負けが続き思い通りにならずともそこから学べることは多々ある!
指導者・中野吉之伴の挑戦 第三回
ドイツで15年以上サッカー指導者として、またジャーナリストとして活動する中野吉之伴。彼が指導しているのは、フライブルクから電車で20分ほど離れたアウゲンとバイラータールという町の混合チーム「SGアウゲン・バイラータール」だ。今季は、そこでU-15監督を務めている。この「指導者・中野吉之伴の挑戦」は自身を通じて、子どもたちの成長をリアルに描くドキュメンタリー企画だ。日本のサッカー関係者に、ドイツで繰り広げられている「指導者と選手の格闘」をぜひ届けたい。
第二回「狂った歯車を好転させるために指導者はどう手立てを打つか」に引き続き、第三回をお楽しみいただけたらと思う。
▼前節、逆転負けをしたが、前半はとても良かった。
だから、それをベースに取り組めばいずれ勝利に結びつくはずだし、1勝できればまた波に乗れる。実感として、そういう手ごたえをつかんでいる一方で、その1勝ができなければズルズルと沈んでいく危険性があることも理解していた。
そして、その予感は当たった。
私たちは連敗のスパイラルに入り込んでしまった。熱が入ったトレーニングをする。「みんなで勝つぞ!」と、試合前に気合いを入れる。各自が精一杯のプレーをしようとする。でも、ふとしたミスで失点し、取り返そうと焦って次のミスをする。不安定さは、一気にチーム全体に広がっていった。がんばっても結果が出ないと気持ちはどうしても萎える。やってやろうという思いが強いほど、うまくいかない時の失望とイライラは大きい。頭ではわかっていても、冷静さを保てなくなる。
いつも通りの状態を取り戻すのは、大人でも難しい作業だ。
おりしもブンデスリーガでは、昨シーズン3位のドルトムントが開幕7試合で勝ち点19というスタートダッシュに成功した直後から大不振に突入。昨シーズン5位と大躍進を果たしたケルンが開幕からつまずき、浮上のきっかけすら見つからない様子が連日メディアで報じられていた。一ファンとして見ていれば、「何やってんだ」「勝つ気がない」「監督が悪いんだ」「選手がちゃんとやっていない」などと言いたい放題ができる。
しかし、子どもたちは笑うに笑えない。
誰よりも、私は彼らの不振の理由がわかっている。
「やろうと思っても、普段通りのプレーができない」
「動こうと思っても、頭で何かやろうと考えてしまい動けなくなる」
「ほんの些細なチームメイトや両親からの声でイライラしてしまう」
ブンデスリーガであれば、監督交代、チームマネージャーを解任するなどの荒療治で復活するキッカケを強制的に作ることも可能だ。でも、私たちアマチュアクラブでそんなことをする余裕はない。そもそもアシスタントコーチが見つかるまでに、シーズンが始まってから2カ月近くかかるくらいなのだから。
基本、スタッフも指導者もボランティアとしてチームに関わっている。必要なのは「誰か」を変えることではない。「みんなで」現状を打破するために取り組むことであり、そのための道を、私が探して導いていくことだった。
この段階で手がなかったわけではない。
U-15にもなると、子どもたちは学校の勉強が忙しくなる。ドイツでは日本と違い、決められた時期に中間・期末テストがあるわけではなく、不定期にテストが行われる。試験前になれば、テスト勉強で練習を休む子が出るのは致し方ない。学業の方が大事なのだから。
とはいえ、風邪を引いたり、ケガをしたりして参加できない子がいると、練習人数がどうしても減ってしまう。チームを立て直したくても、そのための準備をして試合に臨むという、当たり前の条件がそろわない。U-15のファーストチームは15~18人で構成されていたが、この時期は練習参加の人数が8人前後になっていた。
考えられる手段は、セカンドチームからの選手補充である。
「セカンドチームは、ファーストチームが何かあった時のサポート的なポジションにあるチーム」というのが、ドイツでは基本的な捉えられ方である。おそらく、どのクラブも私たちのチームと同じような状況だったらそうするだろう。
だが、私はその手段を取らなかった。
理由は簡単だ。セカンドチームから選手を補充すると、そのチームの選手がいなくなる。選手が少なくなれば、「練習に行きたい」と思う子どもがどんどんいなくなってしまう。そうすれば「クラブを辞める」子が出てくる可能性がある。
実際に昨シーズンはそれが原因で、セカンドチームはシーズン途中にして登録を抹消せざるを得なくなった。もとは全員で28人しかいなかったのに、2チーム登録したのが早計だったのかもしれない。これは育成部長も反省していた。
おそらくU-15はどこも難しいことが起こる年代だ。
「家族に問題を抱えている」
「他にやりたいことがある」
「学校の勉強が忙しい」
「サッカーが楽しくなくなった」… etc.
