筑波大学蹴球部・戸田伊吹ヘッドコーチが振り返る天皇杯120分間の真実(後編):柏レイソル戦
今年の天皇杯の大きなトピックスとして語り落とせないのは、筑波大学の奮闘だろう。2回戦ではFC町田ゼルビアと互角に渡り合い、PK戦の末にJ1首位を鮮やかに撃破すると、3回戦でも柏レイソルと延長までもつれ込む激闘を演じ、最後は力尽きたものの、大学サッカー界を牽引するチームの真価と意地を十二分に披露してみせた。そんなチームの指揮を執っているのは、大学4年生のヘッドコーチである戸田伊吹。自身もプロを目指せる実力を有していたにもかかわらず、2年時からは選手を辞して、指導者の道に足を踏み入れている。今回は戸田ヘッドコーチに天皇杯の2試合をたっぷりと語ってもらうインタビュー企画。後編では柏レイソル戦の120分間について、アカデミー時代を過ごした“古巣”への想いも含めて振り返ってもらう。
FC東京戦は監督とレイソルファンの部員が視察に訪れていた!
――今回は天皇杯3回戦の柏レイソル戦を振り返っていただければと思っています。まず、2回戦のFC町田ゼルビア戦が6月12日にあって、そこからアミノバイタルカップに入りますね。6月15日から30日の間に6連戦ですか。レイソル戦の準備はいつごろから始めました?
「もうアミノ(バイタルカップ)が終わってからですね。30日に最後の試合があって、そこからチームが4日間のオフに入ったので、自分はそのタイミングで前期のリーグ戦の振り返りを最初の2日間でやって、残りの2日間でレイソルの準備に取り掛かりました」
――一応、アミノの最後の試合からは中11日ですか。ちょっと時間はあったんですね。レイソルの試合はどのくらい見たんですか?
「レイソルも7試合だったと思います。自分の中でも6試合か7試合が最大かなと。見過ぎてもわけがわからなくなってしまうので、そのぐらいがいいかなと思っています」
――普段のリーグ戦でも、対戦相手の試合はそのぐらい見るんですか?
「見ますね。直近の4試合と、去年のウチとの試合を前期、後期とどちらも見ます。どんな感じだったかなということを思い出しつつ、相手にも去年から出ているメンバーもいますし、監督も変わっていないことが多いので、去年の感じを思い出しながら見て、今年のやり方を4試合分チェックすることが多いです」
――ちなみにレイソルは7月6日にFC東京とホームゲームを戦いましたが、この試合は見に行きましたか?
「本当は見に行きたくて、スカウティング申請も出していたんですけど、練習の関係で行けなくなってしまったので、小井土さん(小井土正亮監督)に行ってもらいました(笑)」
――この試合は行きたかったですよね。
「行きたかったですね。結局、小井土さんとレイソルファンの部員が2人で行きました(笑)。アナリストが一応記載するためのレポートを渡したらしいんですけど、あまり大した内容は書かれていなかったみたいなので、単純に応援していたんでしょうね(笑)。レイソルファンは結構多いんですよ。毎回柏熱(地帯)で応援している人もいます」
――へえ。そうなんですね。では、実際に分析してみたレイソルの印象を教えてください。
「攻守においてしっかりとオーガナイズされたチームだなというのが印象的で、特に攻撃のところは大枠のやり方は変わらずとも、誰が出ているかによって試合内容は変わるかなと感じましたけど、クオリティは高いなと思いました。逆に守備のところは井原(正巳)監督になってから、本当にしっかりと整備された[4-4-2]のゾーンっぽい守備をするなと思ったので、最後のところは堅いですし、ボールを持たせてもらえても、深いエリアまでは侵入させてもらえないだろうなとは思いながら、試合を見ていました」
――この試合も相手はターンオーバーというか、リーグ戦にレギュラーで出ているような選手はスタメンでは出てこないなという予想でしたか?
「そうですね。その後の日程も含めて、ある程度ターンオーバーしてくるだろうなとは思っていました」
――たとえば町田戦で準備したものが、この試合にも生きた部分はありましたか?
