革新?伝統?欧州の注目アカデミー④プレミア編
史上最高額を一気に倍以上も更新したネイマールを筆頭に、とどまることを知らない移籍市場のインフレ化。そのインパクトの影に隠れがちだが、こうした潮流の裏で激しさを増しているのが、価値が高騰する前のタレント争奪戦だ。その対象は、FIFAの移籍条項により国際移籍が不可能なU-17ワールドカップ世代も例外ではない。ここでは、欧州4大リーグの中でもタレントの発掘・育成に力を入れている4クラブの、独特のメソッドに迫る。
16-17シーズンにプレミアリーグ王座奪回とCL復帰を果たしたチェルシー。そのユースチームはというと、一昨季に10位低迷を見たトップチームとは違い、近年に圧倒的な優勢を示し続けている。過去5年間はFAユースカップ4連覇とUEFAユースリーグ2連覇を含む国内外計9冠。かつてはロシア人オーナーの“オイルマネー”で即戦力を買い集める「育成無視」が非難されたが、今やイングランドにおける「育成成功」の筆頭格だ。
今夏に母国代表が優勝したU-20W杯では、最終ライン中央でフィカヨ・トモリ(19)が全試合に先発。大会MVPにも輝いたチーム内得点王は7歳からチェルシーで育ったドミニク・ソランケ(20)だった。U-21代表でも、ナサニエル・チャロバー(22)とルイス・ベイカー(22)の両MFとFWタミー・アブラハム(20)が、イングランドの欧州選手権ベスト4入りに貢献している。
下部組織で10年計画が掲げられたのは、ロマン・アブラモビッチ政権2年目の2004年。アカデミーにも専用練習施設を新築予定だったクラブはソフト面でも育成改革に着手した。同年に育成責任者に内部昇格したニール・バースは、下部組織に定評のある国内外複数クラブを参考に、新アカデミーの青写真をフロントに提示した人物としても称えられるべき功労者だ。
新施設が利用可能となった08-09シーズンには、アドリアン・ビビーシュが指導者に加わった。ビビーシュはMFルベン・ロフタス・チーク(21)らを実際に指導し、自らも育成グループのヘッドコーチに昇格した育成現場の要人だ。来季からビビーシュの後任としてU-21の監督を務めるジョー・エドワーズは、まだ30歳だがクラブ在籍は22年。選手としては芽が出なかったチェルシーでユース指導者に転身したのは、やはり04年のことだ。
同時にスカウト体制の改善も進められた。11年には新たに国際部門スカウト長のポジションが設けられ、チェルシーより育成の評判が高かった当時のフルアムを知るスコット・マクラクランが就任している。実際の逸材確保には、音楽界やバレエ界の養成機関まで視察した上でのー般教育強化も一役買っているはずだ。ソランケが義務教育レベルの修了試験で学力をも発揮した事実は、サッカー界では騒がれなくとも、サッカー少年を持つ保護者の世界では広く認識されている。
その運命、レンタルを繰り返した末の売却
だが、そのソランケが今夏にリバプール入りしたように、10年計画が実を結び始めたチェルシーにも大きな課題が残されている。肝心のトップチーム戦力供給が実現していないのだ。昨季限りでのジョン・テリー退団(→アストンビラ)は、唯一の生え抜きレギュラーが去ったことを意味する。新世代を待ち受けてきた運命は、レンタル移籍を繰り返した末の売却。昨夏の38人レンタル放出も大半がアカデミー卒業生だった。これでは、クラブハウスにベンツの四駆で通勤し、ブリーフケースを片手に現れるマイケル・エメナロが、テクニカルディレクターではなく若手売買のビジネスマンのように見えてしまう。今夏にはDFナタン・アケ(22/オランダ代表)も、ボーンマスへの完全移籍で売却例に加わった。
昨季に2部リーグで23得点を記録したアブラハム、ハダーズフィールドで昇格を経験したMFケイシー・パーマー(20)とFWイジー・ブラウン(20)、ボルシアMGのレギュラーとしてブンデスリーガで60戦以上をこなしたDFアンドレアス・クリステンセン(21/デンマーク代表)らが同様の運命をたどってはならない。小柄だが速く巧みで強いMFジェレミー・ボガ(20/コートジボワール代表)は、自軍でもアピール機会を得て然るべき才能を持つ。若手育成の改革に成功したチェルシーは、戦力輩出への「意識改革」が必要な時期を迎えている。
欧州の注目アカデミーをリーグごとに紹介
Photo: Getty Images
Profile
山中 忍
1966年生まれ。青山学院大学卒。90年代からの西ロンドンが人生で最も長い定住の地。地元クラブのチェルシーをはじめ、イングランドのサッカー界を舞台に執筆・翻訳・通訳に勤しむ。著書に『勝ち続ける男 モウリーニョ』、訳書に『夢と失望のスリー・ライオンズ』『ペップ・シティ』『バルサ・コンプレックス』など。英国「スポーツ記者協会」及び「フットボールライター協会」会員。