理由は様々だ。これまでは無条件に楽しかったものが、有無を言わさずNo.1だったはずのサッカーが「そうではないかも?」と思い始める時期なのだ。ボールを蹴るのは楽しいけれど、息が切れるまで走ったり、相手とぶつかり合い続けてまではやりたいとは思わない子も出てくる。監督やコーチの努力もむなしく一人、また一人とチームを去り、練習に参加する子どもが減っていくと、引きずられるようにグラウンドから足が遠ざかる子が増えてしまった。気づくと、最終的に6人しかいなかった。セカンドチームの監督は最後まで粘ったし、私もそうした。しかし、6人では試合ができない。結局、残った6人はファーストチームで一緒にトレーニングをするという解決になった。
余談だが、週に2回それぞれ90分のトレーニングと年間20試合強のリーグ戦という環境が整っているドイツの子どもでもこうしたことが起こるのが普通なのだ。日本のように週に何度も一日に何時間も練習し、年間100試合をこなすという環境では、辞めたいと思う子どもがたくさん出てきても不思議ではない。
もう、ひと昔前のように大きくなっても、学校が終われば暗くなるまでサッカーだけに明け暮れるのは難しい時代になっている。それは時代の変化だ。それを受け止めて、クラブとして、指導者としてやれることをやっていく。
「それでも僕はサッカーが好きだ」
そういう子どもたちの思いを全力で受け止められる存在として。だからこそ、昨シーズンの二の舞だけは何としても避けたかった。他の指導者から見たら、ただのセカンドチームかもしれない。でも、今シーズンのチームには多くの子どもが練習に来て、チームとして戦い、成長している姿を見せてくれていた。「このチームでサッカーができるのが楽しい」と、みんなが口にしていた。
このチームを解体して、ファーストチームを補強する。
それが本当に必要なのか。私は決意をした。前半戦はこのままで乗り切る、と。時に控えメンバーがGK1人しかいない試合もあった。子どもたちもこの状況に納得しているわけではない。それでも言い続けた。
「セカンドチームも私にとっては大切だ。状況は理想的なものではない。その中で自分たちがやるべきこと、やらなければならないことを整理しよう。試合に勝つ、負けるだけにこだわったら先に進めない」
そこで、ミーティングをすることにした。
15人を3グループに分け、自分たちで今できていること、できていないことを相談して発表し合おう、と。子どもたちはメモ用紙とペンを手に、それぞれ別室で話し合いを始めた。出てきた意見は、どのグループもほぼ一緒だった。
「ミスをすると、味方に文句を言ってしまう」
「失点すると、がっかりしてしまう」
「独りよがりのプレーが多くなる」… etc.
この3つを、どのグループも問題点として挙げた。だから、次の試合はここを目標に掲げた。試合結果を見るな。この試合で大事なのは「どんなことがあっても味方のミスに文句を言わない」「何失点してもがっかりしない」「うまくいかないことがあっても独りよがりのプレーをしない」という3点だけ。プレーの指示は私がする。それぞれは自分のプレーだけを考えよう。それが何よりチームのためになる。
▼子どもたちは目の輝きを失わずに最後まで戦い抜いた。
2位のチームに一歩も引かず、自分たちが掲げた目標を忘れずにプレーをし続けた。時に何かが口からこぼれてきそうになってもグッと歯を食いしばり、味方のために走った。後半途中までは互角の展開だった。終盤はさすがに相手のペースについていけなくなり、連続失点。でも試合後、子どもたちはいい表情をしていた。
「負けはしたけど、僕らはいいサッカーをした」
いいサッカーとは、華麗なサッカーのことではない。いいサッカーとは、個人技で相手を翻弄することでもない。いいサッカーとは、自分たちのできるベストを尽くすために各自がそれぞれの役割に全力で取り組んでいくサッカーではないだろうか。
試合後、相手チームの監督に声をかけられた。
「点差はついてしまったけど、間違いなく今シーズン僕らが戦った相手で一番いいサッカーをしていた」
誰だって、試合には勝ちたい。誰だって、試合に負けるのは悔しい。まだ連敗は続いている。だから、早く勝ってホッとしたい。だが、負けの中で大事なものを見つけられることがたくさんある。この試合の価値はとても大きいと思った。
試合後、メッセージを送った。
「相手とともに仕事をする人間は、それぞれのポテンシャルを加算できる。そして、相手のために仕事をする人間は、それぞれのポテンシャルを倍増できる。今日、みんなはそれぞれのポテンシャルを何倍にもしていたよ」
このパフォーマンスが今日だけのものにならないように。
リーグはまだ続いていく。
■シリーズ「指導者・中野吉之伴の挑戦」
第一回開幕に向け、ドイツの監督はプレシーズンに何を指導する?
第二回狂った歯車を好転させるために指導者はどう手立てを打つのか
第三回負けが続き思い通りにならずともそこから学べることは多々ある!
第四回敗戦もゴールを狙い1点を奪った。その成功が子どもに明日を与える
第五回子供の成長に「休み」は不可欠。まさかの事態、でも譲れないもの
Photos: Kichinosuke Nakano
※今企画について、選手名は個人情報保護のため、すべて仮名です
Profile
中野 吉之伴
1977年生まれ。滞独19年。09年7月にドイツサッカー連盟公認A級ライセンスを取得(UEFA-Aレベル)後、SCフライブルクU-15チームで研修を受ける。現在は元ブンデスリーガクラブのフライブルガーFCでU-13監督を務める。15年より帰国時に全国各地でサッカー講習会を開催し、グラスルーツに寄り添った活動を行っている。 17年10月よりWEBマガジン「中野吉之伴 子どもと育つ」(https://www.targma.jp/kichi-maga/)の配信をスタート。