決定力不足は脳内で起きている。イタリアNO.1メンタルコーチの教え
「メンタル改革」の成功例
2部や3部リーグでくすぶっていた選手が、わずか数年後にセリエAでブレイクを果たす――レスター奇跡の優勝の立役者、ジェイミー・バーディーを思い出させるそんなシンデレラストーリーをいくつも実現させ、イタリアナンバー1 のメンタルコーチと呼ばれるのがロベルト・チビタレーゼだ。「サッカーの世界では今までなかった仕事なので、保守的な人々は受け入れたがらない」という、謎に包まれた専門領域の中身を語ってもらった。
ポジティブなイメージを作る
脳の中では、視覚映像と想像で作り出した映像の区別はない
──まず、メンタルコーチという仕事の概要から聞かせてください。
「一つ明確にしておく必要があるのは、心理学とコーチングは異なるということです。心理学は1つの学問として法的に認定され定義され、組織されている領域です。心理学者はカウンセリングという治療行為を行うことができますが、それには資格が必要です。それに対してコーチングは、ライフ、ビジネス、スポーツなど様々な分野をカバーしていますが、そのどれも制度化されていないし明確な領域として確立されているわけでもない。誰でも自由にコーチを名乗り、コーチングを行うことができます。
最も大きな違いを挙げるならば、心理学者は現在の状況からスタートして過去にさかのぼり、何がそれをもたらしたのかという原因とメカニズムを明らかにすることによって、問題を解決しようというアプローチを取ります。しかしメンタルコーチは、同じように現在からスタートしますが、まず未来に達成すべき目標を明確に設定し、プレーヤーがそこに達成するための戦略とメソッドを立案し伝授します。私はそのために独自のプロトコル、すなわち規格化されたコーチングの体系を確立しました。ベースになっているのはNLP(神経言語プログラミング)というメソッドです」
──それがプロトコルのベースになっているわけですね。
「その通りです。具体的にどういうことか説明しましょう。我われの脳は3つの機能を果たしています。まず『受容』。今あなたは、私が発する言葉を耳から聞いて脳の中に受容していますよね。次の機能は『解釈』。受容した情報を識別し意味づけするプロセスです。最後の機能は『反応』。処理した内容に応じて何らかの反応をアウトプットする。第1のプロセスである受容について、我われにできることはありません。私が発する言葉をあなたが変えることはできない。そして第3のプロセスである反応も、あくまで第2のプロセスである解釈の結果としてのアウトプットです。となれば、何らかの形で介入できるプロセスは解釈、すなわち受容した情報をどのように識別し意味づけするかという部分だけです。この3つのプロセス全体を、私は心的構造(メンタル・ストラクチャー)と呼んでいます。メンタルコーチとしての私の仕事は、目標達成に向かわせる心的構造を確立するためのメソッドを提供することです」
──サッカー選手が直面する典型的な困難は何でしょう?
「1つは、ゴールを決められないストライカー、もう1つはレギュラー落ちしてしまった選手でしょうね。この2つは非常によくある典型的なケースです。最初のケースからいきましょうか。試合には出ているけれど、ゴールを決められない。そういう状況にあるストライカーに対して私はどんなアプローチを取るか。スタートは常に目標の設定です。ストライカーが私に『ゴールが決められないんです』と言ったら、私はまず『今シーズンは何ゴール決めるんだい』と訊ねます。そこがスタートです。目標は常に計測可能で刺激的でポジティブな言葉を使ったものでなければならない。2つ目は、なぜそれだけゴールを決めたいのか、という問いです。そこには強い理由、モチベーションがなければならない。そして3つ目は、その目標に到達するために自らを捧げる覚悟を持たなければならない。私が彼にゴールを決めさせるわけではありません。主体は常に自分自身だということを理解しなければならない。これがスタートとなる3つの要素です。それをベースにして、彼が今置かれている状況について質問し対話する中で、私は彼が今持っている心的構造はどのようなものかを把握します」
──具体的にはどのような質問をするのでしょう?
「ゴール前でボールがやって来た時に、自分の中ではどんなことを考えているのか、どんなことを自問自答しているのかということですね。するとかなりの確率でこんな答えが返ってきます。『バーの上に蹴っちゃいけない』『ミスをしちゃいけない』。そこで使われている言葉は常にネガティブなニュアンスを持っています。ゴールを決めるイメージを自分の中に作り出さない。むしろ外すイメージを積極的に作り出す。ここまでずっとゴールを決めていないだけに、決まらないことの方にむしろ説得力を感じてしまうのです。
本当にごく最近、あるストライカーが私に語ってくれたのは『俺はこのボールをトラップし損なうだろう』という言葉でした。実際その選手は見事にトラップをミスしてシュートできなかった。また最近、別のストライカーはこんなことを言っていました。『俺は途中交代で入るとゴールを決められない。スタメンじゃないと得点できないんだ』。シュートチャンスがやって来た時、スタメンで出ていたか途中から入ったかで技術的にやるべきことが変わるわけではありませんよね。当たり前のことです。つまりすべてはメンタルなレベルに規定されている。私がその選手に、途中出場でピッチに入る時に何を考えていた、と聞くと、『チームが勝っていて残り10分だから守らなければならない、間違いなくシュートチャンスはやって来ないだろうと考えていた』と言うのです。もしそう考えていたならば、たとえ彼にシュートチャンスがやって来たとしても、ゴールを決めることはできません。それを想定してすらいないからです」
──そういうメンタル的な状況を解決してゴールという目標を実現させるために、メンタルコーチは何をするのでしょう?
