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データは「目的ではなく手段」数字に振り回されない思考法

2017.10.01

“「収集」プログラムに秘密はない。色が出るのは「活用」の部分”

その競技特性もあり、野球など他競技と比較するとデータの活用が遅れていたサッカー界。しかし近年、パフォーマンス分析から選手のコンディション管理、補強候補のスカウティングに至るまで、あらゆる分野でデータ化が進んでいる。Jリーグでも2015年にトラッキングデータが導入されるなどその流れが波及してきているが、欧州のトップクラブではどのようにしてデータを活用しているのか。オランダの名門にして育成クラブとしても名高いアヤックスのアカデミースタッフであり、オランダ代表U-13・14・15の専属アナリストも務める白井裕之氏に、育成現場でのデータ活用について聞いた。

──分析の仕事をされている白井さんから見て、データとは?

 「データとは、サッカーを主観的にではなく客観的に見るための手段であって、目的ではないです。試合中のデータは取ろうと思えば、1試合だけで電話帳1冊ぐらいになってしまう。どのデータをどういうふうに使うのか、あるいは使わないのかというのは、クラブや監督によって様々。フィロソフィや、どのようなサッカーをやりたいかによって違ってきます。ですから、そこの考え方やプロセスの部分はクラブやコーチにとっての秘密になってきます。説明するにあたり、5年前のアマチュアチームのデータを持ってきました。これは試合中、選手がどこのポジションに立っていたか、トラッキングで追ったものです。右SBの選手を見てみましょう。これを見て、どうお考えになりますか」

──後半は攻められてストッパーみたいになったわけですね。

 「そうかもしれません。では、監督はこの情報を有用だと判断するでしょうか。何が得られますか?」

──おそらく、何も得るものはないです。

 「そうですよね。そんなことは、試合を見ていればわかりますから。トラッキングで取ったデータすべてが必要な情報なのか。これは凄く大事なことです。5、6年前にトラッキングシステムがスタートした時、そこから何の情報が欲しいのか、何が次に繋がる情報なのかを誰もわかっていませんでした。監督がパラパラと見て、それで終わりだったんです」

──大事なのはそこから先ですよね。試合を見た上でこのデータを見てアドバイスや練習方法を思いつくかであったり、どのようにデータを生かすかであったり。

 「例えば、ある試合を前にビルドアップのトレーニングをしたとして、それが実際の試合ではどうだったのかを確かめたい場合、私だったらピッチを自陣側から1、2、3と3分割して、1から2、3へとパスが渡った場合を『ビルドアップの成功』と定義して、その結果を見たいです。仮に2から3に行く時にミスが多かったとすれば、誰から誰へのパスだったのか。それがわかれば、もっと詳細にビルドアップについて話すことができます」

──アヤックスが特別なソフトを使っているというわけではないですよね?

 「データを取るプログラムには、秘密はまったくないですよ。ソフトによって機能や互換性の有無、使いやすさの差はありますが、どこも似たり寄ったりです。繰り返しになりますが、クラブの色が出るのはどういう枠組みを作り、いかにデータを活用するかの部分です。一つ例を出しましょう。チームで『テンポの高い試合をする』というテーマを掲げ、バルセロナが一番良い時のサッカーを目標にしたとします。その場合、まず彼らの試合を測定して総パス数と1分間あたりのパス本数をチェックします。バルセロナのパスが1試合平均800本で我われのそれが500本だとしたら、明らかにテンポが低いですね。その時、選手にただ『パスを速く』と言うのではなく、実際にバルセロナと同じテンポでパスを回させることで初めて、『これが世界のサッカーのテンポだよ』と言えます。ただ、こんなデータを毎試合出されたら選手は鬱陶しいと思うでしょう。選手にフィードバックしやすいよう“サッカーの言葉”を使って分析することが大事です」

──ユースアカデミーのデータ分析はどのようになっているのでしょうか?

