時差は最大7時間。アウェイ遠征は「人生最悪」の旅
個人的な話になるが、生まれて初めて訪れたロシアの街は極東のハバロフスクだった。海かと見まがうほど雄大なアムール川や、緑があふれるヨーロッパ風の美しい街並み。そのスケールの大きさとのんびりとした時間の流れに魅了される一方で、中国との国境にほど近い土地柄ならではのアジア的な雑然とした雰囲気や、中央の流行から少し取り残された辺境の田舎風情も感じられた。極東は約8000km以上も離れたモスクワやペテルブルクなど西側のロシアとは一線を画した“異世界”と言えるだろう。
今シーズンのロシア・プレミアリーグでは、その極東から入れ替え戦の末にクラブ史上初となる1部昇格を果たしたSKAハバロフスクが参戦して話題となっている。SKAとは「陸軍スポーツクラブ」の略称で、赤い星があしらわれたクラブのエンブレムはソ連時代を思い起させるレトロなデザインだ。現在は軍隊との関連はほぼないが、空席を埋めるために軍服を着た陸軍学校生の一団がスタジアムの一角を占める独特な光景が見られることも。
ロシアの西側に位置する他のクラブは、SKAとのアウェイ戦になると10時間以上の移動と最大7時間の時差に悩まされることになる。時差対策として試合当日に移動するクラブが多いのだが、開幕節で対戦したゼニトの主将クリッシトは「人生最悪の移動だった」とその過酷さに憔悴しきり。また、昇格後に選手の半数を入れ替えたSKA内にも遠征に慣れていない選手が多く、敵地に赴いた第7節トスノ戦では、控え選手たちが試合中にベンチで寝てしまっていたそうだ。他にも人工芝やゲリラ豪雨と洪水、30℃を超える真夏の暑さなど環境面の問題は多く、一部の専門家やサッカーファンからは「極東やシベリアはプレミアリーグから排除すべき」という声まで上がっているほど。ロシアのサッカー環境の厳しさがあらためて浮き彫りとなった。
1500km離れても“ホーム”
それでも、ハバロフスクの街は初体験となるトップリーグに沸いている。第1節のホーム開幕戦では相手が強豪ゼニトということもあり、チケット売り場には5時間待ちの長蛇の列。昨シーズンの平均観客数は約5000人だったが、今季は開幕戦の満員御礼に始まり、その後も8000人以上を集めている。昇格決定後、プレミアリーグの基準を満たすため市の援助も受けてスタジアムが改修され、新たな娯楽がこの街に誕生した。
興味深いのは、極東各地の都市からも観戦に訪れる人が目につく点だ。1500km離れたヤクーツクから来た年配のファンは「同じ土地の仲間を応援するんだ」と興奮を抑えられない様子。一方で、極東中の期待を感じながらもポドドゥブスキ監督は「目標は残留」と冷静だ。予算は全クラブ中最下位、下馬評では降格候補の筆頭だが、他クラブの選手たちはみな口をそろえて警戒している――「SKAとの試合は決して“安パイ”ではない」と。
Photos: Naoya Shinozaki, Getty Images
Profile
篠崎 直也
1976年、新潟県生まれ。大阪大学大学院でロシア芸術論を専攻し、現在は大阪大学、同志社大学で教鞭を執る。4年過ごした第2の故郷サンクトペテルブルクでゼニトの優勝を目にし辺境のサッカーの虜に。以後ロシア、ウクライナを中心に執筆・翻訳を手がけている。