「アーセナルはラストの再現性を高めるトレーニングをしているのではないか」。元鳥栖監督・川井健太が考える現代フットボール論(前編)
元サガン鳥栖監督の川井健太氏に現代フットボールをテーマに様々な角度から語ってもらうインタビュー。フットボリスタ編集長の浅野賀一とサッカーライターの清水英斗がサッカー最前線を探るべく根掘り葉掘り聞いた。前編では欧州トップレベルで顕著な選手のアスリート化、日本との攻守の捉え方の違いなどピッチ上の事象を中心に語ってもらった。
鳥栖の監督退任後は欧州視察へ
川井健太(以下、川井)「今回、こうして取材依頼をいただいたんですが、実は前チーム(サガン鳥栖)の監督を辞めてから、メディアを含めて取材は一度シャットダウンしていました。9月の中旬からマンチェスターを中心にイギリスとオランダに滞在しまして、6試合くらい見たのかな。いろいろな方に会ったり、試合を見たりして、それらを頭の中で整理している中でこういうお話をいただいたので、僕自身もちょっとアウトプットと言いますか、そういう意味合いで久しぶりに取材を受けてみようと思った次第です」
――最高のタイミングでしたね(笑)。
川井「お忍びで行っていたので、どうやって知ったのかな、というぐらいに(笑)。現地ではマンチェスター・シティやアーセナルを中心に試合を見たり、あとはチャンピオンズリーグのレバークーゼンとフェイエノールトなどを。もちろん、これがすべてではないですが、今の欧州の主流がどうなっているのか、非常に良いタイミングだったので、それを見たいなと。
去年はリバプールに行きましたが、やはり監督業をしていると、欧州に行くのは大体は冬になるんですよね。(オフの)12月下旬から1月です。ただ、今回は9月に行く機会があり、欧州のチームも始動し始めたばかりで、フィジカルも戦術の浸透具合も含めて、違うものが見えるのではと期待を持って行きました」
アスリート化してきた欧州の守備者たち
――どんなことが見えたんですか?
川井「仮説と大きく異なる発見があったのかと言えば、そうではなかったのですが、やはりアスリートがフットボールをする大前提の中で、Jリーグとは違う、もう一つ先を行き始めたことは、生で見て感じました。テレビ画面では伝わりづらいですが、アスリートたちが頻繁にコミュニケーションを取って、フットボールをしている。画面に映らないところで、言語の問題はあるにせよ、これだけ密にコミュニケーションを取って事前準備をしているんだなと、そういう場面が見られたことは貴重でした。
シティとアーセナルの試合(プレミアリーグ第5節)では、アーセナルが1-2でリードしている中で1人退場して、シティが一方的に攻める試合になったんですけど、非常に面白かったのは、あのアーリング・ホーランドがいても、クロスを全部跳ね返されてしまう。ホーランドがJリーグにいたとしたら、ほぼ1人に向けてクロスを上げてゴールを割るでしょうが、そこはアーセナルも対応ができていたし、それだけではなく、コミュニケーションの部分でもホーランドを2人で抑えていた。その2人が固定ではなく、代わる代わる行われて、そこで取っているコミュニケーションの質が高いなと思いました。おそらくJリーグでは、対人能力に長けた外国人選手だったり、日本人で言うと大迫(勇也)選手もそれに入りますが、とりあえず周辺にボールを送っておけば、何とかしてくれると。ただ、それは僕が見た欧州の試合では通じていなかった。
僕が先ほど『アスリート化した』と言ったのは、センターバックとサイドバックのことです。オフェンスを想像した人が多いかもしれませんが、その攻撃側の速い・強いが先にあって、それをやらせないように守備者たちがアスリート化してきたなと」
浅野賀一編集長(以下、浅野)「そうですね。アーセナルの守備陣は特にそうです」
川井「サッカーは世の中の縮図とよく言われますけど、こういうことは人類の進化と一緒ですね。だからこそ、各チームもそれにプラスしてフットボールの大前提であるボールを使って相手を動かし、スペースを作って、そのスペースができる時間、相手が与えてくれる時間は短いのですが、そこを突くことにフォーカスする。そのシンプルさが際立った試合でした」
――欧州は個人でどうにかできるものを全部封じた上で、一個先へ行っていると。
川井「そうです。もちろん、個人でぶっちぎる時もありますが、ただやはり、もう個体のところではある程度守備側がほぼ負けないよ、ということが成立してしまっているので、欧州はそれをどう崩すかで、今のシチュエーションに来ているなとあらためて思いました」
――最近のJリーグはロングボールが増えて、パワートレンドが目立つようになり、シティなど欧州のトップレベルとは違う方向というか、やはり一個手前にいると感じることはありますが、Jリーグの現状はどう思いますか?
