一昔前のJ2各クラブはまだまだ環境が未整備でおよそプロが所属する環境とは言えなかった。現代の選手たちが経験せずとも済む環境ではあるが、当時のJ2を渡り歩いた馬場賢治は「嫌だったシーズンは一つもない。それがすべて」と言い切る。馬場は当時のJ2で魂を磨かれ、一流のJ2リーガーとなった。馬場がJ2で出会った超人たちと七転八倒する体験記を前後編に分けて放談。ライター・ひぐらしひなつがストーリーテーラーとしてお届けする。
相手を困らせることを強みに生きてきた男
J1で6シーズン、J2で7シーズン、J3で1シーズン。馬場賢治が13年のプロキャリアで過ごしたカテゴリー内訳だ。J1とJ2では1シーズンしか差がないが、J1リーグ戦通算55試合出場3得点、J2リーグ戦通算229試合出場47得点と、その内容を示す数字には大きな開きが見られる。2020年かぎりで現役を引退した馬場は、それについてのちにこう振り返った。
「試合に出たときの肌感が、J1とJ2では全く違います。プロデビューした神戸での1、2年目は16試合、13試合と出場して余裕なくガムシャラにやったんですけど、そこから湘南に期限付き移籍した2010年の16試合とか、湘南で昇格した2013年の7試合、そして大分での2019年夏までの2試合は、肌感が全然違っていました。神戸時代のミスしたときのスタジアムの空気感とか、J2では感じられないプレッシャーがある。自分の中で、その見えないプレッシャーが出来上がってしまっていました」
神戸での新人時代のことを「ぶっちゃけ、誤魔化し誤魔化し試合に出ていたような感じ」と自称する。大久保嘉人と並んだ最前線で馬場はひたすら守備をして、大久保が点を取って勝てば、その流れで次の試合にも、という流れだ。「嘉人さんのために守備を頑張ろうというだけ。僕が実力で評価されたのは練習への取り組みくらいです」。FWであるにも関わらず、自ら点を取りにいく機会はほとんどなかった。
その後の湘南や大分でも、怪我の影響もありつつ、J1でのプレッシャー感に気圧されたという。
「周りのレベルも高い。J2でならなんとなくミスになる可能性があるところで、J1では『ここで相手にミスしてほしい』というところでミスにならない。J3でなら『ここミスしてほしいな』というところでミスしてくれるとか。そのくらいの細かい差なんですけど、その細かい差が、選手時代の僕の中ではすごく大きかったです」
フィジカルの差も痛感した。J2ではチームでハードワークすることで強度を醸すが、J1では一発のパワーやスピードがものを言う。
「僕はポジショニングなどで相手を困らせることを強みにして生きてきた中で、そのレベルもJ1の選手たちはもう一個上だった。フィジカルでなかなか勝負できず、技術のところでも上回れなくて、J1で余裕を持ってプレーできた試合はほとんど記憶にありません」
そんな馬場の言葉を聞きながら、「相手を困らせることを強みにして生きてきた」あたり、実はJ2の水にものすごく合っていたのではないかと思った。
「多分、合ってたんだと思います。もちろんJ2にもいい選手はたくさんいるし、いいチームもたくさんある。ただ、突出して強いと感じるチームは一つもなかった。それこそ讃岐時代はほぼ毎年J2下位だったけど、上位チームと対戦しても対等に勝負できる感覚がなんとなくあったから……やっぱり僕はJ2が合ってたんでしょうね」
際立った特長を持つプレーヤーの集団であるJ1ではある意味「大雑把に」サッカーをしても成り立つ。卓抜した戦力を擁さないチームがシノギを削るJ2では、組織の一員として勤勉にハードワークすることが不可欠だ。
2014年J2開幕戦、水戸対大分の試合。J1から降格したての大分の最終ラインには、この試合が自身初のJ2でのプレーとなる高木和道が立っていた。デビュー以来J1で14シーズンを戦った実績を誇る元日本代表の長身CBは、試合開始後間もなく、パスを受けた懐にまでプレッシングに来た相手FWに面食らった様子を見せ、危うくボールを失いそうになる。「あんなに突っ込んでくるとは思わなかった」と高木は試合後に苦笑いした。その突っ込んできたFWこそが、馬場だったのだ。その話を持ち出すと、馬場は鷹揚に笑った。
「それがJ2ですからね。J1プレーヤーが来たらちょっとカルチャーショックみたいになりますよね」
「曺貴裁リーグ」で鍛えられた2013年
かくもJ2を知り尽くした感のある馬場だが、初めてJ2で戦ったシーズンは、やや特殊なものだったようだ。……
Profile
ひぐらしひなつ
大分県中津市生まれの大分を拠点とするサッカーライター。大分トリニータ公式コンテンツ「トリテン」などに執筆、エルゴラッソ大分担当。著書『大分から世界へ 大分トリニータユースの挑戦』『サッカーで一番大切な「あたりまえ」のこと』『監督の異常な愛情-または私は如何にしてこの稼業を・愛する・ようになったか』『救世主監督 片野坂知宏』『カタノサッカー・クロニクル』。最新刊は2023年3月『サッカー監督の決断と采配-傷だらけの名将たち-』。 note:https://note.com/windegg