ドイツがGK大国である必然。「守護神は花形ポジション」
ケルンのユース部門GKコーチ・田口哲雄氏が明かす理由
エリートクラブがしのぎを削るCLは、当然ながら集う選手のレベルもトップクラス。そんな最高峰の舞台で、ドイツ人GKを守護神に据えるチームが増えている。なぜ、ドイツから優れたGK がこんなにも生まれてくるのか。ケルンのユース部門で10年以上にわたりGKコーチを務めている田口哲雄氏に、その理由を語ってもらった。
近年、GKにも足下の技術が求められるようになってきました。ドイツの育成現場でも「足下の技術をおろそかにしてはいけない」という共通理解はあります。それでも、より重要視されるのがシュートストップであることは変わりません。どちらがより試合を決定づけるアクションかというと、やはりシュートストップですからね。
その前提があった上で、どの要素をどれくらい重視するかという比重はクラブによって変わってきます。ちなみにケルンの場合、今いる選手たちに関して言うと小さい頃からGKの専門練習以外をしっかりやってベースができているので、やらないわけではありませんがシュートストップの方を重視しています。
それから、最近ではGKに必要な足下の技術を学ぶ子が増えたことで、動きのパターンが一緒の子が多いんです。ノイアーなどはもともとフィールドプレーヤーをやっていて、そこで足下の技術を身につけています。だからこそ、あれだけ自然に対応できている。
あとは、冒頭で触れた足下の技術に関する考え方も変わってきています。CBに足下の技術が求められるようになったここ7、8年ほどの間に、「パスはグラウンダー」という意識が浸透しました。ですが最近は、イェロメ・ボアテンクやフンメルスのようにCBがダイアゴナルに30~40mのパスをスパーンと入れられなければならないという機運が高まってきていて、それに伴いGKも左右両足で30~40mのパスを蹴れないといけないという雰囲気になってきています。
スタイルが変わってもノイアーはノイアー
こういった現状も踏まえた上で、昨シーズンのCL決勝ラウンド出場クラブからナンバー1のGKを選ぶならやっぱりノイアーでしょう。アンチェロッティ監督に代わった今シーズンはチームのプレースタイルの変化に伴い、グアルディオラ監督時代のようにエリアを飛び出して守るシーンこそ減りましたが彼自体のパフォーマンスが落ちているとは思いません。恵まれた体格がありながらスピードもあって、シュートストップ自体もの凄いですからね。
そのグアルディオラが指揮するマンチェスター・シティでは、昨季ブラボがかなり批判されました。エキサイティングで縦に速いスタイルが主流のイングランドで、チームの周辺環境や選手の意識を変えるのにグアルディオラ自身が苦労しているところもありますが、ブラボ自体がサイズ的にイングランドに最適なGKではないですから仕方ない部分もあります。イングランドのスタイルでGKを務めるなら190cmはないと苦しい。クロスやミドルレンジからのシュートへの対応では、最後の最後のところで(体格やリーチの長さが)物を言ったりしますからね。
ちなみに、サイズに関するドイツの育成現場の意識は「190cmあればいいな、あってほしい」といった感じです。17~19歳になると180cm後半から190cm台の選手がそろってくるので、その中で180そこそこだとどうしても見劣りしてしまいます。明確にルールを定めているわけではありませんが、最後に生き残るのは往々にしてサイズ(のある選手)だろうなと思います。
次に、ブラボと同じく一時期ちょっと評価を落としていたレアル・マドリーのケイラー・ナバス。彼は中南米らしい野生的なGKですね。ヨーロッパの人間からすると、一連の動きの流れを見ていて思わず「おっ」っと思うことがよくあります。面白いというか、独特というか。いい時には柔軟性がありますが、一方で腹ばいに倒れてしまったりしますから。
ノイアーに続く選手は、CLに出ていなかったチームも含めるとデ・ヘアですが、御多分に漏れずブッフォンはいまだに凄いです。身体能力こそ全盛期よりも落ちてはいますが、最後のところでの絶対的な集中力とタイミングは素晴らしいものがあります。足下でもけっこう繋げますし、そういう部分も含めて健在だと思います。
欧州の舞台に立つドイツ人GKの評価
次に、ドイツ人GKについて見ていきましょう。テア・シュテーゲンはバルセロナのサッカーには合っていますよね。一方で、シュートストップに関してはノイアーをはじめとした世界の本当のトップレベルと比べると物足りなさを感じます。
レバークーゼンのレノは素晴らしい身体能力の持ち主です。足下に関しては、両足で確実に蹴れるだけのスキルは持ち合わせています。当時のレバークーゼンの場合はチームスタイル上、キックに関してはそこまで求められません。ですからシュートストップがメイン(の仕事)になりますが、もの凄い止め方をしますよね。たまにミスはありますが、ポテンシャルは非常に高い。将来的にはうちのホルンが抜くと期待も込めて思いたいですが、現状ではドイツでノイアーに次ぐGKではないでしょうか。
ドルトムントのバイデンフェラーは数少ないクラシカルなGKですね。とにかくシュートストップで生きていて、バックパスはほとんどクリアしますから。ビュルキが負傷離脱したので出番を得ています(編注:今年2月時点)が、ビュルキが戻ったら彼が先発に戻るでしょう。ビュルキは典型的なスイスのGKというイメージです。敏捷性やクイックネスがあって、至近距離のシュートには相当強いですし足下の技術にも優れている。たまにテクニックに頼り過ぎてしまうといいますか、安全にクリアすればいいところで頑張って繋ごうとしてミスがあるのとミドルシュートへの対応がどうなのかなというところはありますが、総合的には凄くいいGKだと思いますよ。
