
2022シーズンから2024シーズンまでJ1リーグ全クラブとコラボレーションを続け、サッカーファンからも注目を集めたVTuberグループ「にじさんじ」。その初期メンバーとしてサンフレッチェ広島を応援するうちに、“担当ライバー”から“サポーター”へと変貌を遂げていったのが静凛さんだ。「周りからも意外と言われるくらい別人のようになった」という彼女に、「#にじJ1クラブコラボ」で生まれた絆を振り返ってもらおう。
推しを見つけたアナウンサー顔負けの現地観戦術
――静さんは2022シーズンから2023シーズンまでの2年間、にじさんじの一員としてJ1リーグとのコラボに参加されていました。サンフレッチェ広島の担当ライバーになりましたが、声がかかった当初はどんな気持ちでしたか?
「最初にお話いただいた時って、そこまでサッカーに明るくなかったものですから、『なんで私の名前が挙がったんだろう?』って思ってて(笑)。ワールドカップも見たことなかったし、まったくもってサッカーの知識ゼロの状態で、自分で見聞きしたものじゃなくて、他人から与えられる情報しかない状態。それこそセレッソ(大阪)さんを担当されていた周央(サンゴ)さんも『マイボ族しか知らない!』って言ってたじゃないですか。それと同じ感じでふんわりと、『学校のサッカー部、頑張ってるな~』くらいしかわからなかったんです。しかも100人以上いるじゃないですか、うち(にじさんじ)って。だから単純に『なんで……?私でよかったのかな……?』ってびっくりしました。でも、それがきっかけで周りからも意外って言われるくらい別人のようになって。本当に楽しませていただきました」
サンフレッチェ広島さんを応援させて頂く事になりましたー
観戦は初見はバックスタンド_φ(・_・メモメモメモ
ご飯も美味しい……!!!!!
まだ先だけど、新しいスタジアム完成も楽しみ~~#にじJ1クラブコラボ
— 静凛
(@ShizuRin23) March 31, 2022
――しかも未知のコラボの初期のメンバーでしたからね。最初は向き合い方もわからなかったんじゃないですか?
「どこまで触れ合っていいというか、どこまでやっていいかわからない温度感がありました。でも、とりあえず試合は見たいなと思って、DAZNさんで先に見て『あぁ……!これは現地、広島で見るべきかもしれない!』って思って(2022年)4月の(横浜F・)マリノス戦に決行したわけです。ちょうど牡蠣も食べたかったので(笑)」
――「いきなり現地行くんだ!?」ってみんなびっくりしてましたよね(笑)。
「本当はもうひと試合前のホーム戦に、3月中に行きたかったくらいだったんですけど、スケジュールの都合で行けなかったんですよね」
――実際にエディオンスタジアム広島(広島広域公園陸上競技場/現:ホットスタッフフィールド広島)へ行ってみてどうでしたか?
「山の中でしたね(笑)」
――(笑)。山登りですよね。
「でも、実は一番初めに行った時ってバスで行ったんですよ、(JR)横川駅から。だから、そこまで登らなかったんですよね。バスが頑張って山登ってただけなので(笑)。駅から歩いた時に初めて『あ、山登ってるわ……!』って感じながら行きました」
――スタジアムに着いてからは最初に何をしたんですか?
「まずは牡蠣を食べました(笑)。生牡蠣は駄目だったんですよね、時期的に。だから焼き牡蠣を出されているお店で食べたんですけど、本当においしかったです。魚も出してくれたところで、ヤマメも食べたかな」
――「サンチェの鼻」が売り切れていて悲しまれていましたよね。
「ありましたね!その後、別の試合の時に2個食べました。おいしいんですよ、あの鼻(笑)。休日も平日もお祭り広場のところでいろいろあって、行く度にジャンルの違うものを食べていた記憶があります。そういうスタグルの魅力にも出会えましたね」
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うわあああああーーー( ◠‿◠ )
リベンジ成功
\#sanfrecce #ぶちあつ! #しずりんさんぽ https://t.co/2vDFEZ4kwI pic.twitter.com/njCmXgemuB— 静凛
(@ShizuRin23) June 18, 2022
――そうして腹ごしらえをしてから初めて試合を現地観戦されたと。
「でも、一番初めってどこで観戦すればいいかわからないじゃないですか。いっぱい席の種類があって。で、とりあえず『初心者にはメインスタンドか、バックスタンドがおすすめだよ』ってサンフレッチェサポーターの方が教えてくれていたので、屋根がある方のメインスタンドで見させていただきました」
――正しい!
