イタリアサッカー再生計画。新たな概念「TIPSS」とは?
マウリツィオ・ビシディ(FIGC育成年代統括コーディネーター)インタビュー/後編
「戦術やスタイルの背景にあるフィロソフィや文化というレベルから、大陸によって明らかな違いがあることを、あらためて目の当たりにした」というのはU-20W杯でウルグアイ、日本、南アフリカ、フランス、ザンビア、イングランドという異なる4大陸のチームと対戦したイタリア育成年代の統括責任者マウリツィオ・ビシディの実感だ。低迷するイタリアサッカーを改革するためにライバル国の最新動向をリサーチしてきたFIGC(イタリアサッカー連盟)の頭脳が明かす世界、日本、そしてイタリアの育成事情。
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イタリアの変革プロジェクト
選手発掘の基準はTIPSSという概念。
プレー原則をベースにして戦術を構築
── イタリアのプロジェクトについても聞かせてください。2010年にあなたとアリーゴ・サッキが育成年代の代表プロジェクトをスタートして7年経ちました。今回のU-20W杯、U-21欧州選手権を戦ったチームは、どちらもこのプロジェクトの申し子ですよね。プロジェクトの結果がピッチ上でもはっきりと出始めているということだと思います。現状と展望について聞かせてください。
「私の師でもあるサッキと一緒に取り組んだのは、それまでまったくバラバラに運営されてきた各年代のイタリア代表を一つの全体として扱い、コーディネートすることだった。監督を入れ替え、選手を選ぶ基準を明確にしたスカウティングのシステムを確立し、トレーニングメソッドを変え、全年代を通して1つのシステムとプレーモデルを導入した。サッキ、そしてそれに続くコンテの時代は[4-4-2/4-2-4]だったけれど、私が責任者になってからはそれを[4-3-3]に変えて現在に至っている。それらの結果として、育成年代では今まで挙げたことがなかった大きな成果がピッチ上で生まれている。U-20W杯では、今まで出場してもベスト8止まりだったけれど、今回は3位になった。しかも、ドンナルンマ、フェデリコ・キエーザ、ロカテッリという、この年代で最も重要な選手3人をU-21欧州選手権に招集したので、U-20はベストメンバーではなかった。それを考慮に入れれば、今回の結果は心から満足できるものだし、それにプラスしてこの年代にはさらに3人、将来A代表に送り込めるだけのポテンシャルを持ったプレーヤーがいるというのは、誇るべきことだと思っている」
── その結果にどのようにしてたどり着いたのか、もう少し具体的に掘り下げていきましょう。まずはスカウティングのシステムについて教えてください。
「各年代の代表候補を発掘する基準として導入したのは、アヤックスアカデミーで使われていたTIPSSという概念だ。Tはテクニック、Iはインテリジェンス、Pはパーソナリティだが、我われはそれに加えてチームスピリットや献身性、ディシプリンといったメンタル的な資質もここに含めている。そして1つ目のSはスピード。2つめのSはアヤックスにはない我われのオリジナルで、イタリア語のスタトゥーラ、つまり体格を指している。イタリア人は他のヨーロッパ諸国やアフリカと比べると体格的にハンディキャップがあるので、そのギャップを埋めることを意識する必要があるからだ。スカウティングの基準として、この5項目をそれぞれ10点満点で評価し、50点満点で33点以上という線を引いた。その中で最も高い優先順位を置いているのはP、すなわちパーソナリティ、態度や振る舞いだ。それはイタリア代表として戦う以上、チームへの参加意識、国を代表して戦うことに対する誇りや責任を持ったプレーヤーであることが最低条件だという考えからだ。実際、近年のチームはどの年代でも、極めて強いグループとしての結束とチームスピリット、代表の一員としてプレーするモチベーションと責任感を備えている。これはイタリアでは常に達成できることではない」
── さっき話に出たアフリカのフィジカル能力とヨーロッパの技術・戦術という話でいうと、イタリアでも社会のマルチエスニック化によって移民二世が増えてきているという状況がありますよね。以前、そうしたタレントを発掘してイタリア代表でもマルチエスニック化を進めていきたいという話がありましたが、それについての現状は?
「今ではイタリア中にスカウティングのネットワークが構築されたので、プロクラブの育成部門はもちろんアマチュアレベルも含めて、タレントの発掘という点では漏れがなくなった。近年は外国からの移民がイタリア社会に定着して、例えばバロテッリのように、イタリア生まれでイタリア国籍を持った移民二世が増えてきている。最近ではユベントスのモイゼ・ケーンがそうだ。彼もオリジンはアフリカだがイタリア生まれのイタリア育ちで、頭の中身は100%イタリア人だ。まだ17歳で次にもチャンスがあるので今回のU-20W杯には連れていかなかったが、ポテンシャル的には図抜けている」
── ケーンはバロテッリ二世みたいな扱いを受けることもあるようですが、TIPSSの「P」に関してはどうなのでしょうか?