 「テクニカル、メディカル、パフォーマンス、スカウティングの4部門に分かれています。データベースには選手一人ひとりのプロフィールが入っていて、成長できるようサポートしています。以前はサッカー部門とメディカル部門しかなく、サッカー部門でパフォーマンスやコンディショニングもチェックしていました。しかし、監督とコーチ2人だけでは選手一人ひとりに合ったトレーニングができませんので、個別にアプローチするためにパフォーマンス部門ができました」

──プロフィール作成のメソッドは?

 「クラブ内で統一したテンプレートを基にして、選手を分析して評価します」

──テクニックも数値化しているのでしょうか?

 「ドリブルのスピードや巧さといった項目があります。これ以上は話せませんが、アヤックスが必要としているサッカーのアクションのデータを取っています」

──それらを採点してデータ化しておくわけですよね。

 「そうです。採点も選手の成長の度合いを見るための手段であって、目的ではありません。3カ月や半年後に、その選手の左足の能力がどう上がっているのか、ドリブルのスキルがどう上がっているのか、といった具合ですね」

──試合分析では、データはどのように使われていますか?

 「よく感じることなのですが、『データ』というとトラッキングシステムの座標データなのか映像なのか、みなさん一緒くたにするんですよね。どちらかを使うこともあれば、両方使うこともあります。ですから私は今、自分のことを『ビデオアナリスト』ではなく『パフォーマンスアナリスト』だと言うようにしています。実際、ビデオを撮って編集するだけでなく試合や選手の分析をしたりトラッキングデータを使ったりもしていますからね。それから、私はアヤックスの外ではコーチでもありますので、私が作成したビデオを見た選手たちがトレーニング中にアドバイスを受けに来た時には、体の向きなど本当に簡単なことではありますが自分なりに教えたりもします。ただし、フィードバックする前にコーチングスタッフへと『僕はこう思っているけれど、どうか?』と聞くようにして、アヤックスのスタイルや監督の要求から逸脱しないよう気を配っています。このチームでは私は『コーチ』ではありませんから、そのプロセスは絶対に必要です」

──アナリストである白井さんが、代理人事務所と契約するかもしれないとうかがったのですが(編注:現在は他の仕事の関係で契約を解除しているとのこと)。

 「15年3月にFIFAによる公認代理人システムが終わり、誰でも代理人を名乗れるようになりました。既存の代理人事務所としては、今のポジションを維持するためには選手とクラブとの交渉事だけではなく、付加価値が必要となってくる。そこで、コンディショニングやパフォーマンスアナリストと組むことで、契約選手のパフォーマンス向上をサポートしようとしています。また、代理人事務所が興味を持っている選手との契約を判断する材料として、彼のベストアクション、フリーランニング、トラップなどをまとめたビデオを作成してサポートすることもアナリストの仕事になります。代理人事務所と契約することによって、私自身もパフォーマンスアナリストを探しているクラブと交渉しやすくなるかもしれません。代理人事務所が選手や監督、コーチだけでなくアナリストも抱える時代になってきていると思います」

■プロフィール
Hiroyuki SHIRAI
白井裕之
(オランダ代表ナショナルチームU–13・14・15Futureゲーム・ビデオ分析アナリスト)
1977.7.10(40歳) JAPAN

18歳から指導者としての活動をスタート。アヤックスのサッカーに魅了され、指導者ライセンス取得を目指し2001年にオランダへ。アマチュアクラブで13歳から19歳までのセレクションチームの監督を経験した後、11-12シーズンにアヤックスのアマチュアチームにアシスタントコーチ兼ゲーム・ビデオ分析担当者として抜擢される。13-14からはアヤックスアカデミーに籍を移し、現在はオランダ代表ナショナルチームU–13・14・15 Futureゲーム・ビデオ分析アナリストを兼任する。

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Photos: E-3

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アヤックスデータ白井裕之

Profile

中田 徹

メキシコW杯のブラジル対フランスを超える試合を見たい、ボンボネーラの興奮を超える現場へ行きたい……。その気持ちが観戦、取材のモチベーション。どんな試合でも楽しそうにサッカーを見るオランダ人の姿に啓発され、中小クラブの取材にも力を注いでいる。

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