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横浜FCの知られざるMCO戦略(前編)。日本発プロジェクトのキーワードは「夢」と「移籍ビジネス」

2024.08.15

レッドブル・グループの大宮アルディージャ買収で日本でもマルチクラブ・オーナーシップ(MCO=複数クラブ保有)が注目されているが、実はJリーグにはすでにMCOを実践するクラブが複数ある。シティ・フットボール・グループに所属する横浜F・マリノスは有名だが、ONODERA GROUPの傘下にある横浜FCも独自のプロジェクトを展開しているのだ。ONODERA GROUPは2022年11月にポルトガル2部UDオリヴェイレンセの経営権を獲得し、現在は横浜FCの代表取締役CEOを務める山形伸之氏がオリヴェイレンセの代表を兼任している。今回はその山形氏とコミュニケーション戦略を主導している松本雄一氏にこのプロジェクトの全貌を語ってもらおう。

前編ではMCO実現の経緯、3つのビジョン、そしてJリーグが置かれている現状の中で移籍ビジネスの仕組み作りに活路を見出そうとする背景について掘り下げる。

もう1つの欧州への入り口を作りたい

――まず初めにUDオリヴェイレンセとの関係が始まった経緯を教えてください。

山形「経緯としては私が19年11月から21年8月まで、オリヴェイレンセの社長をやっていました。今も株主で残っている当時のオーナーが私の友人で、彼がちょうどコロナ禍の1カ月前にチームを買収して私に声がかかりました。私も以前シント=トロイデンで仕事をしてきた中で、鎌田選手や遠藤航選手、冨安選手の成功をちょうど目の当たりにしてきたので、日本人選手のヨーロッパでの入り口になるようなクラブがもう一個あったらいいんじゃないかという思いを抱いてチャレンジしました。ただ、コロナ禍でいろんな構想が崩れてしまい、収入が制限された中でも選手への給与はしっかり払っていたので、こういう状況下では正直私の存在が(金銭面で)重たくなっているなと感じていました。そのようなタイミングでFC東京から(GMの)オファーがあり、オリヴェイレンセは外から応援する関わりにとどめ、FC東京に籍を移すことにしました。

 その後、Jリーグに戻ってからONODERA GROUPの小野寺会長がちょうどポルトガルのクラブの買収先を探されているということで、共通の知人を通して私の方に相談がありました。それが当時、FC東京のGMをやっていた2022年ですね。『どこかいいクラブがないか』という話だったので、私が以前お仕事をさせていただいたクラブが共同経営者を探しているからもしご興味があればオーナーとおつなぎしますよ、というのが最初の経緯です」

――そこからONODERA GROUPがUDオリヴェイレンセの経営権を獲得したわけですね。

山形「そうです。クラブ買収の交渉には私は関わっていませんが、小野寺会長が前オーナーと話したり、直接クラブを見て決められたと後にお聞きしました」

オリヴェイレンセのエンブレム

――小野寺会長は買収時点でMCOのプロジェクトを構想していたということでしょうか?

山形「おそらく、その時点ではMCOが目的ではなかったと思います。ただ、私が小野寺会長と話した時に今言ったようなシント=トロイデンで私が感じていたことは伝えました。MCOで選手の価値を高めて売る移籍ビジネスの重要性やそれが日本サッカーの発展と日本人選手たちとってもプラスになるなどの話ですね。あと、横浜FCはもともと香港にクラブを持っていた時期があるともお聞きしていました」

松本「はい。横浜FC香港というクラブで今の横浜FCのスポーツダイレクターの福田健二がプレーしていました。そのような海外にクラブを持つ経験はあったのですが、UDオリヴェイレンセ買収当時にはMCO構想はまだなかったのではないかと思います」

山形「もっと純粋にONODERA GROUPや横浜FCの選手や社員が海外で経験できる場を作りたいという意図だったと思います。実際今もポルトガルに派遣されているのはONODERA GROUPの総合職の社員ですし、小野寺会長は大きな目線を持っている方で、グローバル人材を育てるだったり、若者が夢を叶える場所にしたいという文脈でお話しされていたと記憶しています」

――では、ONODERA GROUPのMCO構想が生まれたのは2022年に山形さんが横浜FCの代表取締役CEOとUDオリヴェイレンセのプレジデント(社長)に就任されたのがきっかけという理解でよろしいでしょうか?

山形「MCOが目的で私が指名されたかどうかは、わかりません。オリヴェイレンセでの経営を経験していて地元との関係性はすでにありましたので買収された後に現地の様子などについて相談をされることもありました。シント=トロイデンでの経験から日本人が経営する日本人選手のヨーロッパでの入り口となるクラブが2つ、3つあることが重要だと感じていましたし、Jリーグのクラブのオーナーこそがああいうクラブを持つべきだと考えていたので、お食事の席などで小野寺会長にそのようなことをお話しすることもありました。そのようにコミュニケーションを重ねる中でONODERA GROUPに来てくれないかとお誘いを受けたという流れですね。当時私はFC東京との契約が残っていたので葛藤は大きかったですが、ONODERA GROUPから直接FC東京(mixi)にきちんと話を通して送り出してもらえることになったので、オファーを受けさせていただきました」

インタビューに応じてくれた松本氏と山形氏

――今MCOは1つのブームになっていて、ベルギーやポルトガルのクラブはステップアップリーグとして多くの投資家から注目されています。そんな中、ポルトガル2部のUDオリヴェイレンセの経営権を獲得できた決め手は何でしょう?

