「トランジション」とは何か?ウルティモ・ウオモ戦術用語辞典#3
基本的用語から新語まで。現代サッカーの戦術的キーワードを総ざらい
従来のジャーナリズムにはなかった専門性の高い記事で高い評価を得ているイタリアの新世代WEBメディア『ウルティモ・ウオモ』の戦術用語辞典は、急速に進歩するモダンサッカーのキーワードを紹介するコーナーだ。そのパート③は「トランジション」。攻撃と守備、この2局面の流動性が高まる一方の現代サッカーにおいては、それが切り替わる瞬間の2局面(ボール奪取後とボール喪失後)にどう対応するか、いかに活用するかが非常に重要なテーマとなっている。
サッカーの試合における局面は、ボールを保持しているかしていないかによって分節される。自チームがボールを保持している時が攻撃の局面であり、保持していない時が守備の局面だ。これは十分に明確だろう。しかし、この20年で急激に進んだプレーリズムの高速化によって、この2つの局面を往き来する流動性は高まる一方であり、局面が移行する過渡的な状況そのものに名前をつけて定義する必要が出てきた。それが「トランジション」である。
トランジションとは、ボール奪取あるいは喪失直後の短い時間帯を指す。ボール奪取直後をポジティブトランジション(守備から攻撃への移行期)、ボール喪失直後をネガティブトランジション(攻撃から守備への移行期)と呼ぶ。
一般的には攻撃と守備という2つの局面に試合を区分するやり方が広まっているが、実際のピッチ上でチームは、攻撃~ネガティブトランジション~守備~ポジティブトランジション~攻撃……というように、4つの異なる局面を順番にループしながら戦っている。どのように攻撃するか、どのように守るかを明確にするだけでは、戦術的に十分とは言えない。本当の意味で組織されているチームは、局面の変化に瞬間的に対応できなければならない。すなわち、攻撃中にも守備への移行に備え、守備中にも攻撃への移行に備える必要がある。
フィロソフィ
Filosofie
トランジションには異なるアプローチがある。ボール保持を通して試合をコントロールする志向が強いチームは、ボールロスト直後にはアグレッシブに、ボール奪取直後には落ち着いて振る舞う傾向がある。ボールを支配するということは、敵のボール保持時間を削るということでもある。奪回したボールを保持しつつ、陣形を整え新たな攻撃に転じることで、試合の主導権を握ろうとするわけだ。ペップ・グアルディオラは「パス15本の原則」と呼ばれる理論を持っている。効果的に攻撃しつつネガティブトランジションにも備えられるよう陣形を整えるためには、少なくとも15本のパスが必要だというのがそれだ。
例えば、昨シーズンのCL準決勝バイエルン対アトレティコ・マドリーの一場面。ボール喪失の直後、バイエルンは後方で2CB(イェロメ・ボアテンクとハビ・マルティネス)が敵FWと1対1の関係になるリスクを受け入れ、グリーズマンを囲みに行っている。その後ボールを奪回すると、リベリは落ち着いて攻撃をオーガナイズしようとしていた。
それとは対極にあるフィロソフィを持つチームは、いったんボールを奪取すると素早く逆襲に転じようと試みる一方、ボールを失うと迅速に自陣にリトリートし守備陣形を整えようとする慎重な姿勢を見せる。守備ブロックの構築に際しては、ボール奪取後のカウンターアタックのためのスペースを作り出す必要性と、敵ゴールまでの距離が遠くならないよう最終ラインを低過ぎない位置に敷く必要性をうまく釣り合わせることが求められる。
カルロ・アンチェロッティが率いた1年目のレアル・マドリーは、その点で完璧なバランスを実現していた。自陣で相手の攻撃を待ち受けながらも決して受動的にならない守備と、際立って質の高いポジティブトランジションを両立させていたのだ。
一般論として言えば、スピードに乗ったカウンターアタックを志向すればするほど、ボールロスト直後に即時奪回を狙うハイプレスは困難になる(2つのトランジションのどちらでもアグレッシブに振る舞い、カウンターと即時奪回を両立させているチームも存在するが)。時間をかけてチームを押し上げればそれだけボールサイドに人数をかけやすいため、ボールロスト直後に即時奪回を狙いやすくなる理屈だ。
ユベントスは、ネガティブトランジション時の迅速な帰陣と守備陣形の構築に関して、ヨーロッパで最も優れたチームの一つだ。しかし同時に、1試合の中でも状況に応じて異なる振る舞いを選べる戦術的柔軟性も高いレベルで備えており、それが決定的な違いを作り出していることもまた事実である。
上で見た一般的傾向によって、チームの持つスタイルはある程度決まってくるものだ。だがどのようなトランジションを選択するかは、その時どきの状況にも左右される。例えば、敵が自陣からビルドアップするため大きく開いた陣形を取っているところでボール奪取に成功すれば、目の前のオープンスペースを使って一気にゴールに向かうことを考えるのが当然だろう。
