ロジャー・シュミット「私たちは狩りに出る」
発売中の月刊フットボリスタ第31号の特集「戦術パラダイムシフト」では、ドイツ発祥のインテンシティの高い新型サッカーをJリーグで実践し、センセーションを巻き起こしている湘南ベルマーレの曺 貴裁監督に話を聞いている。
そのインタビューの中で曺監督が「衝撃を受けた」と語ったのが、現在レバークーゼンを率いるロジャー・シュミット監督のサッカーだ。
現役監督にこれほどのインパクトを与えたスタイルはどのように生み出され、どんなコンセプトで設計されているのか。そんな疑問にロジャー・シュミット自身が答えている、月刊フットボリスタ第24号掲載のインタビューを内容はそのまま全編掲載。独特の言い回しで表現される独特のサッカー観に触れてほしい。
ボール…、ボール…、ボール…。
攻撃や守備の概念、敵と味方の関係を超越し、とにかく「ボール」を中心にゴールへ迫る。グアルディオラをして「サッカー界にとって待望の人材」と言わしめた超攻撃的な戦術家は期待通りに昨季、初挑戦のブンデスリーガ1部、そしてチャンピオンズリーグをかき回した。さらに注目を集めるとともに、対策が進むだろうレバークーゼン2年目のシーズン、しかし男は「私たちのやり方」をまったく変えるつもりはないようだ。
“野蛮”なサッカーの秘密
ウサギを仕留める。動物の群れが動く
――今のレバークーゼンのプレースタイルはとても“野蛮”にも見えます。どんなコンセプトがあるのですか?
「重視している点の一つに、ロングボールを使ってすぐに敵陣へとボールを運ぶことがある。そして、相手がボールを持っている時は全員でボールを“狩り”に行く。猟犬を使って1匹のウサギを仕留めるように」
――ウサギは何を指すのでしょう?
「ボールだ。私たちはいつでもボールを中心にポジションを取る。その次に意識するのがチームメイトで、敵のポジションは最後。ただ、このボールを中心にしたポジショニングが機能するのは、ボール保持者に対して強烈なプレスがかかっている時だけだ。前線の2人だけがボールを追い、他の選手たちがただ眺めているだけでは駄目。もし前線の2人がスプリントしているなら、他の選手も早いテンポで動き続けていなければならない。動物の群れが同時に動くのと比べてもいいだろう」
――動物の群れ?どこが似ているのですか?
「みなが同時に進行方向を変えるし、常にそれぞれの距離が一定だ。鳥や魚の群れが何を中心にして位置取りを確認しているのかは知らないが、我われのチームはボールを中心にしてそれを行っているんだよ」
――データ会社『Opta』によれば、13-14のレバークーゼンは1試合平均13.4本のシュートを打たれましたが、14–15はわずか8.5本。敵陣でボールを奪った回数も、13–14の平均6.6回に対して14-15は15.6回です。高い位置からの守備に重きを置いているということですか?
「その通り。私にとっては早い段階でボールにアタックを開始するのがベストの守り方。極力、自分たちのゴールから離れたところでプレーしたいと思っている」
――あなたのチームはカウンターからの失点をほぼ完璧に防いでいますが、いかにして実現したのでしょう?
「選手全員が例外なく前方へプレスに行く。それだけではなく、一度置いて行かれてしまった選手には全力で戻ってスペースを埋めることも徹底し、前線とDFラインの間のスペースで常に数的優位を作っているんだ。だから、私たちは常に1対1の状況でボールにアタックする。抜かれてしまうリスクを承知の上でだ。なぜなら、すぐさま次の選手がアタックに来て、しっかりボールを奪ってくれるのだから。そうやって、私たちのシステムは完成する」
――それは対戦相手に合わせて変わるもの?
「相手の戦法は、それほど大きな意味を持たない。私の経験で言えば、自分たちから合わせてやり方を変えようとすると、選手たちは混乱してストレスがかかる。私が『敵のやることは自分たちにとって決定的な意味を持たない』と伝えると、彼らは良い意味でのびのびとプレーできるんだ。言うなれば、私は彼らの鎖を解き、彼らはその自由をうまく使って、正しいタイミングでプレスに行かなければならないということ」
――あなたのやり方は、すべての選手が理解できるものですか?
