさんの情報やフィードバックをもらう。そういう中で、時にはそれらのデータに目をつぶり、自身の直感に身を委ねることが必要な時もある。試合の前にじっくり考えて答えが出ない時に、一晩寝たら、良い予感があってその通りに選手を起用することもある。一方で、監督の中にはデータを中心に判断する人もいる。それは人ぞれぞれだよ。

 とはいえ、データ分析は重要なテーマだよ。データの中にもたくさんの種類がある。個別のデータもあれば、戦術的データもある。今の戦術的データでは、チームの選手間の距離と配置からスペースの配分がわかるようになっている。その他にテクニカルなデータもある。パスの種類や、主にどの選手にパスが送られるかといったところまで計測できる。走行距離は言うまでもないだろう。そういったデータはとても重要だ。そして、今の世代の選手たちは、ビジュアルの刺激にとても反応する。そして、指導者に対して自身を成長させてくれるような高いレベルを要求できるぐらいに訓練されている。昔のように、監督がヒエラルキーの上にいて選手が下にいるような、監督がこう指示を出すからそれに従うだけという時代ではないんだよ。彼らは、何でそれを行う必要があるのかを知ろうとする。選手の中には、トレーニングの後に私のところにやって来て、トレーニング中のあるシーンに関して、上から撮影したビデオを見ながら確認したいという選手もいるんだ。上からのアングルが欲しい、ゲーム中のシーンが欲しい、というようにね。選手たちは私たちスタッフのところに頻繁にやって来て、情報や改善のためのアドバイスを聞きに来る。今の選手たちは、昔のように命令を聞くだけの存在ではない。彼らは自発的に、アクティブに自分自身が成長できるように動き、チームの一部として成功に貢献しようとするように育ってきているんだよ」

成果をオープンにするメリット

他に選択肢はない。サッカーの発展に貢献し、さらに伝達していく

――アカデミーが一般化しようとしている「知識」ですが、これを開放してしまうことは、競争の優位性を失ってしまうことに繋がりませんか?

ビアホフ「これについては、DFB内でも意見が分かれています。ですが、私からすると他に選択肢はないように思います。DFBとしてサッカーの発展に貢献し、さらに伝達していく。過去には、そういった情報を隠していたこともありますが、意味がありません。いずれにせよ明らかになりますし、他国も他のやり方で成長していきます。知識を共有することで、全体をより良い方向に導くことができます。そういう意味では、情報の公開はよりクレバーな判断だと言えます。もちろん、ワールドカップに向けた代表の戦術や動向といった情報は出しませんし、機密情報になるような分析結果をスタッフ内だけで保持するような部分があるのは当然ですが。しかし、さらなる発展が確実に見込める知識がたくさんあるのです。そういった知見をトップレベルで率先して活用し、そこで得られた経験を一般化し、底辺へ向けて発信していく。このプロセスを担うのが私たちの仕事です」

――国内外のパネラーが集まり、他分野の専門家同士が交流した会議でしたが、監督自身にとって新しい発見はありましたか?

レーブ「我われの分析担当者や他のクラブの仕事の流れは知っていますが、交流自体が興味深いですね。私も他の土地へ行けば、よそではどんなことをしているのか、他のクラブでは監督がどんな仕事をしているのか、試合前の準備などに興味がありますし。いろいろと聞くのも重要ですが、私たちは何が欲しいのか、という方向性が重要です。それに照らし合わせて、私たちにとって重要な情報を得ましたよ」

――現在建設が進んでいる施設は理想的なものですか?

ビアホフ「理想を言えばキリがありません。土地や経済的な問題もあって制限は付き物です。ただ、理想的な一歩を踏み出せたと思います。現状できる最善のものになったと思います。この建物は、駅のようにすべての人に開放されているわけではありません。コンパクトな敷地の中で、専門家が集まって共同作業をするラボのようなものです。限られた条件の中で建てられるものとして、十分に満足の行くものです」

――W杯抽選会については?(編注:この会見は組み合わせ抽選会の直前に行われた)

ビアホフ「分析したけれど、言うべきことはありませんよ(笑)」

レーブ「ドキドキしながら会場に向かいますよ。対戦相手や試合会場がどこになるのかなど、重要な要素が決まりますからね。抽選会が終わると、大会に関して具体的なイメージが得られます。スタッフはいくつかのチームを重点的にチェックするために動き出しますし、試合会場となる都市やスタジアム、運営上のルールなど、そういった細かいことが具体的に把握できるようになります。抽選会が終わって早く帰国できれば、うれしいですね。すぐに仕事に取りかかります」

Photos: Bongarts/Getty Images

footballista MEMBERSHIP

TAG

DFBオリバー・ビアホフデータヨアヒム・レーブ

Profile

鈴木 達朗

宮城県出身、2006年よりドイツ在住。2008年、ベルリンでドイツ文学修士過程中に当時プレーしていたクラブから頼まれてサッカーコーチに。卒業後は縁あってスポーツ取材、記事執筆の世界へ進出。運と周囲の人々のおかげで現在まで活動を続ける。ベルリンを拠点に、ピッチ内外の現場で活動する人間として先行事例になりそうな情報を共有することを心がけている。footballista読者の発想のヒントになれば幸いです。

関連記事

RANKING

TAG

関連記事