同じように、守備において極めて慎重な姿勢を取っているチームでも、GKからのリスタートやスローインといった、ボールの近くに人数を集めやすく、したがってボールロスト時にも即時奪回を狙いやすい特定の状況では、アグレッシブに前に出ることを選ぶことがあるだろう。また、サイドでボールを失った直後も、タッチラインがボールホルダーの選択肢を制限するためアグレッシブなプレスによる即時奪回を狙いやすい状況だ。
「当たり前」の再発見
Scoprire acqua calda
モダンサッカーにおいては、トランジションに注意を払わず成り行き任せにしながら、高い競争力を保つことは難しい。しかしすでに過去においても、トランジションに注目した戦術的修正は存在してきた。従来は、10人全員が2つの局面に参加するとは限らなかった。そうでなくとも、攻守それぞれの局面に参加する度合いはプレーヤーによって異なっているのが普通だった。DFの中には後方のスペースをカバーするのに専念して攻撃の局面に参加しない選手もいるし、アタッカー(その人数はシステム、監督の考え方、あるいは状況によって変わってくる)の中には、ボールを失った後も前線に攻め残ってポジティブトランジション時の基準点となるため守備の局面に参加しない選手がいる。
スペインには、この種の選手を指す「デスコレガードス」、すなわち切り離されたプレーヤーというサッカー用語があるほどだ。これは物理的にも戦術的にもチームの他の選手から離れた存在である点を強調する言葉だ。
つまるところ、トランジションは昔から常に存在し続けてきた。2つの局面には必ず繋ぎ目が存在するのだから、当然といえば当然の話である。サッカーにおいてミスは避けることができないファクターであり、それがもたらすボール保持/非保持の切り替わりにおいて、カウンターアタックを狙うかポゼッションを確立するか、即時奪回を狙うかゴールを守るため自陣に引くかという選択も、すべてのチームが常に直面してきた問題だった。
例えば、WMシステム([3-2-2-3])は、[2-3-5]システムのセンターハーフがフルバック(2に当たるポジション)と同じ高さまで後退することによって成立したものだ。それに伴ってチーム全体の重心が下がり、ボール奪回後の逆襲に使えるスペースが広がる結果にも繋がった。WMシステムの発明者ハーバート・チャップマン率いる1930年代のアーセナルでプレーしたバーナード・ジョイはこう言っている。「秘密は攻撃することではなく逆襲することにある」
有名な「カテナッチョ」にしても、1人の選手をマンマークのタスクを担わない「リベロ」(イタリア語で自由、フリーの意)として余らせ、フルバックの背後に置くことを通して、チーム全体の重心を後退させカウンターアタックのためのスペースを作り出すという構造を持っている。それが、自陣に引いて守りを固めるチームに対して、蔑(さげす)むニュアンスを持って使われる「カテナッチョとカウンター」という言い方の元にもなっている。しかし実際のところ「カテナッチョ」は、その最良の表現であるネレオ・ロッコのミランやエレニオ・エレーラのインテルにおいては、たくさんのゴールを生み出したのみならず、その守備も決して自陣に引きこもって相手の攻撃を受け止めるだけのものではなかった。ミランもインテルも、どのようにカウンターアタックを仕掛けるかについて(つまりポジティブトランジションについて)明確なアイディアを持っており、ジャンニ・リベラとルイス・スアレスという極めて精度が高いロングパスの持ち主を擁していた。
1963年にイタリア勢として初めてチャンピオンズカップ(現CL)を制したミランが、ベンフィカとの決勝をカウンターアタックによる得点で制したというのは、非常に象徴的な事実だ。リベラのボール奪取によって裏に抜け出したジョゼ・アルタフィーニが、敵のいないベンフィカ陣内を独走して決めたゴールが2-1の決勝点だった。
当時からすでに、トランジションはチームの戦術において重要な位置を占めていたのだ。
もちろん、当時のサッカーは今我われが慣れ親しんでいるスタンダードとはかけ離れたものだ。プレーリズムの高速化とプレーヤーのフィジカル能力の向上によってもたらされたサッカーの進化によって、トランジションの戦術もより高度化し、複雑かつ流動的なものになった。その代表がプレッシングである。
プレッシングとゲーゲンプレッシング
Pressing e gegenpressing
プレッシングは守備のやり方を革命的に変えただけでなく、カウンターアタックのあり方にも大きな変化をもたらした。それは以下の2つの理由による。①より高い位置でのボール奪取、すなわち敵ゴールにより近い位置からのカウンターアタックを可能にした。②ボールの周囲に人数をかけることで、単なるロングボールよりも複雑で守備側が読みにくいコンビネーションによる攻撃を可能にした。