「学ぼうとする者は、誰もが学ぶことができると考えている。他のやり方が性に合っている者もいるかもしれないが、私からすれば、どの選手も我われのやり方の方が明らかにやりやすそうに見えるよ」
――チーム内で地位を築いているキースリンクのようなCFに、より泥臭い仕事を要求し、一方でゴール数が減ってしまうだろうと伝えるのは、大変な作業だったのでは?
「彼は以前から前線で泥臭く駆けずり回っていたはずだよ。ある瞬間、直感に頼っているように見えただけだと思う。私たちのプレースタイルなら、本当はもっとキースリンクにゴールが生まれなければならない。それでも、彼は全員から完全に価値を認められているんだ。とりわけチームの“10番”、ベララビやソンは彼の働きぶりに大きな恩恵を受けてゴールを決めているのだから」
他に類を見ない監督として
セカンドボールで優位に立つのが最重要
――今のようなスタイルでプレーしようというアイディアはいつ、どこで生まれたのですか?
「パダーボルン時代(11-12)から選手には勇気を持ってプレーさせていたし、3部でミュンスターを(07-10)、4部でデルブリュックを率いた時(04-07)も、攻撃的でアクティブなサッカーを目的に指導に励んでいた。でも、とりわけザルツブルクでの2年間(12-14)、ラルフ・ラングニック(スポーツディレクター)とのやり取りは明らかに私のスタイルを発展させてくれたね。もともと長い間、彼にとっても、ロングボールをうまく使ってセカンドボールで優位に立つというプレーは最も重要なことだったんだ」
――その「やり取り」について詳しく教えてください。
「敵がボールを持っている時、DFが確実にポジションを取り、それから前線でボールを奪いに行く、というような考え方は我われにはない。いつだったか、高い確率で前線でボールを奪うために必要な人数は何人なのか、という問いを立てた。そうして後方にいる残りの人数をどう動かすか、を考えてみたんだ。オーストリアのリーグは、戦術を発展させるのには完璧な環境だった。自分たちが様々なトライをし、それで失敗したとしても、ミスが敗戦に直結するわけではないのだから。そのおかげで就任2年目は欧州の舞台でもうまくチームが機能し、ELで10連勝を果たせたんだ」
――最もスペクタクルだったのは、2014年2月にアヤックスを0-3で粉砕した一戦(ラウンド32第1レグ)。
「あれは本当に驚くような出来事だったね。付け加えれば、第2レグも同じように3-1で勝利したんだよ」
――当時のアヤックスはザルツブルク戦でどんなことが待ち受けているのか、わかっていなかったのでしょう。
「私たちとの試合では、相手は実際ピッチに立って、ビデオで見た印象とはまったく違うものを感じるはずだ。どれほどインテンシブなプレーになるのか、どれほど速くプレーの選択肢がなくなっていくのか、ピッチ外からだと過小評価してしまうものだからね」
――テストマッチでしたが、当時はバイエルンにも3–0で勝利しました。ペップ・グアルディオラが「ザルツブルクほどのインテンシティでプレーするチームは見たことがない」と言っていたのを覚えています。
「あの試合は私たちに大きな勇気をくれたよ」
――ポゼッションサッカーは、ボールを縦に速く運ぶサッカーよりも難しいものですか?
「そう言い切るのは難しい。でもポゼッションに重点を置き、同時にとてつもなく大きな成功を収めたいのなら、とてつもないレベルの選手たちが必要になる。バイエルンやバルセロナ、レアル・マドリーのようにね。ただいずれにせよ、どちらか一方の理論通りになることも滅多にない。サッカーではだいたい、それらが混ざり合っているものだ。かつてバルセロナはグアルディオラの下、それまでの純粋なポゼッションにファンタスティックなゲーゲンプレッシングを加味した。早い段階で敵にプレスをかけるプレーは、近頃あまりできなくなってしまったが。それは、どのチームもプレスを回避するために意識的に長いボールを蹴り込むようになったから。結果的にプレスを仕掛ける機会が減り、他の部分に重点を置かざるを得なくなってしまった」
――それは……、あなたのアイディアも限界に達してしまったということ?
