マンジュキッチ、サイドMFで躍動。剥がした“古典的CF”のレッテル
ポジション多様化トレンド:CFのサイドMF起用
2011-12から5シーズン連続でリーグ戦2桁得点をマークした一方、バイエルン時代にグアルディオラの戦術に馴染めなかったこともあって良く言えば生粋の点取り屋、悪く言えば古典的CFというイメージが定着していたマンジュキッチ。それが今では、完全にサイドを自らの主戦場としている。ユベントスを率いるアレグリ監督はなぜ、屈強な肉体を誇るクロアチア代表をサイドにコンバートしそれがハマったのか。その機能美を紐解く。
ボルフスブルク時代の指揮官であるフェリックス・マガトの言葉を借りれば、マンジュキッチは「180分間プレーし続けたとしても足を止めることのないストライカー」だ。最終的には喧嘩別れのような形になってしまったが、マガトとの出会いがマンジュキッチのキャリア形成における重要な転機となったことに疑いの余地はない。ドイツの地で軍隊にたとえられるマガトの過酷なトレーニングを乗り越え、ウインガーやセカンドトップとしてプレーしていた若者は強靭な筋肉の鎧を纏う前線の柱へと変貌。ミュンヘンで3冠を達成し、黄金時代を築き上げたユップ・ハインケスのプレッシング集団を牽引したストライカーは、イタリアの地で再び戦場をライン際へ移した。常に現状に満足せず、破壊と再構築を繰り返す智将マッシミリアーノ・アレグリが見つけ出したマンジュキッチの左サイド起用には、欧州の最前線へ挑むための覚悟が見える。
“動き過ぎる”性質の逆用
マンジュキッチはCF起用時にも自陣のSBのポジションまで戻って来ることがある一方で、カウンターに繋がる場面で前線を留守にすることも少なからずあった。ストライカーとしては類稀な献身性と守備力は彼の長所である一方、短所にもなっていたのだ。
さらに、前述のマガトやアトレティコ・マドリー時代の監督シメオネと何度となく衝突したように「問題児」の一面もあり、モチベーションの低下が献身的なプレーを継続する妨げとなっていた。ストライカーらしい気性の荒さと、チームのために犠牲になる献身性。2つの相反する性質を共存させられないことが、常に2桁得点をマークしながらもレギュラーになれない要因となっていた。
しかし、戦術を知り尽くした智将の思いつきが錆びついた歯車を動かすことになる。アレグリいわく、「突如として頭に浮かんできた奇策」によって、マンジュキッチは昨シーズンの第21節ラツィオ戦で左サイドのアタッカーとして起用される。大胆なアイディアは、マンジュキッチの性質と驚くほどに噛み合うものだった。サイドMFのポジションであれば、自陣まで戻ってSBを助ける動きや中に絞ってのサポートは「チームを助ける」ものとなる。下がって来る動きに呼応して、彼の空けたポジションを周りの選手が使うこともたやすい。“動き過ぎる”プレースタイルが、よりチームへと還元されるようになったのだ。そんなマンジュキッチのことを、同僚キエッリーニはこう表現する。「チームを牽引する選手で、DFであると同時にMFであり、そしてFWでもある」と。
特筆すべきなのが、チームがボールを失った際の驚異的な戻りのスピードだろう。彼が中央に絞りながらボランチに近い位置へと引くことで中盤を崩されるリスクを軽減すると、それに応じて全体がボール狩りに動く。
ダブルボランチを形成するピャニッチとケディラの2人はもともと比較的高い位置からのプレスを好み、イグアインやディバラ、クアドラードも同様だ。しかし、彼らに高い位置からのボール奪取を狙わせるために「必要なリスク管理を任せる駒」をユベントスは見つけられていなかった。その枠に見事にはまったのが、マンジュキッチだったのである。マンジュキッチ本人も「自分が全力で走るのを見ると、チームメイトが同じように走ってくれる」とコメントしているように、彼の動き出しは守備のスイッチとなっている。
イグアインを解き放て
また、ラインとの駆け引きに集中させることで怪物的な嗅覚を発揮しゴールを量産する一方、ポストプレーは決して得意とは言えないイグアインが中央で起点になる場面を減らし、負担を軽減するのも左サイドに開いたマンジュキッチの仕事である。190cmの長身と強靭な肉体を誇るマンジュキッチに対し、対面する相手SBはスピードやアジリティを特徴とする小柄な選手が多いためミスマッチ状態になりやすい。彼が高確率でボールをキープし左サイドで起点となることによって、絶対的エースに「異質な域に到達しつつある得点感覚」を存分に発揮させようとしているわけだ。同時に、空中戦にも強いマンジュキッチの存在は相手のプレッシングへの対抗策にもなる。アバウトなボールにマンジュキッチが競り勝ちディバラやピャニッチらへとボールが繋がれば、プレスを仕掛けるためにバランスを崩した相手DFラインをイグアインのスピードで一気に攻略できる。エースがゴール前での仕事に集中するために、マンジュキッチの役割は欠かせない。
前任者アントニオ・コンテの手で復活し、アレグリによって磨かれたユベントスというチームは絶対的な堅守を武器にしている。とはいえ、レアル・マドリーやバルセロナのような欧州最高峰の破壊力を有するチーム相手に攻撃を真正面から受け止めるだけではいつか押し潰されてしまう。ゆえに重要となるのが、相手の組み立てを阻害することによって自陣に押し込まれる時間を短縮するプレッシングだ。ドルトムントやアトレティコ・マドリーの成功も、機を見た前からのプレッシングによって相手の攻撃時間を減らすことに成功したからこそ成し遂げられたものだった。引いて守ることはお手の物だからこそ、前から奪う戦い方をさらにレベルアップさせられれば、欧州の頂点が見えてくるだろう。その点、マンジュキッチのサイド起用によりプレス時の守備力は格段に高まった。
さらに、高い位置からボールを奪おうとする相手が多い欧州の舞台では前からのプレスを回避する手立ても欲しいところだが、これもサイドに陣取るクロアチア代表の働きにより完成の域に近づいている。
高い位置からボール狩りを仕掛けたかと思えば、低い位置で相手の攻撃を跳ね返す。後ろから丁寧に繋いで攻め込んだかと思えば、強引に中盤を省略して相手のプレッシングを無効化する――サイドに活躍の場を移したマンジュキッチがもたらす機能性によって、この両輪を整備することができたのである。
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Profile
結城 康平
1990年生まれ、宮崎県出身。ライターとして複数の媒体に記事を寄稿しつつ、サッカー観戦を面白くするためのアイディアを練りながら日々を過ごしている。好きなバンドは、エジンバラ出身のBlue Rose Code。