中継車を不要化、機械学習で指標開発、生成AIが実況…世界最先端を走るDFLとAWSの二人三脚
試合会場から放送局に電波を中継する中継車。移動式のスタジオとしてサッカー中継の映像制作を支えているが、ブンデスリーガやブンデスリーガ2部では「走らせる必要がなくなりつつある」という。その他にも機械学習で指標開発、生成AIが実況をするなど世界最先端を走っているDFL(ドイツサッカーリーグ機構)の関係者を通じて、AWS(Amazon Web Services)との二人三脚に迫ってみよう。
クラウド移行によって映像制作の遠隔化が可能に
「私たちは単なるリーグ機構ではありません。 “バリューチェーン”全体を自社で行っているテクノロジー企業でもあるんです。その戦略を映像の撮影から端末への配信まで担うという意味で『液晶(レンズ)から液晶(ディスプレイ)へ』と呼んでいます。あらゆる過程で技術開発を行いながらそれをさらに発展していける立場にあるので、私たちは世界で最も革新的なスポーツ組織の1つになれているのです」
誇らしげに自己紹介ならぬ自社紹介をしてくれたのは、ブンデスリーガとブンデスリーガ2部を運営するDFL(ドイツサッカーリーグ機構)のブンデスリーガ国際部門CMO(最高マーケティング責任者)ピア・ノーベルト氏だ。
7月28日にサンガスタジアム by KYOCERAで開催された京都サンガF.C.対VfBシュツットガルトに合わせて来日した彼の言葉にある“バリューチェーン”は、ビジネス用語で付加価値を生み出していく連鎖を指すが、サッカーリーグで言えば試合から様々な情報をパートナーやファンに届けるまでの「映像」→「制作」・「データ化」→「コンテンツ化」・「発信」という工程に置き換えられる。
一連の流れの中で同じ欧州4大リーグでもプレミアリーグが「データ化」をOpta、「制作」をTNT(旧BT)やSky Sports、「コンテンツ化」をIMGに任せているようにリーガとセリエAも部分委託しているものの、唯一ブンデスリーガはDFL社内で完結させてブンデスリーガ放送1試合で平均36万人以上、SNSで計4200万人以上の目に触れさせている。だからこそノーベルトCMOいわく「他の欧州リーグのどことも一線を画している」わけだが、業界最先端を走るにあたって世界最大のシェアを誇るクラウドサービスとの二人三脚があった。
それが2020年1月から機械学習やAIの導入も支援する公式テクノロジープロバイダーとして名を連ねてきたAWS(Amazon Web Services)との協業だ。
「このパートナーシップはお互いに3つのビジネスを着実に成長させている提携です。主に『コンテンツ制作』『データサービス』『ファン体験』の3分野で私たちは次のレベルへと進んでいます」(ノーベルトCMO)
先のバリューチェーンに重ねれば『コンテンツ制作』は「映像」「制作」「コンテンツ化」、『データサービス』は「データ化」、『ファン体験』は「発信」に当てはまるだろう。まず、『コンテンツ制作』でDFLは、AWSとともに映像制作やコンテンツ制作の業務効率化を進めている。
「私たちが何よりもまず行ったのがバリューチェーン全体をクラウド化することでした。最初のうちは時間を要しましたが今は100%クラウドに移行しています。その次のステップとして進めているのがコンテンツ制作システムの遠隔化、すなわち中継車の不要化です」(ノーベルトCMO)
ブンデスリーガやブンデスリーガ2の試合を中継する制作スタジオとして、アンテナ、スイッチャー、映像・音声ルーター、ビデオサーバー、マルチビュワー、インカムシステムなどが搭載されている中継車を各試合会場に1、2台送り込んでいたDFL。しかし、高速で通信できるAWSのクラウドに集約するとともに「今では全スタジアムとコンテンツ制作センターを光ファイバーで繋げたことでドイツ全土に中継車を走らせる必要がなくなりつつある」(ノーベルトCMO)。接続していたカメラはあらかじめ各スタジアムに最大36台を設置することで、最大100人を派遣していたカメラスタッフも数人にまで減らしており「今後数年以内には完全リモートに移行できる」そうだ。
「Bundesliga Match Facts」で伝えるストーリー性
そのカメラが記録しているのは映像だけではない。DFLとAWSはトラッキングデータやイベントデータも収集しており、各選手、ボールの位置関係や各プレーの時間関係等を記録したデータポイント数は1試合で計360万以上にも上るという。それらを機械学習サービス「Amazon SageMaker」で開発する『データサービス』の1つが、欧州1部最多の1試合平均ゴール数(3.3)を誇るブンデスリーガの魅力を伝えるべく「xゴール(ゴール期待値)」から始まった「Bundesliga Match Facts powered by AWS」だ。
他国リーグの放送でも見られる「シュートスピード」「スピードアラート(走行スピード)」「平均ポジション」「アタッキングキングゾーン」「勝率予測」のみならず、実際のゴール数からxゴールを差し引いて選手の決定力を求める「シュート効率」や8方向に分けて選手のパス傾向を可視化する「パス精度プロファイル」、選手がボールを持って相手に囲まれた時の回避力を測る「プレッシャー対応力」、「イニシエーター」「フィニッシャー」「ボールウィナー」「スプリンター」の4タイプに選手を分類して格付けする「スキル」などなど、さらに一歩踏み込んだスタッツを出しているのが特徴で、その項目数は15以上にも及ぶが、AWSの信頼性が高い低遅延なクラウドのおかげで大半をリアルタイム提供できている。……
Profile
足立 真俊
1996年生まれ。米ウィスコンシン大学でコミュニケーション学を専攻。卒業後は外資系OTAで働く傍ら、『フットボリスタ』を中心としたサッカーメディアで執筆・翻訳・編集経験を積む。2019年5月より同誌編集部の一員に。プロフィール写真は本人。Twitter:@fantaglandista