
今、アイルランドリーグが盛り上がっていることをご存知だろうか?その経緯を振り返るとともに、さらなる成長をもたらすであろう「小さなMCO(マルチクラブ・オーナーシップ)」の存在を、Yuki Ohto Puro氏に解説してもらおう。
「私たちが投資しているチームで選手は同じ方法で指導され、同じ方法でプレーし、同様のインテンシティを保つ必要がある。現時点ではオープンマーケットで選手を探しているが、私たちはチームを1つにして選手を育成しようとしている」
これは米大手フットボールメディア『Men In Blazers』のYouTubeチャンネルでボーンマス会長のビル・フォーリーが語った理想像だ。彼は複数のフットボールクラブに加えNHL、NFLなど様々なスポーツチームへ投資するブラックナイト・スポーツ&エンターテイメントの会長兼CEOを務めている。
A special matchday programme featuring owner and chairman, Bill Foley. He sits down with us to discuss…
Stadium improvements
A training ground update
Progress under Gary O'Neil
Buy yours around the ground or online
pic.twitter.com/SvXV51woz2
— AFC Bournemouth
(@afcbournemouth) May 6, 2023
シティ・フットボール・グループやレッドブル・グループを筆頭に複数のフットボールクラブを所有するマルチクラブオーナーシップ(MCO)が誕生して久しい。国際研究機関『CIES Sports Intelligence』の調査によると、MCOに所属するフットボールクラブの数は2024年12月時点で380に届くという。わずか2010年には50に満たなかった事実を鑑みれば怒涛のペース、と表現しても大袈裟ではなかろう。
その目的は様々で、フォーリー会長が言及したように有望選手を囲い込み適切な環境で育成し、最終的にはトップ層へ送り出すというスカウティング面に主眼を置く場合もあれば、運営の一本化による財政の最適化、グループをブランド化しスポンサー契約などによって得られる商業収入を増加させる、といった複合的なメリットを享受できる。MCOは移籍市場での価格高騰、財務レギュレーションの厳格化、フットボール新興国の台頭、COVID-19の財政危機、(イングランド限定ではあるが)Brexitといったテン年代以降の情勢が生み出す諸問題に対する鬼策とも言える。
クラブのアイデンティティと自分たちが育んできたコミュニティを侵害される事態を恐れた地元ファンからの反発やスポーツウォッシングの懸念、そしてフットボール界のパワーバランスを根底から覆しかねない新たな発明に対する衝突とレギュレーション調整(Aリーグでのいわゆる「カサレス条項」は代表的な例だ)を世界各地で絶え間なく繰り返しながら、今もなお止まるところの知らない勢いで拡大している。
冒頭に紹介したインタビューには続きがある。
「中でもポルトガルのクラブは、私たちにとってゲームチェンジャーになるだろう。なぜなら、私たちはブラジルへの直通アクセスを得られるからだ」
フォーリー会長いわく「チケット代やスポンサーシップで大きな収益を上げているわけではなく資金を賢く使わなければならない」ボーンマス規模のクラブが、伝統的なビッグクラブと戦いヨーロッパに滑り込むための1つの活路として見出したのがMCOで得られる新たなチャネルだったのである(彼らは現在モレイレンセと交渉中と報じられているが、本稿執筆時点では正式発表はなされていない)。ポルトガルはブラジル人選手、ベルギーはEU圏外選手を発掘する効果的なチャネルとして人気があり、今季ボーンマスとともにプレミアリーグでの躍進を続ける、いわばビッグクラブを追う側として同じ立場のノッティンガム・フォレストがすでにポルトガルに進出している。
マンチェスターCと「同じ道をたどる」フリートウッド・タウン
ところでプレミアリーグ各クラブが全世界から選手をかき集めている一方、チャンピオンシップ以下のEFL(イングランド2~4部)所属クラブの間でリーグ・オブ・アイルランド(LOI/アイルランド1~2部)へのスカウティングが密かに活性化しているのはご存知だろうか。
背景としてはBrexitという大きな転換点があった。イングランドのクラブにとってはEU域内の選手にもGBEのポイントが必要となり獲得のハードルが大きく上がった(ご存知の通り日本人選手も度々苦しめられているレギュレーションだ)。一方、アイルランド国籍所有者には共通旅行区域が適用されてポイントが免除される。また、アイルランドには英国との二重国籍を持つ選手が一定数存在する。そこにLOIが春秋シーズンを敷いていて冬の移籍市場のタイミングで契約満了が発生する(つまりフリートランスファーで獲得できる)という合理的な理由が噛み合い、2月以降の残りシーズンを戦うための比較的安価な補強手段として活用されている。
言うまでもなく選手にとっては地理的・文化的に近い環境で賃金を倍増させ、自身のキャリアを次へと進めるための魅力的な選択肢だ(実際のところアイルランド1部のLOIプレミアディビジョンでの平均賃金が週給700ユーロほどである一方、イングランド4部のEFLリーグ2は週給2000ユーロと言われている)。
興味深いことに、このアイルランドとのネットワークを強固なものにしようとした人間がいた。フリートウッド・タウンを中心にUAE、南アフリカと独自のMCOを築き上げたアンディ・ピリーである。……



Profile
Yuki Ohto Puro
サミ・ヒューピアさんを偏愛する秘湯ハンター。他人の財布で食べる寿司と焼肉が好物(いつでもお待ちしてます)。主にマージーサイドの赤い方を応援しているが、時折日立台にも出没する。