プレッシングの導入は、守備と攻撃という2つの局面を結び付けその境界を曖昧にした。それをさらに進展させたのがゲーゲンプレッシング、つまりボールロスト直後に即時奪回を狙って仕掛けるアグレッシブな「再プレッシング」だ。ゲーゲンプレッシングは2つの局面をその境界線を消滅させるところまで近づけ重ね合わせた。
ボールロスト直後のプレッシングは、敵のカウンターアタックを阻止するだけでなく(したがって守備側にとってはネガティブトランジションに当たる)、ボール再奪取直後の極めて効果的なカウンターアタック(ポジティブトランジション)を準備する行為でもある。通常、ボールを奪ったチームは攻撃を組み立てるため、守備のために収縮していた陣形を散開しようとする。そこでボールを再奪取すれば相手の守備陣形が乱れた状況でカウンターアタックを発動することが可能になる。
今日トランジションについて我われが語ること
Di cosa parliamo (oggi) quando parliamo di transizioni
攻守2局面の流動性の高まりは、戦術の進歩に反映されるだけにとどまらず、トランジションという概念の再定義を必要とする状況を生み出している。攻守が目まぐるしく入れ替わりボール保持と非保持の区別すら曖昧になっている状況について語ることに、果たして意味があるのか。
むしろ、ボール保持と非保持が連続的に入れ替わりながら進んで行くのがサッカーの試合だと考えるべきなのではないか(これはグアルディオラの師匠であり現在セビージャでサンパオリの助監督を務めるファンマ・リージョの哲学だ)? 「保持」と「非保持」の2局面だけを問題にすれば十分ではないのか?
いずれにしてもそれは、緊急の課題というわけではないだろう。サッカーはまだそこまで極端なゲームになってはいない。昨シーズンのCLは、できるだけ高い位置でボールを奪取する重要性をはっきりと示した。全347得点のうち149得点が、敵陣でのボール奪取から生まれているのだ。もう一つ、できる限り短時間でシュートまでたどり着こうとする傾向の強まりも注目に値する。平均するとボール奪取から得点までの平均パス本数は4本を切っており、その間の平均時間は11.5秒だった。
しかし、過去10年を見ると全得点に対するカウンターアタックの割合は半分まで減少しており、昨シーズンのCLで最も多かった得点のシチュエーションは、敵DFがクリアしたボールを拾っての2次攻撃、そして敵のパスあるいはトラップのミスによるボール奪取からの逆襲だった。慎重を期してボールを保持し、相手のミスを待つという戦略が勝利をもたらす可能性を持っていることは、CLのRマドリーやEURO2016のポルトガルが示した通りだ。
ゲーゲンプレッシングの普及は、皮肉にもCLにおいてカウンターアタックによる得点を半減させる効果をもたらした。しかしそのもう一つの要因として、ネガティブトランジションに対する意識の高まり、攻撃時にも次の守備に備えた陣形を保ち、あるいは予防的カバーリングやマーキングを徹底するといった戦術的対応の進歩があったことも認めなければならない。どのチームもカウンターアタックの予防策を重視するようになっており、カウンターに対する恐怖が守備戦術そのものを規定する要因になっている例すらもしばしば見られる。そのため、ボール奪取後すぐに逆襲に転じるためのスペースを見出すことは、ますます困難になってきている。
プレーリズムの高速化がさらに進んで、もはや2つの局面を区別することすら不可能なほどボール保持と非保持が目まぐるしく入れ替わるようになるまで、トランジションという概念は戦術を規定し勝利への道筋を示すキーコンセプトであり続けるだろう。どんなスタイルを好むかにかかわらず、攻撃こそが最大の防御であり、防御こそが最大の攻撃であるという真理は変わらない。その2つの局面をどのように渡り歩くかが勝利への鍵なのだ。
■ウルティモ・ウオモ戦術用語辞典
#1「ハーフスペース」
#2「マンツーマンとゾーン」
#3「トランジション」
#4「スイーパー=キーパー」
#5「サリーダ・ラボルピアーナ」
#6「ダイアゴナル」
#7「ポジショナルプレー」
■知られざる北中南米戦術トレンド
①「アシンメトリー」
②「メディア・ルーナ」
③「タッチダウンパス」
④「プラネット・サークル」
Analysis: Federico Aque
Translation: Michio Katano
Photos: Getty Images
Profile
ウルティモ ウオモ
ダニエレ・マヌシアとティモシー・スモールの2人が共同で創設したイタリア発のまったく新しいWEBマガジン。長文の分析・考察が中心で、テクニカルで専門的な世界と文学的にスポーツを語る世界を一つに統合することを目指す。従来のジャーナリズムにはなかった専門性の高い記事で新たなファン層を開拓し、イタリア国内で高い評価を得ている。媒体名のウルティモ・ウオモは「最後の1人=オフサイドラインの基準となるDF」を意味する。