「正しかった!(笑)スタジアムによっては屋根がないとことかもありますもんね。で、試合が始まるとゴールが入る、入らないにかかわらず、シュートしたりする時の周りの方の反応が面白くて。当時は声出しが禁止だったのでみんな声を出さないでぐっと堪えて見ていたんですけどつい立ち上がったり、周りの方の熱が直に伝わってくるのがよかったですね、現地観戦は。あとテレビやネットでカメラ越しに見てるのとは違って、フィールド上の自分の好きな場所が見れるのもいいと思っていました」
――サッカーはどこを見たらいいかわからないという初心者の方も少なくない気がしますが……。
「最初は私も『サンフレッチェさんを見に来ました』って感じで。やっぱりボールを追っかけちゃって。でも、そこで推し選手を見つけられたんですよ。靴の色が違うことに気づいたんですよね、他の選手と。だからさらにわかりやすくて、つい姿を追っちゃっていいプレーも目立つプレーも多かったのもあって、佐々木(翔)選手とミッツ(満田誠選手)を推すきっかけになりました。やっぱりカメラじゃ、こうやって追うのは無理なんだろうなって思いましたね」
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現地、超楽しかったーーー
\手に汗にぎりまくりやぁ( ⑉¯ ꇴ ¯⑉ )
両選手の皆さん、サポーターの皆さん
お疲れ様でしたー!!#ぶちあつ!#にじJ1クラブコラボ#sanfrecce pic.twitter.com/pYveqo3VnO— 静凛
(@ShizuRin23) April 6, 2022
――スパイクで見分けるのはプロのアナウンサーがやってる技術ですよ(笑)。
「そうなんですか!?」
――選手が履いているスパイクを全部頭に叩き込んでおいて、その色で誰がボールを持っているのかを見分けたりするんです。
「あ~!なるほど……。スパイクが違うとわかりやすくて、私もいいなと思いました!」
――サンフレッチェ広島というチームから推し選手を見つけていく流れは、にじさんじというグループから推しライバーを見つけていく箱推し文化と似ている気がします。
「確かに!箱推しとは共通点がありますね。分母の数は違えど同じだと思います、文化的には。クラブチームの中でもやっぱりいろんなタイミングがあって、活躍できる選手が試合ごとに変わったりしますよね。新シーズンを迎えて頭角を現してくる選手もたくさんいらっしゃる。そこで『あ、今の動きすごい!注目してみよう!』っていうのは全然あると思います」
――試合に出られない選手にもストーリーがありますからね。
「そうなんです!(川浪)吾郎ちゃんも好きなんですよね。めちゃくちゃいい笑顔で点が入った時に真っ先に走ってくるっていう(笑)。たまたまサンフレの選手がよく来る飲食店にも行ったことがあるんですよ。その時に店員さんの方からお話をお聞きできて『吾郎ちゃんは~』って教えてくれて、そこで人となりを知ってもっと好きになったり。現地はそういうエピソードも耳にしたりするので楽しいです」
「帰ってきた時の疲労感がいい」アウェイ遠征の醍醐味
――サンフレッチェ広島のチームとしての魅力はどう映っていますか?
「サンフレの選手ってイケメンが多いんですよね。たぶん、そこもマッチしたと思います(笑)」
――確かに佐々木とかかっこいいもんな……。
「かっこいいですからね!めちゃめちゃかっこいい……。そこから入ったのもあるかもしれないです。しかもみんなずっとニコニコされてるんですよ、サンフレの選手って。DAZNさんでちょうど抜かれてるだけなのかもしれないですけど、現地で見ていてもすごい楽しそうに『俺、本当にサッカー小僧だから!』って全力で楽しんで全員でプレーしてらっしゃる印象を受けるので。こちらも自然と笑顔をもらえる試合が多いなってイメージがあって」
――今季はガンバ大阪に期限付き移籍していますが、満田選手がまさにそのイメージでした。
「ミッツとかずっと笑顔ですよね。失敗しても笑顔なんで(笑)。同じようにゴールが決まればうれしい、シュートが外れると悔しいっていう基本的な心だけでも持てれば、サッカーは全然楽しめるんじゃないかと、初心者の私にも思わせてくれました」
#満田誠 選手がガンバ大阪へ期限付き移籍することが決定しました。https://t.co/PIuPBBYhEZ
ガンバレ、マコ!#sanfrecce#サンフレッチェ広島 pic.twitter.com/syNZ0ljERi
— サンフレッチェ広島【公式】 (@sanfrecce_SFC) February 27, 2025
――サンフレッチェ広島を入り口にサッカー自体の魅力に気づいていったわけですね。
「サンフレをきっかけに日々DAZNさんで試合を見せていただいたり、海外もちょっとだけ見るようになったんですけど、J2もたまに見たりします。ブラウブリッツ秋田が好きなので!(笑)」
――渋いなあ(笑)。……



Profile
川端 暁彦
1979年8月7日生まれ。大分県中津市出身。フリーライターとして取材活動を始め、2004年10月に創刊したサッカー専門新聞『エル・ゴラッソ』の創刊事業に参画。創刊後は同紙の記者、編集者として活動し、2010年からは3年にわたって編集長を務めた。2013年8月からフリーランスとしての活動を再開。古巣『エル・ゴラッソ』を始め各種媒体にライターとして寄稿する他、フリーの編集者としての活動も行っている。著書に『Jの新人』(東邦出版)。