「いや違う。ボールを中心にして前へ向かって行く私たちのスタイルは、ボールを繋ぐ時でも基盤になっている。ボールの落下地点のすぐ側に多くの選手を配置することで、セカンドボールをマイボールにした後、素早い連係で崩すべく多くの選択肢が生まれるんだ」
――あなたのチームはたいていのプレーでボールをすぐ前方に送りますが、横パスは禁止しているのですか?
「そうではないが、横パスは危険だ。もし間違ったタイミングで横パスをし、かっさらわれてしまえば、私たちの選手の多くはプレーに関与できなくなる。なぜなら、彼らはボールよりも前方にいるのだから」
――その一方、ドリブルに関してはかなり大きなリスクを背負ってでもチャレンジしますね。レバークーゼンよりも多くドリブルをしているチームはバイエルンだけです。
「その多くは敵陣内、さらにアタッキングサードで行われているはずだ。ボールの後ろに多くの選手を配置している相手チームのDF陣を、機を見て連鎖反応に引きずり込まなければならない。やり方はたくさんある。相手がDFのために敷いたいくつかのラインの間を貫くような縦パス、柔軟なコンビネーションやドリブルによってマーカーを抜き去ることなどだ」
――あなたは欧州トップクラブの監督としては珍しくロングボールを多用します。フィフティ・フィフティの可能性になるボールを蹴ることを禁止している監督も多いですが。
「個人的には、敵が早い段階でプレスをかけてくるようなら、ロングボールは試合の展開を有利に進める良い手段だと思っている。できるだけ速く、相手のDFラインが待ち受ける危険なゾーンにボールを運びたいんだ。それがDFラインの裏のスペースだったら、なおさら良い。何本ものショートパスでも攻略することは可能だが、敵陣深くへのロングボール1発で同じことができるし、セカンドボールをしっかり物にできるよう準備していれば、無駄なリスクを負うことなく目的を達成できる。そうしてフィフティ・フィフティだった可能性を7:3くらいにまで高めていくんだ」
――レバークーゼンほど多く1対1の競り合いを行ったチームはありません。あなたにとってサッカーは格闘技?
「サッカーは審美的で、エレガントで、繊細なスポーツでもあり、人間同士がぶつかり合うことで骨がきしみ合うような音が出るスポーツでもある」
――かつてクラブを指揮したブルーノ・ラバディア(現ハンブルク監督)が言っていた、レバークーゼンの有名な“リラックスゾーン”を閉じることもできると思いますか?
「そんなのは一つの都市伝説に過ぎない。今、アトレティコ・マドリーとの昨季CLラウンド16(第1レグは1-0で勝利、第2レグは1-0で敗北、PK戦で敗退した)を振り返っても、選手たちが見せた姿は“リラックスゾーン”とは無縁だったと思う。アトレティコは欧州でも他に並ぶ者がいないほど、勝利のために何でもやってのけるメンタリティを備えた集団。戦いたいと思う者はいないだろう。なぜなら言ってしまえば彼らは、ロングボールしか使わずセットプレーとセカンドボールを拾うことに集中しているチームだから。そうやって敵の神経を弱らせていく。でも、そんな相手に対して我われはホームで非常に良い試合をした。今思えば、もっと点差を付けておくべきだったかもしれない。第2レグではチームの経験不足により、敗者になってしまった。しかし、あの対戦で私たちが見せた意欲に勝るほどの熱いハートは存在しないはずだ」
71年目の教訓、2年目の意欲
私たちは簡単に丸裸にされる。しかし…
――昨季は2月下旬以降、失点が大きく減りました(公式戦16試合9失点)。どんな変更を加えたのですか?
「常に改善しようと取り組んでいるよ。でも決定的に違ったのは、コンディションの調整がうまくいったこと。以前は時どき1人、2人の選手の思考が試合中に止まり、敵に有利なスペースを空けてしまっていたが、ずっと良いリズムでゲームを進められるようになったんだ。現在ではボールを保持している際、状況をフィルターにかけて選り分けられるようになっている」
――しかし、いまだ頻繁に“急いで”プレーしている時がありますよね?
