GPSデータですべてが変わった。欧州フィジカル革命の最先端
ミランは、ヨーロッパでもいち早く選手のコンディション管理にクラブとして取り組んできたことで知られる。すでに今から15年前(2002年)に、フィジカルのみならず、メディカル、さらにはメンタルの側面まで、選手一人ひとりのコンディションを総合的に管理するためのセンター「ミランラボ」を、ミラノ郊外にあるトレーニングセンター、ミラネッロ内に設置していたという事実は象徴的だ。2000年代後半には、フィジカルデータ収集のための位置情報システムの開発にもミラノ大学と共同で取り組むなど、最新テクノロジーの導入には常に意欲的だった。
一方、現トリノ監督であるミハイロビッチは、毎日のトレーニングをほぼすべてボールを使ったメニューだけで構成する統合型トレーニングのメソッドを積極的に採用してきた監督である。
今回のインタビューはそのミハイロビッチが率いた時代のミランでフィジカルコーチを務めたアントニオ・ボベンツィ(現トリノフィジカルコーチ)に、ミランがこれまで蓄積してきた資産をどのように総合型トレーニングのメソッドに生かして運用してきたのかを聞いたものだ。その鍵を握るフィジカル的な負荷のコントロールに、GPSシステムによるトラッキングデータが具体的にどのように活用されているのかを知ることは、欧州トップレベルのプロクラブにおけるフィジカルデータ活用の最先端に触れることを意味する。
総合型トレーニングの時代
今はほとんどのトレーニングをボールを使ったエクササイズで構成する
まず話の大前提となるのは、我われのトレーニング計画は毎週の試合を基準点としているということです。
毎週のトレーニングメニューは、直前の試合における修正点、そして次の試合で起こり得る状況をできる限り再現するようなエクササイズで構成されていて、その中に技術、戦術、フィジカル、すべての要素が統合的に織り込まれています。
この考え方自体は、ここ5、6年で広まり定着してきたもので、それによってトレーニングメソッドそのものにも以前と比べて大きな変化がありました。以前はボールを使った技術/戦術トレーニングとボールを使わないフィジカルトレーニングが分離されていましたが、今ではテクノロジーの進歩によって、ボールを使ったトレーニングがもたらすフィジカル的な負荷を計測したり算出したりすることができるので、ほとんどのトレーニングをボールを使ったエクササイズで構成するようになりました。
そのベースとなるのが、毎週の試合、そして毎日のトレーニングで収集されるデータです。ホームスタジアムのサンシーロ、そしてここミラネッロのトレーニングセンターには、選手一人ひとりに装着したGPSチップを通して全員の位置情報をリアルタイムで把握できるシステムがインストールされています。これを使って、個々のプレーヤーの走行距離やスピード、そしてその時に使われたパワーをモニターし、記録しています。
走行距離のデータは、スピード(=負荷)によって時速8km以下、8km~22km、22km以上という3つのレイヤーに分けられており、それぞれについての走行距離と時間、そして消費エネルギーが記録されています。さらにもう一つ、移動のスピードから算出されるパワーについても、体重1kgあたり20ワット以下、20~35ワット、35ワット以上というレイヤーに分けられていて、こちらもそれぞれの距離、時間、消費エネルギーを記録しています。
最近は試合のテレビ中継でも走行距離のようなデータが表示されるようになりましたが、フィジカルという観点から見るとこうした単純なデータはあまり意味を持ちません。重要なのは、インテンシティの高い(=高強度の)アクションを何回、どれだけの頻度で行い、その出力や頻度が時間とともにどう推移したかです。
「高強度」の運動がポイント
選手には高強度アクションに関わる5つのポイントに絞って話をする
ちなみに、「高強度」の定義は、体重1kgあたり20ワット以上の出力を出したアクション。これはおよそ時速16kmで走る時の出力に対応しており、有酸素運動の閾値を超えて無酸素運動に入るレベルの強度になります。