山形「前オーナーはゲーム会社で成功している人物なんですけど、個人の資産でクラブを買ったんですよ。でもコロナ禍で経営が大変になってしまって、彼もどこかに助けてほしかったという状態でした。とはいえ、信頼できないところと組むのはリスクがありますよね。小野寺会長と前オーナーが意気投合できたことが大きいのではないでしょうか。ONODERA GROUPはサッカークラブも経営しているし、地元の人のこともきちんと考えてくれているので信頼されたということだと思います」

――このMCOプロジェクトが実際に動き出したのはいつでしょう?

山形「(23年の)1月からですね」

松本「1月頃に僕が山形に呼ばれて、まず社内に説明するところから始まりました。ONODERA GROUPの役員にMCOプロジェクトを説明する際に、僕に山形の考えをインプットしてもらって資料を作りました。夏前にリリースを出してメディアブリーフィングなどを行い社外にもアピールしていった流れですね」

――では、もともとは山形さんのビジョンということですね。

松本「そうですね。当時、横浜FCではスポーツ事業としてしっかり稼げるようになってください、というONODERA GROUPからのメッセージがあったと認識しています。22年に新スタジアムを作るという計画があってそれがいったん白紙になった状態で、新たな経営の柱を作る必要性がありました。そんな中で斉藤光毅選手の移籍金で過去3年の中で初めてクラブ財政が赤字ではなく、黒字になったという経験をしました。これが1個ヒントになったというのもありますね」

アカデミー生の80%が「欧州でプレーしたい」

――ONODERA GROUPのMCOとして3つのビジョンを掲げていますが、それぞれ教えてもらってもよろしいでしょうか?

山形「1つ目のビジョンとして『夢を叶えられるクラブ』というものがあります。一番大事なものなので最初に持ってきています。去年のアカデミー生、年代は中高生ですね、彼らに様々なアンケートを取ったんですよ。その中に『10年後に自分はどうなっていたいか?』という質問があって、回答の80%が『海外でプレーしている』だったんです。これはうちのクラブ特有の事情ではなく、間違いなくこの世代の縮図ですよね。私たちの世代で言うと、それでこそうちにいる奥寺(康彦)さんしか例がないので、とんでもない答えだなと思うんですが(笑)。今の若い人たちの実感としてはごく当たり前というか、そういう時代になってきています。それを実際のアンケート結果で再認識できました。Jリーグという団体があって、その基本理念として地域密着があり、それを司っているのがJクラブである我々です。その地域の80%の子供たちが海外に行きたいと言っているのなら、それを叶えられるクラブになることが方針として当たり前のことではないでしょうか。

2023年の横浜FCユース、ジュニアユースに所属する計80名が回答したアンケートの結果

 そのためにMCOであったり、アカデミーへの投資で仕組みを作り、斉藤光毅のような選手を再現性を持って、成功する確率を上げて育てていきたい。斉藤光毅選手の場合はアカデミーの指導者たちの努力が大きいけれど、もっとクラブ全体が関わって海外で成功させる選手を育てる仕組みの方に投資をするべきではないか、ということですね。そういうクラブを目指したいね、ということをみんなで共有してスタートしています」

松本「2つ目のビジョンである移籍金収入の獲得は、先ほども言ったようにクラブの財政が黒字化した時に何がプラスになって出たかと言えば、光毅の約2億円を超える移籍金でした。広告料収入、入場料収入、グッズ収入に次ぐ4本目の柱として移籍金をしっかり立てたいという狙いがあります。連帯貢献金、TC(トレーニングコンペンセーション)なども含めて、それをアカデミーへの投資に使うこともできます。例えば光毅の連帯貢献金として入った約1000万円を使って、アカデミーの人工芝を『KOKI SAITOフィールド』という名前でフルリニューアルオープンしました。今ユースとジュニアユースの選手たちは、そこで練習しています」

――本人もうれしいでしょうね。

松本「この間、光毅がちょうど欧州のシーズンオフで戻って来て、そこでサッカークリニックをしてくれました。そういう風にアカデミーの選手が育って世界に出て行って、クラブに戻ってきて 、それが次の世代の育成へと経験や資金として還元される。そういった仕組みを作る上でもMCOに可能性を感じています」

自身の名が冠された『KOKI SAITOフィールド』でスクール生と写真におさまる斉藤光毅

プレーヤートレーディングの中心地に「選手を置く」メリット

――横浜FCの代表取締役CEOである山形さんがオリヴェイレンセの代表を兼任しているのも大きいですよね。……

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オリヴェイレンセビジネスマルチクラブ・オーナーシップ山形伸之松本雄一横浜FC育成

Profile

浅野 賀一

1980年、北海道釧路市生まれ。3年半のサラリーマン生活を経て、2005年からフリーランス活動を開始。2006年10月から海外サッカー専門誌『footballista』の創刊メンバーとして加わり、2015年8月から編集長を務める。西部謙司氏との共著に『戦術に関してはこの本が最高峰』(東邦出版)がある。

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