弱小国を切り捨てない理由。W杯予選方式に見る欧州の理想
スペインがリヒテンシュタインに2戦合計16ゴール、それでも
プレーオフ組を除く9つの出場国が決定したロシアW杯の欧州予選には、強国をシードし弱小国同士を戦わせて振り落す「予備予選」がない。世界ランク1位ドイツから最下位ジブラルタルまでがW杯出場権を争うという一点で同一線上に並ぶ。平等の理想が欧州っぽい。(本稿内のFIFAランキングはすべて2017年9月発表のもの)
小国と大国との試合をあなたはどう思うだろうか? 大差がついて「退屈だ」とか「意味がない」と思うか、それとも「弱小国にも戦う権利がある」と思うか。後者の考えなのが、欧州である。
W杯予選で予備予選がないのは欧州と南米だけ。南米の場合はその必要がない。参戦国はわずか10で最弱国のベネズエラですらFIFAランク68位と世界レベルでは立派な中堅国だから、総当たりのリーグ戦一発で出場国を決めることに異議を唱える者はいない。
参戦国の少なさ(11)とレベルの均等さ(全チームがランク100位以下)から言えばオセアニアもリーグ戦だけで良いように思うが、参加国数が奇数ではカレンダー編成上都合が悪いのか弱小4チームによる予備予選を実施している。もともとオセアニアは2002年W杯予選まで予備予選がなかったのだが、01年にオーストラリア(当時オセアニア連盟所属)対サモアでの31-0というスコアがスキャンダルとなったのをきっかけに採用された経緯がある。オセアニアと同様、アフリカとアジアは予備予選でそれぞれ弱小26カ国を13カ国へ、12カ国を6カ国へ絞り込んでからシード国が参戦する方式となっている。
最も念入りに弱小国を排除しているのが北中米カリブ。3つの予備予選を経て弱小29カ国を6カ国に絞り込んでから、メキシコ、アメリカら第1シード6カ国がリーグ戦におっとり刀で駆けつける仕組みである。
弱小国徹底排除。北中米の理由
予備予選導入で、力の差があり過ぎる者同士の対戦はどの程度減少しているのか?
今回のW杯予選でFIFAランク差が最大の“最大格差対決”を調べてみると、オセアニアではニュージーランド対バヌアツ(113位対188位)、アフリカではエジプト対チャド(30位対153位)、アジアではオーストラリア対バングラデシュ(50位対196位)、北中米カリブではアメリカ対セントビンセント・グレナディーン(28位対173位)となった。
念入りに排除したはずの北中米カリブで予備予選の“効果”が見えないのは、35カ国中24カ国のFIFAランクが100位以下でうち19カ国が150位以下と、そもそも上位と下位の格差が大き過ぎるから。バハマ(206位タイ)、アンギラ(206位タイ)、バージン諸島(205位)、ケイマン諸島(202位)らサッカーよりもタックスヘイブン(租税回避地)としての方が有名な国や地域がごっそりこの地区からW杯予選へ名乗りを上げている。
ちなみに、アジアも45カ国中33カ国がランク100位以下と格差が大きく、日本対カンボジア(40位対172位)、韓国対ラオス(51位対166位)、サウジアラビア対東ティモール(53位対192位)などの格差対決があったのはご存じの通りだ。
とはいえ、今回の予選でFIFAランク1位のドイツと204位のサンマリノが同グループに入った欧州が格差ナンバー1であることは間違いない。
アルバニアの躍進、ルクセンブルクの快挙
昨年11月、サンマリノを0-8で一蹴したドイツ代表のトーマス・ミュラーが「過密日程なのにこんな試合をする意味はない」と批判。すぐにサンマリノ側から「この試合のTV放映権料で子供たちにサッカーグラウンドとスクールを作ることができる。アックアビーバという村にスタジアムを作っていて君の月給の6カ月分の費用がかかるが、それを90分間の放映権料でまかなった。悪くないだろう?」という痛烈な皮肉が込められた反論が届き、欧州では誰もが喝采した。
スペインが187位のリヒテンシュタインを2試合通算16-0と粉砕した時も「予備予選をするべき」という声が一部で出たものの、「強い国と戦うことで強くなったアルバニアのような国もある」(前スペイン代表監督デル・ボスケ)といった意見にかき消され、逆にその2日前にルクセンブルク(101位)がフランスと引き分けたという快挙の方が話題になった。
現実問題として人口の少ないジブラルタル(206位タイ)、サンマリノ、マルタ(191位)、リヒテンシュタイン、アンドラ(144位)はいくら強国と戦ったところで強国にはなれないだろう。それでも、「弱小国も強国も平等。戦う権利を奪うべきではない」という正論を民主主義の誕生の地、欧州では否定することはできない。また、予備予選を組むのが難しいという事情もある。予選参加54カ国中100位以下の国は13カ国に過ぎず、もう1カ国加えて勝ち抜け戦をさせても7カ国減にしかならないからだ。
1990年代以降、欧州サッカーは旧東欧の新興国、戦乱で荒れ果てた国の復興に大いに貢献してきた。ドイツやスペイン、フランス、イングランド、イタリアらと対戦できる喜び、放映権と入場料による収入を弱小という理由で奪うのではなく与えるべきなのだ。
Photos: Bongasrts/Getty Images
Profile
木村 浩嗣
編集者を経て94年にスペインへ。98年、99年と同国サッカー連盟の監督ライセンスを取得し少年チームを指導。06年の創刊時から務めた『footballista』編集長を15年7月に辞し、フリーに。17年にユース指導を休止する一方、映画関連の執筆に進出。グアルディオラ、イエロ、リージョ、パコ・へメス、ブトラゲーニョ、メンディリバル、セティエン、アベラルド、マルセリーノ、モンチ、エウセビオら一家言ある人へインタビュー経験多数。