こうした高強度のアクションは身体に乳酸をはじめとする疲労物質を生成させ、それが時間とともに蓄積されるに連れてパフォーマンスは低下していきます。したがってその回数と頻度、そして時間的推移が、フィジカルな観点から選手のパフォーマンスを評価する上での基本的な指標になってくるわけです。
実際、選手たちにデータを見せてフィジカル面でのパフォーマンスについて話をする時にも、試合の中で高強度のアクションを行った回数、総時間、アクション1回あたりの平均時間、次のアクションまでの平均回復時間、そしてどれだけのパワーを回復したかという5つの数字にポイントを絞って、それを向上させることにフォーカスするようにしています。
ただし私自身は、10~20ワットという中強度の運動にもそれなりの注意を払っています。これは、ボールに絡んだ高強度のアクションの後、ポジションに戻るための動きや、ラインコントロールやポジション修正などボールに絡まないところでの動きに対応しているので、チームの戦術的秩序を保つ上で小さくない意味を持っていると考えています。
もう一つ重要なのは、高強度アクションの回数/頻度の時間帯別の推移。一般的に言って、チームのフィジカルパフォーマンスは最後の15分で大きく低下します。その結果、チームの布陣が間延びしてスペースが生まれ、またアクションの頻度も低くなる。その落ち込みをなるべく少なくすることも、フィジカルパフォーマンスに関する大きな目標の一つです。
以前はフィジカルコンディションやトレーニング負荷を計測・評価する基準は心拍数でした。我われフィジカルコーチの間でも、心拍数をベースに最大酸素摂取量や有酸素・無酸素のパワーやキャパシティを計測し、それに基づいてフィジカルトレーニングのメニューと強度を決めるというアプローチが、20年近くの間スタンダードでした。しかし今はGPSによって心拍を介さずに運動量を把握することが可能になりました。サッカー選手もF1マシンと同じようにテレメーターですべての走行データを取る時代が来たと言えます。
ちなみに、サンシーロでの試合に関しては、スタジアムに屋根があるために衛星からの信号をうまく受信できないことがあり、データの精度に多少の問題が残されています。しかしそれも近いうちに改善されるメドが立っていると聞いています。アウェイの試合についてもGPSシステムを持ち込んで試合前にセッティングを行い、データを記録する体制になっています。
また、サンシーロとミラネッロにはGPSとは別にもう一つ、ピッチを俯瞰した映像を録るテレビカメラも設置されており、その映像からはチームと個々の選手のプレーについての戦術データがアウトプットされます。こちらの分析は戦術分析担当者の仕事になります。
戦術分析スタッフとの役割分担
我われがトータルの負荷と仕事量を決め、戦術分析スタッフがメニューに落とし込む
GPSによるフィジカルデータと映像分析による戦術データは、データベース上では一つに統合されており、トレーニングメニューの策定もスタッフ全員が協同して行っています。これらのデータに基づき、選手一人ひとりにできる限りフィットした服をオーダーメイドで作るよう、スタッフ全員が協同してトレーニングの内容と強度を設定していくというのが、我われの仕事の大きな部分を占めています。
毎週のトレーニング計画は、オフ明け火曜日の午前中に行われるスタッフミーティングで話し合って決められます。この時点ではすでにGPSによるフィジカルデータ、ビデオトラッキングによる戦術データがすべてそろっています。
具体的なトレーニングメニューはほぼすべてがボールを使ったエクササイズになります。その内容は技術/戦術担当のスタッフが中心になって考えますが、それをどのような負荷(強度と頻度)で行うかという部分については、我われが意見を出して決めることになります。直近の試合のデータを元に、そのパフォーマンスをさらに上げるためにはどんな負荷をどのくらいかけるべきかを検討し、その週のトータルの負荷と仕事量を決めるのが我われの仕事で、それを日々のメニューに振り分けて落とし込んでいくのが戦術分析スタッフの仕事になります。