「最初のポイントは言葉です。ボールがやって来た時、シュートをふかさないようにとかトラップをミスしないようにとか、そういうネガティブな言葉ではなく、よし、これでゴールが決められる、というポジティブな言葉を自分に語りかけることが必要なのです。次のポイントは、イメージを頭の中に作り出す技術です。ストライカーはシュートをふかしたりトラップをミスしたりする映像ではなく、ゴールを決める映像を頭の中に描かなければならない。ボールが来ることはゴールを決めることだというイメージの連関を作るのです。脳の中では、視覚から入ってきた映像と自分が想像で作り出した映像の区別はありません。イメージはイメージでしかないのです。ですから、ボールが来た時頭の中にシュートを決めるイメージを作り出すことができれば、現実はそれに従って後からついてきます。それを事実として実感できるエクササイズもあります。前回ボールが来た時にはトラップをミスしてしまった。しかし次にボールが来た時にはその記憶を思い出すのではなく、うまくトラップしてゴールを決めるというイメージを上書きする必要があります。私はその手法を選手に伝授します。それを繰り返して、ゴールを決めるというイメージを常に頭の中に描けるようになれば、ゴールが決められるようになるのです」
──かつてフィリッポ・インザーギと何度か話をしたことがあるのですが、自分がゴールを決めるんだ、ゴールを決めたいんだという欲望と執念は特別なものがありました。彼はテクニックがあるわけじゃないしフィジカル能力に優れているわけでもない。でもゴールを決める。シュートをミスしてもそれがゴールネットを揺らしてしまう選手でした。
「私はこの1月にジェノアからナポリ移籍したパボレッティと仕事をしていました。当時彼はレガ・プロ(3部)でも試合に出られずにいた。『ミステル(監督)が信頼してくれない、5分間しかチャンスをくれない』と嘆いてばかりいた。私は彼にこう言いました。『自分に集中して、ボールが来たらゴールを決める、それだけを考えろ。そういうプレーヤーとして自分をプログラムしなければならない、そのやり方は私が教えてあげるから』。彼はそのプログラミングに成功してから、見違えるほどゴールを決めるようになりました」
──今季アタランタでブレイクして代表に呼ばれたペターニャもあなたの顧客ですよね。
「私が彼と知り合ったのは2年前の1月にセリエBのビチェンツァに移籍した時です。ミランからレンタルでセリエBのラティーナに行ったけれどいい結果が出せず、冬のメルカートでチームを移った。しかしそのビチェンツァでも結果が出せず、夏には大きな壁にぶつかった。セリエBはもちろんレガ・プロですら、彼を欲しいというチームが現れなかったのです。そこで私は言いました。『今どこに行くかは大きな問題ではない。3年後にどこに行きたいか、どこでプレーしたいか。それをはっきりさせて、そこに向かって動き始めるんだ』とね。アスコリへのレンタル移籍が決まったのはメルカートが閉まる直前でした。しかしその半年後には、彼のプレーを見たアタランタがミランから保有権を買い取っていた。ほんの半年間で人生ががらっと変わったんです」
──ペターニャの場合も目標はゴール数でしたか?
「彼の場合は違いました。彼はゴールを決めるためだけにプレーするFWではありません。ポストプレーやプレッシングを通してチームに貢献することも彼の大きな仕事です。ペターニャは、トップレベルのチームでプレーしたい、ビッグクラブの一員として戦いたいという強い気持ちを持っている。私たちが設定した目標はそれでした。しかしもちろん、ゴールを決めることもそこに近づく一歩です。昨年秋のナポリ戦の前、彼と話していたら、『ゴールを決める予感がする』と言うのです。『絶対に決められる、間違いない』と私は言いました。実際彼はその試合で開始から10分もしないうちに、2度目か3度目に触ったボールをゴールにねじ込んで、アタランタは1–0でナポリに勝ちました。自分の中にそういうメカニズムをプログラムできるようになったのです」
──彼のように、キャリア上の到達点を目標に設定する選手も多そうですね。
「そうですね。その場合重要なのはなぜそれを望むのかという理由、モチベーションです。そのモチベーションは本人の価値観とリンクしている必要がある。なぜゴールを決めたいのか、なぜビッグクラブでプレーしたいのか。それは綺麗な女性に囲まれたいから、フェラーリを買いたいから、と言う選手もいる。しかし私が本当にそれが目的なのか、もし宝くじが当たってフェラーリを買い、女性が寄ってきたら、もう次の日からサッカーはしなくていいのか、と訊くと、必ずいやそんなことはない、という返事が返ってきます。じゃあ本当はどうしてなのか、と掘り下げていく対話を通して、彼自身も自分の本当の目標、本当のモチベーションを見出すのです」
──具体的には?