「バロテッリに代表される逸脱した振る舞いがロールモデルとして通用しなくなり、むしろ反面教師として受け止められるようになってきたおかげで、彼の振る舞いも変わってきた。ユベントスもよく教育している。バロテッリのように才能を無駄遣いすることにはならないと思う」
── 移民二世ということでいうと、サンソーネやソリアーノ(ともにビジャレアル)のように、イタリアからドイツなどに移住した移民の二世、三世で、現地のクラブで育っている選手にも、代表招集の可能性はあるわけですよね。最近はシャルケの新監督になったドメニコ・テデスコのように、監督でもイタリア系の二世が活躍し始めていますが。
「それに関しても、イタリアからの移民が多いドイツ、ベルギーにスカウト網を広げる計画を進めているところだよ」
── 次にプレーモデルに関してですが、当初の[4-4-2/4-2-4]から[4-3-3]にシステムを変えた理由は?
「サッカーの進化の方向を見ていると、後方からパスを繋いで攻撃をビルドアップし、中央のゾーンに人数をかけてポゼッション、そうでなくともグラウンダーのパスを中心に据えて戦うというあり方がますます主流になっている。そのためにはピッチ中央のゾーンに人数をかけることが必要だ。中盤センターに2人しか置かず、トップ下もいない2トップの[4-4-2/4-2-4]では、中盤が恒常的に数的不利に置かれる上に、布陣がどうしてもフラットになるため、パスを繋いで攻撃を組み立てるには向いていない。それよりもよりダイレクトに縦にボールを展開し、セカンドボールを狙っていくトランジション志向の戦い方にならざるを得ない。中盤に3人を配し、そのうち1人は高いゲームメイク能力を持つ[4-3-3]は、自ら主導権を握って戦うスタイルにより向いている。
過去と異なるもう1つのポイントは、スキームやパターンではなくプレー原則をベースにして戦術を構築するという方向性。これはポルトガル起源の戦術的ピリオダイゼーションの影響を受けたものだ。全体的に見れば、以前よりもよりオープンで攻撃志向の強いスタイルへと移行しつつあると言える。以前のイタリアと比べるとコンパクトネスがやや落ちてゴールを許しやすくなっている側面はあるが、その分積極的に主導権を握って攻撃に出るという側面が強まっている」
── その収支は今のところプラスになっているのでしょうか?
「私はそう思っている。今回のU-20W杯で実感したのは、3日おきに戦うようなハードスケジュールでは、ボールを支配して試合をコントロールする方が、心身のエネルギー消費が少ないということだ。コンパクトだがフラットで守備的な[4-4-2]で戦っていると、どうしても受動的にならざるを得ずエネルギー消費が激しくなるので、勝ち進むほどにどうしても消耗してガス欠に陥ってしまうところがあった。それに対して現在のチームは、主導権を握って試合をコントロールすることを通じて、より少ないエネルギー消費で90分を戦い切ることができるようになっている。それを可能にしたのは、GKとCBに足下のテクニックとゲームメイクの感覚を備えたプレーヤーを起用することによってだ。イタリアではまだ、組み立ての能力が高いCBを育てようというカルチャーがそれほど広まっていないのだが、これから徐々に変わっていくことを期待したい。以前と比べると、得点も失点も少し増えているのだが、より『サッカーをプレーする』チームになっていることは間違いない。試合を見ていてより楽しめるチームにもなっていると思う」
── エネルギー消費が下がったというのは、単なる印象ではなく具体的なエビデンス(証拠・根拠)があるのでしょうか?
「今回のU-20W杯には、フィジカルコーチだけでなく運動生理学者も帯同して、GPSを使って取得した移動距離やスピードなどの位置情報から試合を通してのプレー負荷、エネルギー消費や疲労度を正確に把握・分析し、トレーニング負荷のコントロールやターンオーバーの判断に活用していた。イングランドとの準決勝では、準々決勝のザンビア戦で試合の大半を10人で戦った上に延長までもつれ込んだこともあって、中2日で90分戦えるだけの十分な回復はできていないことはわかっていた。そういうデータがあったからね。実際、60分を過ぎたあたりから足が止まり、一気に逆転されて押し切られてしまった。しかし、もしポゼッションで試合をコントロールするスタイルを取っていなければ、準決勝まで勝ち進む以前の段階で燃料切れを起こしていたはずだ」
── GPSの使用が試合でも許可されて、負荷やエネルギー消費、疲労度が把握できるようになったのは、ターンオーバーなどのチームマネージメントに大きなメリットがあったのでは?