「レバークーゼンのスタイルは、慣れてない人々にとっては、せっかちでイライラしているように見えることがあるんだ。そうだとすれば、あなたは私たちのトレーニングを一度も見たことがないに違いない。そこでは(紅白戦の)両チームとも、信じられないほどインテンシブ(密度の濃い)なアクションを行い、選手たちは時間的、空間的なハイプレッシャーの中にさらされるんだ。そんなトレーニングが行われる練習場は、選手にとっては非常に優れた学校と言えるだろう」
――あなたは基本的に「フルスロット・フットボール」を標榜し、選手に要求する。しかし、すべての試合でそうである必要はないし、全試合がシーズンのクライマックスというわけではないでしょう。“適度な基準”というものは、どのように見つけられるのですか?
「昨季に関して言えば、我われは非常にうまくそれをやってのけたと思うよ。このやり方で迎えた最初のシーズンで、何人かの選手は欧州カップ戦が初体験だったにもかかわらずね。しかし、あなたが言うことにも一理ある。監督は選手に何が可能で、何が不可能かを見極める必要がある。もちろん、チームがいつも100%の力を出してくれることを望むが、そんなことは無理。というのも、シーズンを通じては身体的な問題だけではなく、メンタル面でも消耗するからだ」
――それでもあなたのチームでは、選手はもっと走る必要があるのでしょうか?
「言うなれば、もっとスプリントしなければならない。昨季のデータを見ると、私たちはブンデスリーガのアクチュアル・プレーイングタイム(ピッチ内でボールが動いている時間)の中では最も多く走り、最も頻繁にスプリントをしたチームだった。その代わり、バイエルンのようなクラブと比べると、アクチュアル・プレーイングタイム自体が極端に短い。頻繁に試合が止まり、ボールがピッチの外に出ることが多いからだ」
――頻繁にスプリントし、常に1対1の競り合いに参加し、そして休みなく集中していなければならない。サッカー選手にとって、こうしたスタイルでプレーを続けることはキャリアを縮めてしまうことになりませんか?
「他と極端に違いがあるとは思わないね。しかし、心身の回復と年齢における変化の調整は完璧でなければならない。そして、身体的に選手をアスリートとして最高のレベルにまで引き上げなければならない」
――コンディションに関して言えば、レバークーゼンは同じく国内外3大会に参戦したバイエルン、ドルトムント、シャルケに比べて、ケガによる離脱者が少ないですね。
「他クラブのことは何も言えないが、私は選手が常にトップコンディションでいられるよう心がけている」
――レバークーゼン監督1年目で国内リーグ4位、DFBポカール8強、CL16強という成績は成功と言っていいでしょう。しかし2年目、あなたのスタイルは研究されるはずです。今季の戦いに不安はないですか?
「答えはノーだ。そもそも私たちのプレースタイルというのは、簡単に丸裸にできるものなんだよ。しかし、それにもかかわらず、レバークーゼンは相手にとって対策を練るのが非常に難しいチームなんだ」
■プロフィール
Roger SCHMIDT
ロジャー・シュミット(レバークーゼン監督)
1967.3.13(49歳)GERMANY
ドイツ西部キアシュペ出身。現役時代は主に下部リーグでプレーし、37歳の時に5部のクラブで選手兼監督に。翌季から監督業に専念し、11-12には当時2部のパダーボルンを指揮した。1年後、ザルツブルクのSDで戦術家として監督実績もあるラングニックに招かれオーストリアへ。就任2年目に圧倒的な強さで国内2冠を達成すると、EL16強に進出した欧州の舞台でもアグレッシブなサッカーが注目を浴びた。そして昨夏に母国凱旋。上々の初年度を経て、今オフにはレバークーゼンと2019年までの延長契約を結んでいる。
COACHING CAREER
2004-07 Delbrücker
2007-10 Preußen Münster
2011-12 Paderborn
2012-14 Salzburg (AUT)
2014- Leverkusen
Interview: Christoph Biemann
Translaiton: Tatsuro Suzuki
Photo: Bongarts/Getty Images
Profile
エルフ・フロインデ
「クラブの垣根を超えたファンジン」というアイディアの下、2000年に創刊。ユーモアを交えて文学的、文化的な側面からサッカーを描写。メディアの“演出”から離れたサッカーを伝え続ける、オルターナティブなファンカルチャーマガジンだ。