それから、昨季途中にレギュラーを奪われてしまったパリSGのトラップ。彼はクラシカルな、ジャンプ力などシュートストップを重視する育成方針のカイザースラウテルン出身で、セービングをメインにしながら繋ぎもそれなりにできるというイメージを持っています。一昨季はPSGで1シーズン出ていたので(パフォーマンスが)いいのかな、と思っていたのですが。強烈な印象を残すというよりは堅実なタイプですが、PSGのようにCLでベスト4以上を狙うようなクラブの基準で考えると、ややインパクトに欠けるところはあるかもしれません。
あと、レスターにはツィーラーがいますね(編注:17-18シーズンはシュツットガルトに移籍)。彼はもともとケルン出身で、すべての面で平均以上を備えているGKで、ハノーファー時代はミスがないことで有名でした。昨シーズン素晴らしかったシュマイケルを押しのけて正GKになれると思っていたかは定かではありませんが、クラブが降格して出なければならない状況だったこともあって移籍したのではないでしょうか。
メンタリティが表れる“キャッチ”への考え方
それでは本題の、なぜドイツから次々と優秀なGKが輩出されるのかに話を移しましょう。
まず挙げたいのがドイツ国内におけるGKの人気です。ドイツで、GKが花形ポジションになっているのは間違いありません。GKに憧れる子供たちが少なからずいて、実際に育成現場で選手を探す時にも候補となる選手の分母が大きいと感じます。
さらに、注目度が高いので必然的にGKに対する見方もシビアになります。練習でもGKに相当負荷がかかるようなメニューもありますし、コーチの指導も厳しくなる。こうした周囲の要求の高さも、優れたGKを育む一因となっているでしょうね。
それから、基本的に体が大きいという身体的特徴は、やはりGKの資質としては欠かせません。あとはメンタリティもあります。コーチの指導などを見ていると“ボールを止めること”へのこだわり、妥協のなさというのを感じます。その一例として、“キャッチ”に対する考え方があります。
キャッチできればもちろんベストですが、それが難しい時にどうベターな選択をするかということはかなり突き詰めて考えているように思います。弾くと判断した時に両手で行くか片手で行くか、遠くに弾いてしまうか否かであったり、1対1でもうどうしようもない時のハンドボールのようなブロックや足での対応など、セービングに幅がある。特に、グラウンダーのシュートへの対応で足を使うと判断することが、イタリアなどのGKに比べてドイツのGKの方が多い印象です。
このように、ドイツで優秀なGKが誕生する理由はいろいろあるのですが、ではなぜそもそもドイツでGKが人気になったのかというと、それは自分たちのチームのGKが自分たちのところでちゃんと育っている、という感覚が(ファンの中に)あるんだと思います。そうなると必然的に人気も出ますよね。それから、最近の子を指導しているとみんなしっかりしていて、ちゃんと教育されているんだなという印象を受けます。昔はGKと言えばオリバー・カーンに代表される、何でもオブラートに包まず話してしまうようなイメージがありましたが、最近の子はメディア対応もしっかりしていますし、指示もちゃんと聞くような子が多い。これはGKに限らないのかもしれませんが、そうした部分もGKというポジションの評価を高めることに繋がっているのではないでしょうか。
同じような状況にあるのではないかと思うのがスペインです。カシージャスはそこまで上背はなくて驚異的な反射神経でセービングしていましたが、彼以降はデ・ヘアのようにサイズのあるGKが出てきていますし、スペインでもGKが花形になってきているのかもしれません。
増える外国人GK。意外な有望株
ただ、最近は優秀なGKが国外に行くようなったこともあってか、逆にドイツ国内で外国人GKが増えているんですよね。コーチをしている身としては、ノルウェーやデンマークから連れて来るくらいならドイツ人のいい選手を使ってほしいと思います。そうした事情もあって、国内のドイツ人GKで目につくのもノイアーやレノ、シャルケのフェアマンになってしまいます。その中で注目株を挙げるとすれば、ダルムシュタットのエッサー(編注:17-18シーズンはハノーファーに移籍)でしょうか。チームが最下位なので悪い意味で目立ってしまっていますが、非凡なものを感じます。
一つ言えるのは、GKが安定しないチームは安定しないということです。ドロブニーとビートバルトのどちらが正GKか決められていなかった昨季のブレーメンなどはその典型です。一方で、好調だからといって必ずしもGKが良いとは限らない。失点が直接敗戦に繋がらないことが幸いして、あまりクローズアップされていないことも実際にありますしね。フランクフルトのフラデツキーは良かったんですが、(昨季は)リーグ後半戦の初戦で退場してしまいました。やっぱりミスをしない、安定感というのはGKを評価する上で大きいです。
■プロフィール
Tetsuo Taguchi
田口哲雄
1976.6.19(40歳) JAPAN
埼玉県浦和市(現さいたま市)生まれ。2006年からケルンのユース部門でGKコーチとして手腕を振るう育成のエキスパート。U-21ドイツ代表に名を連ねるケルンの守護神ホルンやU-20ドイツ代表のメーゼンヘラーを育て上げた。現在はトップチームの第3GKを務め、昨シーズンのブンデスリーガ第2節ボルフスブルク戦でトップリーグデビューを果たした21歳のスベン・ミュラーらを指導している。
Photos: Getty Images, Bongarts/Getty Images
Profile
久保 佑一郎
1986年生まれ。愛媛県出身。友人の勧めで手に取った週刊footballistaに魅せられ、2010年南アフリカW杯後にアルバイトとして編集部の門を叩く。エディタースクールやライター歴はなく、footballistaで一から編集のイロハを学んだ。現在はweb副編集長を担当。