毎日のトレーニングは、原則として75分を超えないように組み立てています。これは、1試合の実質プレー時間を超えてトレーニングしても意味がないからです。低負荷で長い時間トレーニングするよりも、高負荷で短い時間トレーニングする方がベターだというのは、今や常識に属する知識と言えます。
一つひとつのエクササイズがもたらす負荷は、すべてデータとして標準化されます。例えば4対4のミニゲームをペナルティエリアの倍のスペースで行えば、無酸素領域に入るパワー強化にフォーカスしたトレーニングになるし、そこからスペースを広げるか、あるいは選手の数を減らせば、有酸素領域まで強度が下がって持久力強化に繋がるという具合です。こうして同じミニゲームでも人数、スペース、時間、回数、回復時間という5つの要素を調整することで、フィジカル的には異なる目的に対応することになります。
もちろん、どんな種類のアクションをどれだけの頻度で行うかは、ポジションによっても異なるし、より厳密に言えばシステムによっても変わってきます。したがって、選手をポジション別のグループに分けてそれぞれの負荷を調整することも少なくありません。
トレーニングを試合に近づける
エクササイズの間隔を最小限に抑えて「死んだ時間」を作らない
トレーニングを組み立てる上で注意しているのは、エクササイズとエクササイズの間隔を最小限に抑えて「死んだ時間」を作らないようにすること。高強度のアクションを高い頻度で行い、その頻度を90分間高いレベルに保つためには回復のスピードを速めることが必要なので、日々のトレーニングもそれを促すように組み立ています。
実際、前後半45分ずつプレーする中で、高強度アクションの間隔、すなわち回復時間が1分を超えるのは多くて2、3回。30秒前後が15~30回、残る70~150回(ポジションによって異なる)のアクションは15秒以下の間隔。つまり、現代のサッカーに休む時間はないということです。
1週間のスケジュールは大雑把に言うと以下のようになります。
日曜日に試合を行った場合、翌日はオフ、火曜日は午後から全員でウォーミングアップとボールポゼッションのエクササイズを行い、その後は試合に出てほぼフルタイムプレーした選手とそれ以外の選手を2グループに分け、前者は20分間の回復走を行って終了、それ以外の選手は高強度のスモールサイドゲーム、そしてさらにボールを使わない有酸素系のエクササイズを行います。
週の中で最も負荷が大きいのは、午前、午後の2部練習を行う水曜日。午前は戦術系のエクササイズをパワー系にフォーカスした高強度で行い、午後は狭いスペース、短い回復時間での2対2、3対3、あるいはプレッシングなど、技術的にもフィジカル的にも最大負荷を要求するエクササイズが中心になります。
木曜日は水曜日に近い強度ですが量的にはやや抑えたメニューを行い、金曜、土曜は筋肉にも代謝系にも過大な負荷をかけない低強度で、次の試合に備えた戦術トレーニング、そしてセットプレーのトレーニングを行うという流れです。
試合を基準にしてトレーニングメニューを組み立てるという考え方はいわゆる戦術的ピリオダイゼーション理論に近いかもしれません。しかし、我われはボールを使ったトレーニング以外は意味がないという考え方は採っておらず、必要に応じてボールを使わないトレーニングもメニューに加えています。
毎日のトレーニングでもGPSデータを録っているので、各自がどれだけの負荷でどれだけの仕事をしたかはリアルタイムでモニターしています。選手一人ひとりについて、コンディションを維持する上でその週にこなすべき仕事量があらかじめ設定されているので、その日の仕事量が我われが設定した目標値に達していない場合には、練習後にそれを穴埋めするようなボールを使わないエクササイズを、個人メニューとしてこなしてもらうようにしています。