「これまでもビデオ分析によってある程度のデータは取れていたけれど、GPSでその精度が大きく高まった。いずれにしても、選手交代やターンオーバーに関しては、今やこうしたデータを使うことが当然になっている。対戦相手の分析などはもちろんだけれど、こうしたコンディショニングなどについても、GPSのデータがないということ自体もはや考えられない。今回のU-20W杯には、運動生理学者だけでなくビデオアナリストから栄養士、コックまで、幅広い分野のスタッフを帯同して万全の体制を敷いた。A代表とほぼ変わらないレベルだ。選手21人に対してスタッフは24人と、むしろスタッフの方が多かったくらいで、今回の出場国の中ではおそらく一番の大所帯だったと思う。食事もイタリアからパスタ、オイルなどの食材をすべて持ち込み、食材の現地調達は最小限に留めて栄養補給ができるよう万全を尽くした。大会を通して5つのホテルを回ったけれど、我われが到着する時点ではすでに先発隊がすべての受け入れ準備を整えているという体制だったよ。
データに関してつけ加えれば、対戦相手の研究も今回は万全だった。3位決定戦ではウルグアイとPK戦になったのだけれど、我われはウルグアイが過去2年間に蹴ったPKのデータをすべて集めていたから、どの選手がどちらに何回蹴ったかという情報は、GKのプリッツァーリにすべてインプットされていた」
── 育成年代では着実な成果を積み上げているわけですが、A代表との連携はうまくいっていますか?
「我われにとって最も大きな満足は、育成年代のタイトルを獲ることではなく、A代表に多くの選手を送り込むことだ。U-15、U-16の代表からスタートした選手たちが、A代表のステージに呼ばれるところから始まって、親善試合に出場し、代表に定着して公式戦で活躍するようになるのを見届けることこそが、我われの仕事の目的だからね。育成年代のタイトルは、マスコミや一般のサポーターに我われの仕事を認めてもらう上では役に立つだろう。しかし最も重要なのは、A代表の世代交代に貢献することだ。その意味で、今イタリアが、ブッフォンやキエッリーニの後継者について大きな心配をせずに済むようになったことは、大きな成果だと思っている」
── ベントゥーラ監督も若手の抜擢に積極的ですしね。
「ベントゥーラは、A代表にとって最大の課題だった世代交代を進めるという点では申し分ない監督だ。若手を抜擢してデビューさせることに躊躇(ちゅうちょ)がないし、彼らをチームの中に組み込んでいく手腕にも優れている。最近は、A代表に選手を取られてU-21代表でベストメンバーを組めないという事態もしばしば起こっている。シーズン中も、A代表のミニ合宿に多くの選手が呼ばれたため、今回の欧州選手権に向けたU-21代表の強化を十分に行うことができなかった。これは以前にはなかったことだ」
── うれしい悲鳴ですね。デル・ピエーロ、カンナバーロ、トッティ、ネスタあたりの世代以来、なかったことじゃないでしょうか。
「ああ、それ以降の20年間は大きな空白があった。W杯で2大会続けて早期敗退した理由もまさにそこにあった。しかし、そのおかげでFIGCも育成年代の重要性に気づいて、積極的に投資してくれるようになった。今やっとその成果が出始めたということだ。2年後のU-21欧州選手権はイタリアが開催国なので、出場権はもう手にしている。今のU-21代表には2年後も出場資格を持っている選手が6人いるから、彼らを中心にチームを組むことになるだろう。おそらくドンナルンマはA代表に取られてしまうだろうがね(笑)」
■プロフィール
マウリツィオ・ビシディ
(イタリア代表育成年代統括コーディネーター)
1962.5.18(55歳) ITALY
ISEF(体育専門学校)修了後、コーチキャリアをスタート。パドバの育成部門でデル・ピエーロを育て、91年、当時のミラン監督サッキにプリマベーラ(U-19)監督として引き抜かれる。その後ペスカーラ、ビチェンツァ、モデナなどセリエB、Cの監督を歴任し、2010年8月より師匠のサッキとともにイタリアサッカー連盟(FIGC)の育成年代代表の運営体制改革に携わる。2016年7月から始まったベントゥーラ新体制では育成年代代表の統括責任者に昇格。各年代の代表チームとともにヨーロッパ中を飛び回る多忙な日々を送っている。
Photos: FIFA via Getty Images, Getty Images
Profile
片野 道郎
1962年仙台市生まれ。95年から北イタリア・アレッサンドリア在住。ジャーナリスト・翻訳家として、ピッチ上の出来事にとどまらず、その背後にある社会・経済・文化にまで視野を広げて、カルチョの魅力と奥深さをディープかつ多角的に伝えている。主な著書に『チャンピオンズリーグ・クロニクル』、『それでも世界はサッカーとともに回り続ける』『モウリーニョの流儀』。共著に『モダンサッカーの教科書』などがある。