プレミアリーグ4連覇中のマンチェスター・シティが、直近の公式戦は1分6敗とグアルディオラ体制では過去に例がないような深刻な不調に苦しんでいている。そこでグアルディオラのサッカーをウォッチし続けてきたエリース東京監督の山口遼氏に、ペップ・シティに何が起こっているのか分析をお願いした。
後編では、「元金についた利子にも繰り返し利子がつくことで、長期的に見れば大きな利益につながるという仕組み」である複利こそがクライフイズムの本質と考える著者が危惧するペップ・シティのアイデンティティ喪失の兆候について思いを綴る。
ペップとは思えない安直さ。数合わせの[3-1-5-1]ビルドアップ
ここ数年のペップ・シティは、徐々に「ペップらしさ」を失ってきているように感じられていた。
特に今季は、結果以上にその内容に、ピッチ内で表現されるフットボールのスタイルに、クライフイズムのアイデンティティをほとんど感じなくなってしまった。ペップが退任したわけではないのに、すでにペップが退任してしまった後かのような、「ペップ時代」の遺産をリサイクルしてやりくりしているように見えてしまうのだ。
彼はバルセロナ以降のキャリアを通して、年々増していくカウンターの脅威に対抗していく中で、もしかしたら自身やクライフが持っていた「ボール中心でプレーする」という哲学を、勝率の最大化という目的達成のための手段として“矮小化”してきてしまったのかもしれない。
ビルドアップは、ペップのフットボールにおいて最も重要な局面の1つだ。
局面局面で優位性を積み重ねながら前進することで、自分たちは整い、相手は乱れる。それによって崩しにおけるチャンスの数や質を最大化させ、カウンターリスクは最小化することになり、複数の局面に対して影響力を持つためにペップのフットボールの根幹となってくる。
しかし、今季のビルドアップは硬直的な[3-1-5-1]がメインで、先ほども述べたように選手同士を有機的につなぐようなユーティリティプレーヤーがいないことでポジションの入れ替わりが減り、ボールの動かし方もスムーズさを欠いてしまっている。
そもそも、この[3-1-5-1]は1トップとしてボール保持や崩しに関与しないアウトサイダーなホーランドの存在と、一方で年々固くなってくる5バックによるローブロックを6トップという数の論理によって攻略しようという、言い方は悪いが安直なアイディアから選択された方法論であることが透けて見える。
5バックによるポケット封鎖を含むローブロックは入り込むスペースがほとんどなく確かに厄介だが、それを単に数の論理によって攻略しようとするのは明らかに要素還元的で、これまでのペップらしくもなく、クライフイズムを微塵も感じられない。結果的に、有機的なつながりもなく、それぞれのプレーエリアが散逸的で孤立している状態で無駄に人数を前線にかけたことで、ボールを奪われた際のカウンターリスクばかりが上昇してしまっている。
守備に関しても、ハイプレスとミドルプレスの連動、あるいはボールを失った際の計画的なカウンタープレッシングはビルドアップと同様に優位性をキープしたままのボール支配、ひいてはゲームコントロールにつながるという意味で、単に失点を防ぐ、ボールを奪い返すといったこと以上に重要な局面であった。
しかし、一体どういうロジックで動いているのかと尋ねたくなるような複雑かつ連動したハイプレスを仕込み、利他的なメンタリティの共有も含めて極めて高レベルなマネジメントで運用していたのは過去の話である。……
Profile
山口 遼
1995年11月23日、茨城県つくば市出身。東京大学工学部化学システム工学科中退。鹿島アントラーズつくばJY、鹿島アントラーズユースを経て、東京大学ア式蹴球部へ。2020年シーズンから同部監督および東京ユナイテッドFCコーチを兼任。2022年シーズンはY.S.C.C.セカンド監督、2023年シーズンからはエリース東京FC監督を務める。twitter: @ryo14afd