オレンジとブルーのスタンド。揺れる心と滲んだ視界。携え直した優勝への覚悟。アルビレックス新潟を見守り続けてきた記者のルヴァンカップファイナル
2024年11月2日。国立競技場。JリーグYBCルヴァンカップ決勝。クラブ史上初めてのカップファイナルに挑んだアルビレックス新潟は、名古屋グランパスを相手にJリーグ史に残るような激闘を繰り広げた。選手たちが、チームスタッフが、クラブスタッフが、そしてサポーターが、心を1つに戦った120分間とPK戦を、彼らと同様に特別な想いを携えて記者席から見つめていた野本桂子が、改めて自身の目線で振り返る。
メモの文字は、読めないくらいに乱れている。興奮で手が、震えている。
ここは記者席だから、なるべく落ち着いて見なければ。試合の後、すぐに話を聞けるように、ちゃんと見ておかなければ。なんとか自制しようとしても、この圧倒的な非日常の世界では難しかった。見たことのない光景、味わったことのない感情が次々と押し寄せ、言葉に変換する前に涙になる。気付けば左右の手を結び、「頑張れ。頑張れ」と声が出ていた。
「ライターズ・ハイ」で乗り切った怒涛の日々
2024年11月2日、国立競技場。JリーグYBCルヴァンカップ決勝で、アルビレックス新潟は、名古屋グランパスと対戦した。新潟にとっては、クラブ史上初の決勝進出。この時点ですでに歴史を塗り替えてはいるが、ここまで来たら初優勝も夢ではない。
J2では優勝経験があるが、J60クラブの頂点に立つ、日本一をかけた優勝に近づいたのは、初めてのことだった。
10月13日に決勝進出が決まると、新潟サポーターが動いた。
新潟交通の応援バスツアーは即完売。試合当日、日帰りで新潟-東京間を往復する時間帯の上越新幹線の指定席は、あっという間に満席に。JR東日本は、2度に渡り上下線の増便を行った。また準々決勝を除き、今大会に出場を続けてきた稲村隼翔(JFA・Jリーグ特別指定選手)が通う東洋大には、新潟サポーターから100万円を超える寄付が寄せられた。観戦チケットも完売し、当日は大会史上最高の62,517人が詰めかけることとなった。
メディアも動いた。ファイナリストともなれば、各社で決勝に向けた特集企画が組まれる。新潟のクラブハウスには、番記者のみならず、新潟県内外からテレビ局や新聞社、雑誌社などが、入れ替わり立ち替わり取材に訪れた。
フリーライターとして新潟の取材を続けている筆者にも、複数の媒体から取材や原稿執筆の依頼が届いた。中でもレギュラーでお仕事をいただいているサッカー新聞エル・ゴラッソでは、初の決勝進出ということもあり、プレビュー記事に加えて選手やパートナー企業へのインタビュー、OBからの激励コメント集などの企画が立ち上がった。
制作期間は、決勝前までの約2週間。クラブ広報の協力を得て取材の段取りを進め、締切が早い順に、とにかく書いて、書いて、書き続けた。決勝を盛り上げるための記事だから、書いている自分もテンションが上がってくる。『ランナーズ・ハイ』ならぬ、『ライターズ・ハイ』? 2時間しか睡眠できない日もあったが、決勝に向けた記事を書けるうれしさで頑張ることができた。
天皇杯の甲府優勝を見て決勝をイメージする!
チームの過去最高順位は、2015年ヤマザキナビスコカップでのベスト4。当時と共通しているのは、チームに揺るがないスタイルが浸透していることだ。初めて準決勝に進んだ2015年は、ハイプレスとショートカウンターが新潟の代名詞だった。2012年6月から指揮を執る柳下正明監督体制の4シーズン目。準々決勝では、公式戦で9年ぶりに浦和レッズに勝利し、初めて準決勝へと進んだが、ガンバ大阪に敗れてベスト4に終わった。
そこから一歩前進し、決勝までコマを進めた今季は、松橋力蔵監督体制の3シーズン目(アルベル前監督から数えると5シーズン目)。主導権を握るためにボールを保持し、攻守に連動したサッカーを貫いて、ここまでたどり着いたのだ。
個人的に、国立での試合は、2023年のJ1第22節・名古屋戦、今年のJ1第23節・FC東京戦で経験している。場所としては想像できるが、満員の決勝のイメージがわかない。
いち観客としては、2023年のFCバイエルン・ミュンヘン対マンチェスター・シティ戦で65,049人の国立は経験済みだ。ただ、この試合はイベント的な要素が大きく、息を潜めてスター選手たちの技を見守る独特のムードだったので、あまり参考にならない。
そこで、録画を残していた2022年の天皇杯で優勝したヴァンフォーレ甲府のドキュメンタリー番組「“史上最大の下克上”〜ヴァンフォーレ甲府の野心〜」(NHK)を見ることにした。
大会は異なるが、サンフレッチェ広島との決勝は劇的なものだった。1−1で迎えた延長後半、交代投入されたレジェンド山本英臣が、ハンドでPKを献上。しかし、ベテランGK河田晃兵が、見事に相手のキックを止める。勝負はPK戦に持ち込まれ、決めたら勝利という場面で順番が回ってきたのが、山本。ペナルティスポットから落ち着いて仕留めると、甲府の優勝が決まった。感極まるサポーター。足をつっていたはずなのに、ベンチからゴール裏に突っ込んでいく長谷川元希。
自分がここにいたら、と想像しながら見ていたこともあってか、あまりにドラマチックな展開に鳥肌が立ち、体がしばらく震えていた。テレビで見た他チームでこれなら、眼の前で、ずっと見続けてきた新潟が、こんなにドラマチックな展開の試合をしたら、私は正気でいられるのだろうか。ちゃんと仕事ができるのだろうか。一気に心配になってきた。
国立競技場。前日練習から高ぶっていた気持ち
決勝の前日練習は、時間を分けて、国立競技場で行われた。
12時から新潟が練習。その後、両チームの監督と代表選手(新潟は堀米悠斗、名古屋はランゲラック)による合同記者会見があり、終了後に名古屋が練習を行うスケジュール。
練習公開は冒頭15分。新潟の選手は、いつもの前日練習と同じように、全員が参加した。ピッチサイドから見上げた空っぽのスタジアムが、明日は360度ぐるりと満員になると思うと、楽しみになった。それは、練習している選手たちが、一番感じていただろう。練習後の囲み取材で、秋山裕紀は「それはもう、みんな気持ちが高ぶっていると思います! でも今、力が入りすぎても良くないと思うので、リラックスしながら準備を進めていきたい」と、目を輝かせて語ったように。
千葉和彦はミックスゾーンに現れると、新潟メディアの面々に「一緒に戦うぞ!」と言わんばかりに、バチンと強めのハイタッチをしていった。……
Profile
野本 桂子
新潟生まれ新潟育ち。新潟の魅力を発信する仕事を志し、広告代理店の企画営業、地元情報誌の編集長などを経て、2011年からフリーランス編集者・ライターに。同年からアルビレックス新潟の取材を開始。16年から「エル・ゴラッソ」新潟担当記者を務める。新潟を舞台にしたサッカー小説『サムシングオレンジ』(藤田雅史著/新潟日報社刊/サッカー本大賞2022読者賞受賞)編集担当。24年4月からクラブ公式有料サイト「モバイルアルビレックスZ」にて、週イチコラム「アイノモト」連載中。