TACTICAL FRONTIER
サッカー戦術の最前線は近年急激なスピードで進化している。インターネットの発達で国境を越えた情報にアクセスできるようになり、指導者のキャリア形成や目指すサッカースタイルに明らかな変化が生まれた。国籍・プロアマ問わず最先端の理論が共有されるボーダーレス化の先に待つのは、どんな未来なのか? すでに世界各国で起こり始めている“戦術革命”にフォーカスし、複雑化した現代サッカーの新しい楽しみ方を提案したい。
若手監督が多種多様な実証実験を繰り返すリーグとなりつつあるブンデスリーガでは、日々新しい変革の芽が登場している。ペップ・グアルディオラがバイエルンの練習場に4本のラインを引くことで「5レーン理論」の定着を目指したことは有名なエピソードだが、ピッチを5つのレーンに区切る発想はドイツサッカー連盟でも熱心に研究されてきたという。英語圏で近年盛んに用いられている「ハーフスペース」という戦術用語も、もとをたどればドイツ語の「ハルブラウム」を直訳したものだ。一見シンプルなこの理論は、選手のポジショニングにおける重要な発明となった。
誰にでもわかるシンプルなルール
選手の位置取りを整理する上で、グアルディオラが重視したのは三角形だった。[3-4-3]の信奉者として知られ、サイドにトライアングルを連続的に作り出すガスペリーニがアタランタをシステマティックなマシーンへと作り変えたように、トライアングルはパスコースを生み出す基盤となる。ペップが「あらゆるエッセンスが詰まっている」と語る鳥かご(ロンド)は、自然にボール保持者の左右のレーンをサポートする意識を浸透させることにも役立つ。意識的にも無意識的にも、三角形はピッチの各所に現れる。ボールを奪われた時に相手を取り囲みやすく、同時にパス回しをスムーズに行うためには、3人が近づいた「小さな三角形」が必要だ。
ピッチ上に小さな三角形を生み出すために、5レーン理論は重要な役割を持つ。大原則として、三角形を作るためには縦に並ぶのではなく、斜めの位置を取る必要がある。つまり、「1列前の選手が同じレーンに並ぶのは禁止」(条件①)で、逆に「2列前の選手は同じレーンでなくてはならない」(条件②)。加えて、「1列前の選手は適切な距離感を保つために隣のレーンに位置することが望ましい」(条件③)。
誰にでもわかりやすいシンプルな基準だ。しかし、この簡単なセオリーを理解することで、ピッチ上の選手たちは絶え間なく変化する状況であっても適切なポジションを取り続けることが可能になる。
SBが大外のレーンではなくハーフスペースを駆け上がる崩しのスタイルは、グアルディオラの指導を受けたダビド・アラバとともに一躍注目を浴びた。英語では外側を回っていくオーバーラップに対して「アンダーラップ」と呼ばれるこの動きは、マルセロ・ビエルサが率いたチリ代表でも活用されていた。
ペップ・バイエルンの左サイドの崩しは5レーン理論の基本的な位置関係に基づいたものだった。ボランチのラームがDFラインまで下がりボールサイドのCBを大外のレーンまで開かせ、ウイングのリベリも大外のレーンに張る。この動きによって「内側のレーン」にスペースを生み出し、そこにスピードに乗ったアラバが飛び込むことで一気に相手のDFラインを攻略する。一見複雑なポジション移動だが、5レーン理論の3つの条件に照らし合わせてみると、それほど難しいことは行われていないことがわかる(図2)。
昨季のマンチェスター・シティでも導入されていた「偽インテリオール」も同じ解釈が成り立つ。2CBが大外のレーンに進出し、両ウイングが下がる。それに伴って、サニャとクリシの両SBは「被らないレーン」へと移動する(図3)。
5レーン理論のポジショニングにおける3つの条件は、ピッチ全体を効率的にカバーすることを目指していた従来のフォーメーションと比べて局面を重視していると言える。局面における優位性を生み出すポジショナルプレーを実現するための方法論であり、複雑化する戦術をシンプルなセオリーで成り立たせる魔法のアプローチだ。
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Photos: Getty Images
Profile
結城 康平
1990年生まれ、宮崎県出身。ライターとして複数の媒体に記事を寄稿しつつ、サッカー観戦を面白くするためのアイディアを練りながら日々を過ごしている。好きなバンドは、エジンバラ出身のBlue Rose Code。