「王の死」モンチ退団がセビージャに与えた衝撃
2017年3月30日、セビージャ広報から「モンチ退団で合意」の報が届いた直後、ある記者がつぶやいた。
「王様が死んだ……」
名物会長よりも優勝監督よりもスター選手よりもはるかに重要なスポーツディレクター(SD)、モンチの退団がセビージャにとってどれほどショッキングな出来事だったのか、その功績とともに振り返る。
経済的損失、モデル崩壊、アイコン喪失、ビジョン消滅……
退団会見を「モンチはセビジスタだ。今後はソシオとしてスタジアムへ行き、私はエンブレムの鼓動を感じる人たちに囲まれていることだろう。ありがとう、セビージャ!」という言葉で締めくくると、居合わせたジャーナリストたちからスタンディングオベーションが起こった。その8日後、デポルティーボ戦の前にはサンチェス・ピスファンを埋めた観衆の声援を受けながらグラウンドを1周した。フロントの職員に過ぎないSDのお別れセレモニーとしては前代未聞、空前絶後の出来事だろう。彼はそれほどの存在であり、「王」が残した深い穴は埋められるかどうか見当もつかない。モンチの空位がもたらすのは、まず経済的損失である。
彼のビッグディールをDATAにまとめたが、17年間の在任期間中に下部組織も含めて500近くのオペレーションを手がけ、もたらした利益は2億ユーロとも3億ユーロ(約240~360億円)とも言われるが、仮に2億だとして1年あたりの額は今季のクラブ予算の1割に相当する。年間売上の10 %、約14億円を稼ぎ出す“ディーラー”がいなくなれば、屋台骨が傾かない方がおかしい。
もっと深刻なのが、クラブの成功モデルが崩壊しかねないことだ。
「安く買って高く売る」ことで資金的に潤うとともに、原石として発掘した選手が宝石へと磨かれていくことでクラブ、チームとしての競争力を維持してきた。スペイン第4の都市、人口70万人(日本で言えば岡山市程度。しかもうち半分はベティスファン!)というセビージャ市のいちクラブで、“モンチマジック”をもってしても予算規模で欧州30位にすら入らないセビージャが、モンチ在籍時にEL3連覇を含む9冠を獲得できたのにはそんな背景がある。
モンチの経済的価値と戦力的価値
カヌーテ、ルイス・ファビアーノ、ドラグティノビッチ、バネガらは金にはならなかったが、戦力としてタイトルをもたらした。監督の人選もモンチの仕事だった。ファンデ・ラモス、エメリを招へいしクラブが望み得るベストのタイトル(コパ・デルレイとEL)を獲得させるとともに、今季はサンパオリを呼び魅力的なスタイルを植え付けることに成功した。つまり、モンチはクラブの経済的利益と戦力的利益の両輪を一手に担う存在だった。セビージャの成功がたった1人の職員に依存していたとはにわかに信じられないが、実際そうだった。
こんなふうだから、モンチは絶対の人気を誇っていた。「セビジスモ」(セビージャ主義)の象徴と言えば、監督でも選手でもなくモンチだった。
ビッグゲームの前に出て来るのは彼であり、クラブやチームが問題にぶつかるとスポークスマンを務めるのも彼であった。といっても誰かの代弁者などではなく、たとえ会長でもモンチとぶつかると出て行かざるを得なかったろう。モンチはセビージャそのものであり、彼の言葉は世論であった。私もインタビューしたことがあるが、本人は気さくな人柄で権威を振りかざすようなところは皆無。面識ができてからは向こうから挨拶をしてくれるようになった。ファンクラブとも熱心に交流し、誰からも愛された。監督や選手のクビを切る存在でありながら陰口を言う者を見たことがない。
サンパオリの退団問題でさらに悪化
そんなモンチの後継者は存在しない。
クラブの顔となってカリスマを引き継げというのは無理。ただSDの職務を遂行する者として、モンチの右腕だったオスカル・アリアスが就任することになった。アリアス任命と同時にスカウト15人全員の残留も発表された。モンチは常々、彼の仕事はグループワークであり自分は代表者に過ぎないと言っており、退団会見でも「私の退任後も組織は維持される。クラブが望むなら、そこから後任が見つかるはず」と楽観的に捉えていた。だが、そんな本人の観測に反して退任発表から1カ月経っての難産だった。
アリアスの最初の仕事はアルゼンチン代表監督就任の噂があるサンパオリの慰留になる。祖国の代表監督という名誉を捨て、自分を口説いたモンチがいなくなったプロジェクトにサンパオリが夢を抱き続けることができるだろうか? モンチありき、サンパオリありきのプレースタイル転換だったのだから、その2人が同時にいなくなれば、セビージャの来季以降のビジョンは完全に宙に浮いてしまう。
地元ではチームのCL敗退もCL出場権確保もサンパオリの進退もまったく話題になっていない。モンチショックにクラブもファンもメディアも沈み込んでいる、という形容が近い。喪に服しつつ、暗い未来に脅えているという状態だ。
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Photo: Getty Images
Profile
木村 浩嗣
編集者を経て94年にスペインへ。98年、99年と同国サッカー連盟の監督ライセンスを取得し少年チームを指導。06年の創刊時から務めた『footballista』編集長を15年7月に辞し、フリーに。17年にユース指導を休止する一方、映画関連の執筆に進出。グアルディオラ、イエロ、リージョ、パコ・へメス、ブトラゲーニョ、メンディリバル、セティエン、アベラルド、マルセリーノ、モンチ、エウセビオら一家言ある人へインタビュー経験多数。