ボールを使わないエクササイズの最大の利点は、負荷を完璧にコントロールできるところです。距離、回復時間、そしてその選手の代謝能力(ミランラボのテストで把握されている)がわかっていれば、負荷と仕事量は自動的に算出されます。例えば、その選手の無酸素閾値が心拍180ならば、80mを15秒で走れば185まで心拍が上がるから、それをどの間隔で何回繰り返せばこれだけの仕事量になる、という計算です。
しかし、サッカーの試合で必要な種類の持久力や回復能力は、サッカーをプレーすることによって最も効果的に鍛えられることも確か。したがって、可能な限りボールを使ったトレーニングによって同じ負荷、同じ仕事量をこなす方がベターです。それゆえボールを使わないエクササイズは足りない仕事量をリカバーするなど限られた目的にのみ使って、できる限りボールを使ったエクササイズで毎日のトレーニングを構成することが基本になっています。
「ミランラボ」のサポート
故障の予防はミランラボとの連携で、負荷をコントロール
ここミラネッロには、メディカル部門とフィジカル部門が統合されたミランラボがあって、我われテクニカルスタッフの仕事をサポートしてくれています。ミランラボでは運動生理学やバイオメカニクスの観点から選手のフィジカルデータを収集・管理しており、GPSデータと合わせて個々のプレーヤーをあらゆる角度から捉えることを可能にしています。また故障の予防や故障後のリハビリテーションも担っています。
故障の予防については、ミランラボと連携を取りながら、常に注意深くトレーニングの負荷をコントロールしています。私はトレーニングの量よりも質を重視しており、時間は短くともインテンシティの高いトレーニングを行い、高負荷のアクションに慣れることが、最終的には故障の予防にも繋がると考えています。試合の中で打撲や捻挫、骨折といった物理的な故障は避けることはできません。しかし疲労や過負荷による筋肉系の故障はかなりの部分予防が可能です。
とはいえ、筋肉系の故障を引き起こす最大の要因は、実は心理的なストレスにあるというのが私の考えです。この分野に関してはストレスを定量的に把握する手段がないので、観察によって主観的に判断するしかありません。ミハイロビッチ監督はこの点に大きな注意を払っており、選手たちと頻繁にコミュニケーションを取ってメンタルコンディションを読み取り、できる限りプレッシャーやストレスから解放しようとしています。今のところそれ以外にストレスに起因する筋肉系の故障を予防する方法はありません。心理的なストレスの数値化が、フィジカル分野におけるデータ活用の次のステップではないでしょうか。
Interview with
Antonio BOVENZI
アントニオ・ボベンツィ(元ミランフィジカルコーチ/現トリノフィジカルコーチ)
1966.6.8(49歳)ITALY
ローマ近郊のマリーノ生まれ。トッティも育成年代を過ごしたローマ第3のプロクラブ・ロディジャーニで育ったが、トップチームには上がれずフィレンツェ大学で運動科学の学位を取得。1991年にロディジャーニに戻ってフィジカルコーチとしてのキャリアをスタートし、下部リーグの数クラブを経て2002年、マンチーニのフィジカルコーチであるイバン・カルミナーティのアシスタントとしてラツィオ入り。その後マンチーニ&カルミナーティとともにインテルに移ったが、08年にはマンチーニの助監督から独り立ちしたミハイロビッチについてボローニャのフィジカルコーチとなる。その後はミハイロビッチの片腕としてカターニア、フィオレンティーナ、サンプドリア、ミラン、トリノでフィジカルコーチを務めている。
Photos: Michio Katano
Profile
片野 道郎
1962年仙台市生まれ。95年から北イタリア・アレッサンドリア在住。ジャーナリスト・翻訳家として、ピッチ上の出来事にとどまらず、その背後にある社会・経済・文化にまで視野を広げて、カルチョの魅力と奥深さをディープかつ多角的に伝えている。主な著書に『チャンピオンズリーグ・クロニクル』、『それでも世界はサッカーとともに回り続ける』『モウリーニョの流儀』。共著に『モダンサッカーの教科書』などがある。