「今シーズンで契約が切れるけれど契約を延長してここに残りたい、と答えた選手もいれば、セリエBからセリエAにステップアップしたい、と答えた選手もいます。今まで一度も2ケタゴールを決めたことがないので一度実現したい、という選手もいました。家族が自分のために大きな犠牲を払ってきたので、それに報いたい、家を買って楽な暮らしをさせてあげたい、という選手もいました。目標とモチベーションは個人的なものであり、私はその是非を判断する立場にはありません。重要なのは本人を突き動かす力になるかどうかということだけです。ただそれを掘り起こすために、対話の中で心の深いところまで入って行くことはあります。というよりもそうしなければならない。その過程で泣き出す選手もいます。しかしそれも自らの目標を見出し、それに向かって突き進む力を引き出すためには必要なプロセスなのです」
自分の問題にフォーカスする
『ミステルに外された』という解釈では目標達成には繋がらない
――もう1つの典型例である試合に出られなくなった選手のケースを教えてください。
「最初のポイントは、試合に出るか出ないかを決めるのは、選手本人ではなく監督だということです。つまり選手本人の意思によって決められることではない。そしてその監督が絶対というわけでもない。監督が代われば選手の置かれた状況もまったく変わります。選手はしばしば、『ミステルに外された』と言いますが、そういう解釈をする心的構造は目標の達成には繋がりません。だからまず私は選手に、達成すべき目標は何であるかを確認します。セリエAでプレーしたい、あのクラブに移籍したい、もっといい条件で契約を更新したい……。目標は選手によって違います。その目標に到達するための手段は何か。その答えはほとんどの場合、プロフットボーラーとして成長することです。ですから選手は、自らの成長に集中することが必要です。そのように心的構造を作り変えなければならない。私が選手にいつも言うのは、まず最初に君が変わらなければならない。自分が変わらないのに周りが変わると考えるのは筋が通らない、ということです」
――その成長はどのように計測できるのでしょうか?
「例えばフィジカル的に成長する必要があるとしましょう。フィジカル的に今どんな状態にあるのか、何をどう向上させる必要があるのか。体脂肪率と筋肉量は? フィジカルテストのデータは? 私と提携しているパーソナルトレーナーや栄養士がいるので、必要ならば彼らのところでチェックアップを行い、フィジカル面でのパフォーマンスを高めるための具体的な目標を設定します。テクニカルな観点から見てどうか。例えばDFなら空中戦に強くなる必要がある、ヘディングの競り合いで勝つ回数を増やしたい、それなら具体的な目標を設定しよう、というアプローチです。今はテクノロジーが発達して試合の中でのプレーに関する様々なデータが取れますから、その中で何をどう向上させるべきかを明らかにして、その達成に取り組んで行きます。重要なのは、監督が自分を選ぶかどうかといった、自分でコントロールできないことへのこだわりを捨てて、意識を自分自身の成長、設定した目標に近づくという積み重ねにフォーカスすることです」
――自分自身のパフォーマンスに集中する心的構造を確立した結果、それが具体的な結果に繋がったケースを教えてください。
「今はサンプドリアでプレーしているプッジョーニです。私と出会った時彼は29歳で、セリエBのピアチェンツァでプレーしていた。それまでセリエC、セリエBでキャリアを送ってきて、自分はこのレベルのGKだと諦めて受け入れているところがあった。私が目標について尋ねると、彼はこう言いました。『自分はサンプドリアのサポーターで、サンプで育ったけれどトップチームには上がれなかった、今でもセリエBでくすぶっているから無理かもしれないけれど、夢はサンプに戻ってピッチに立つことだ』。そこから、その目標に向けたステップがスタートしました。彼はその2年後、31歳になってキエーボに移籍してセリエAにデビューしたのですが、そのさらに2年後、クラブがジェノアへの移籍話をまとめてきた時に、それを拒否して戦力外の扱いを受けることになった」
――その話は覚えています。サンプのサポーターとしてジェノアのシャツに袖を通すわけにはいかない、と言って移籍を断り、戦力外にしたクラブを訴えて勝訴したんですよね。
「そしてキエーボとの契約を解除して、翌年第3GKとしてサンプと契約を交わしました。そして今シーズンは第2GKに昇格し、故障した正GKのビビアーノに代わってジェノバダービーでサンプのGKとしてデビューしたんです。36歳でですよ。明確な目標によって脳をプログラムすれば、その目標に必ず到達できるという証明です」
普及・浸透のフェーズへ
メンタルを科学的に計測するためのメソッドの開発に取り組んでいる
――そうしたあなたのメソッドを通した目標の達成を妨げるファクターがあるとすれば、それは何でしょう?