川井「それ自体は全然ありというか、選手は自分のスタイルに合ったチームに行くべきですし、いろいろなスタイルがあっていいと思います。特に日本は文化的に、多様性も大事ですし。ただ、僕は『歴史は韻を踏む』という言葉が好きなんですけど、欧州の大体のチャンピオンチームはスタイルがある程度同じ、と言ったら語弊があるかもしれませんが、似たスタイルがチャンピオンになっています。もちろん、10年に1回はレスターのような(カウンター主体の)チームが王者になることもありますが、統計的にはレアケースですし、大きな括りで言えば、トップトップで勝つチームのスタイルは収束している。これは大前提だと思うんです。
その一方で、日本と欧州では一つ、圧倒的な違いとして気候がありますね。やはり今の日本の夏場に欧州のようなことをしても難しいです。そこはこぼれ球や局面勝負など、少しギャンブルをした方が勝つ確率は高いなと、あらためて思いました。
欧州は飲水タイムのようなものもないし、ゲームが止まること自体がほぼない。何度も欧州へ行かせていただく中で、昔から思っていましたが、スクイーズボトルがあまり置かれてないんですよね。Jリーグは周りにびっしり並んでいるのに。日本の夏場の環境が、ボール支配によるゲーム支配が主流にならない一因になっているのかもしれません。ただ、その辺りもまた変わってくるんじゃないかとも思います」
求められるのは、ハンドボールのような精密なブロック崩し
浅野「シティとアーセナルの試合は退場もあり、アーセナルが[5-4]のブロックで100%守備のような試合になりましたが、そうなった時に世界でも一、二の攻撃力を持つシティでもほぼ崩せませんでした。日本代表のオーストラリア戦でも[5-4]でガッチリ守られましたけど、ポジショナルプレーの原則をわかっている相手が本気で組織的に守りを固めてきた時にどう崩すか、川井さんが思っていることはありますか?」
川井「そうですね。まず、アーセナルは[5-4]で守っていたんですけど、途中から[6-3]に変えたんですよね」
浅野「そうでしたね」
川井「それはシチュエーションとして、アーセナルが1点リードしていることと、相手がシティであること、アウェイであること、その3つが大きかったと思いますが、アーセナルがあれほど割り切ったことには、僕も驚きました。その理由としては、守れる、という自信があったんでしょうね。スタジアムで見ていると、ほぼハンドボールです。やはりあのブロックを崩すのは非常に難しいですね。冒頭でも言ったように、アスリート化され、コミュニケーションも取れているので、やはり難しいです。いろいろな角度から攻めなければならないし、いろいろな方法を持たなければいけないけど、そこは本当に難しいと思います。
ただ、考え方ですね。例えばキックオフと同時に[5-4]のブロックで、ペナルティエリアに最終ラインを引くチームがあったとすると、もう試合前から相手は80%くらいの確率で劣勢だと思っている。その前提で入っているわけですよね。[5-4]のブロックは。よほどのカウンターの鋭さがあれば別ですが。そこは考え方で、僕は案外ラッキーだなと思うタイプです。相手はフットボールとして太刀打ちできないから、こっちのやり方で来たと。その時点で、僕は優位性を感じるタイプです。だから、その心をへし折る。[5-4]で守っても、2点差つけられて負けましたと。ああ、もうこのチームとやっても敵わないと、根本的な信念さえも壊す。それが重要かなと僕は思っていますね。
ただ、やはりJリーグの中で、まだまだセンターバックの質だったり、守備のところで単純なボールを跳ね返すことだったり、多くのチームができているわけではないので、そんなに様々な方法を持たなくても行けてしまうところもあると思います。でも、それを防いで、越えて、相手がこれではまずいなと思うようになった方が、絶対に楽しくなりますよね。様々な方法で、お互いのゴール前の攻防が増えるから。難しいけれども、僕はそこにやり甲斐を持っていました」
浅野「最近だと、フリックのバルセロナやコンテのナポリが中央に人を密集させたオーバーロード戦術で守備ブロックを崩す方法をやっていますが、今後のサッカーは個で崩すより、選手間のコミュニケーションや関係性で崩す方向に行きそうですか?」……
Profile
清水 英斗
サッカーライター。1979年生まれ、岐阜県下呂市出身。プレイヤー目線でサッカーを分析する独自の観点が魅力。著書に『サッカーは監督で決まる リーダーたちの統率術』『日本サッカーを強くする観戦力 決定力は誤解されている』『サッカー守備DF&GK練習メニュー 100』など。