「選手自身の遂行能力、それだけです。私は常に、私と一緒に目標を設定し、その達成のために行うべき具体的なメソッドやエクササイズを構築して、それを遂行すれば結果は100%保証される、と明言しています。イタリアでは、心理学者もメンタルコーチもまだあまり一般的ではありません。登用しているクラブは数えるほどです。私はそれを文化的な問題だと思っています。監督やコーチはメンタルを重要だと認めているし、そう口にすることも少なくありません。メンタル的な問題が大きかったとか、そういったコメントはよく聞きますよね。しかし、それを解決、改善するためのメソッドは持ってはいない。心理学者やメンタルコーチはそれを持っています。しかしサッカーの世界にとっては今までなかった仕事なので、保守的な人々は受け入れたがらない。監督、アシスタントコーチ、フィジカルコーチといったテクニカルスタッフのチームがあって、それぞれの領域を担当しながら全体としてバランスを取っている。そこに新しい存在が入ってきて、そのバランスが崩れるのを嫌がっているのかもしれません」
――あなたがメンタルコーチとして、チームではなく選手を顧客にしているのもそれが理由なのでしょうか?
「そうです。私はトレーニングセンターには行かないし、ロッカールームに足を踏み入れることもしない。私は顧客である選手の家に行き、目標を設定するために話し合い、設定した目標を達成するためのツールとメソッドを伝授する」
――セリエAでは心理学者をスタッフに加えているクラブが増えているようですが。
「ウディネーゼはその数少ない中の1つですが、私が聞いた範囲では、あのクラブは若い外国人選手が多いので、イタリアのチーム環境に適応する上で困難を抱えることも多く、それに対応するためにセラピストを置いているということでした。その役割は、少なくとも私の仕事の領域とはまったく異なるものです。私の目標は、選手が持てる能力を最大限に発揮できるよう助けることです。もし自分でそれができるのであれば、その方が時間もカネも節約できる。しかし客観的に見て、私のような仕事を必要としている選手が少なくないことは確かです」
――メンタルという側面は、サッカーの世界ではまだマージナル(重要ではない)な領域にとどまっています。しかし徐々に、しかし着実にスポットが当たりつつある。今後この分野はどのように開拓されていくと思いますか?
「フィジカルコーチやフィジカルコンディショニングは、かつて疑いの目で見られていましたが、現在ではむしろ最も重要なファクターの1つだと考えられています。メンタルにも同じことが起こるでしょう。フィジカルの側面は、科学的なアプローチによって計測が可能であり、より明示的に結果を可視化することができます。それと比べるとメンタルはもう少し結果の計測が難しい。疑わしい目を向けられる要因の1つもそこにあると思います。それもあって私は、脳神経科学者と一緒に、私のプロトコルが神経レベルでどのような変化をもたらすかを科学的に計測するためのメソッドの開発に取り組んでいます。そうしたテクノロジーの進歩も、メンタルコーチングの普及や浸透に貢献すると思います」
ROBERTO CIVITARESE
ロベルト・チビタレーゼ(メンタルコーチ)
1970年生まれ。銀行の人材開発部門勤務を通じて神経言語プログラミング(NLP)のメソッドを学び、それを少年時代からの情熱の対象だったサッカーに適用、独自のプロトコルを確立して2007年からサッカー選手に特化したメンタルコーチとしてのキャリアをスタートする。現在はイタリアで最もよく名を知られたメンタルコーチの1人であり、デ・シルベストリ(トリノ)、パボレッティ(ナポリ)、ペターニャ(アタランタ)、プッジョーニ(サンプドリア)などを顧客に持つ。2012年には『Gioco di testa(頭でプレーする)』という著書も発表。
Photos: Getty Images
Profile
片野 道郎
1962年仙台市生まれ。95年から北イタリア・アレッサンドリア在住。ジャーナリスト・翻訳家として、ピッチ上の出来事にとどまらず、その背後にある社会・経済・文化にまで視野を広げて、カルチョの魅力と奥深さをディープかつ多角的に伝えている。主な著書に『チャンピオンズリーグ・クロニクル』、『それでも世界はサッカーとともに回り続ける』『モウリーニョの流儀』。共著に『モダンサッカーの教科書』などがある。