「それこそセットプレーは町田の時と変えた部分で、レイソルもセットプレーは攻守においてしっかり準備しているチームだなという印象があったので、ミーティングをかなり分割しました。レイソル戦の前は4日連続でミーティングしましたね。セットプレーの守備、攻撃、オープンプレー、それまでの振り返りみたいに分割して、ちょっと選手にはストレスだったかもしれないですけど、できるだけその日にトレーニングするものだけを抽出してミーティングしました。それは準備の段階で若干変えたところですし、町田戦の時もいつもより細かめに情報を伝えた上で、トレーニングに入ったので、それはレイソル戦にも生きたかなと思います」
発表されたレイソルのスタメン。「『ガチで勝ちに来ているな』と思いました(笑)」
――筑波がこの試合をどう戦うかという部分で、考えていたことを教えてください。
「大枠は町田の時と変わらなかったですね。守備は本当に粘り強く守ることがベースで、敵陣ではアグレッシブにボールを奪いに行くけれど、無理ならしっかりと構えたところから粘り強く戦おうと。町田の時と少し違ったのは、より自分たちが奪ってからのロングカウンターが肝になるかなと思っていたので、そこをより強調してトレーニングにも臨みました。攻撃のところは、ボールはしっかり保持できるかなと思っていたので、いかに保持したところから相手のゴールに迫るかというところと、どうやって点を獲るかというところは、町田の時よりも少し明確にして、トレーニングにもゲームにも臨みました」
――具体的な攻め筋としては、どういうところをイメージしていたんですか?
「ゴール前まで行くところに関しては、しっかりと後ろで3枚を作って、相手の2トップのところを越えることと、そこからはもうライン間が完全にカギになるなと思っていて、そのままもうハーフスペースでターンするのか、もしくは閉められてから、外から中への斜めのボールなのかという、その2つがカギになるなと思っていたので、そこを強調しました。
あとは野田(裕喜)選手の後ろのところがポイントになるなと思っていたので、ファー気味のクロスでセンターバックの後ろのところを狙おうと。ポケットからそことか、アーリー(クロス)からセンターバックの後ろのポイントというのは、チームで狙って入りました。でも、より意識したのはカウンターのところですね。サイドバックが高い位置を取るチームなので、相手の2センターバックの脇が攻め筋だと思って、準備していました」
――戸田さんにとっては、日立台でレイソルと戦うことが何より特別なシチュエーションでしたね。
「正直、あまり実感がなかったです。メディアの方にもたくさん来ていただいて、フィーチャーしていただいたんですけど、今までの試合と大きく変わった部分はなかったのに、いざ当日になって日立台に着いた瞬間に、急に凄く湧き出てくるものがありました」
――会場に着いた時に湧き出てきたものというのは、言葉にすると、どういうものだったのでしょうか?
「僕はレイソルのアカデミーを卒団してから、日立台にレイソルの試合を見に行ったことがなかったんです。なので、久々にあのピッチに入って、懐かしさもあり、でも、『ここでレイソルを倒すんだ』という決意も湧いて、これも幸せといったら語弊があるかもしれないですけど、なんか温かい気持ちになりましたね。あと、試合前にはアカデミーが練習していて、今年はまだ顔を出せていなかったので、そこに挨拶には行きました。『倒します!』と言っておきましたよ(笑)」
――僕は試合前のアップが終わったタイミングで、戸田さんと佐々木雅士選手がちょっと会話しているのを見ましたよ。佐々木選手は「イブに『汗かきすぎ』って言われました」と話してました(笑)。
「握手だけかと思ったら、メッチャ汗かいているのに抱き着いてくるから、『汗かきすぎ』って言いました(笑)。それこそ僕はアップが始まる前からグラウンドに出ていて、サポーターの佐々木雅士のコールが始まったのを見て、『ああ、アイツも頑張ってるんだな』って凄く感じましたし、凄く嬉しかったですね。感慨深かったです」
――筑波のスタメンを見ると、町田戦からは福井(啓太)選手、徳永(涼)選手、角(昂志郎)選手が入れ替わりで入っています。この試合のスタメンはどういうチョイスでしょうか?
「1つ自分の中で大きかったのは、この試合に懸ける想いがキーになるかなと思っていたので、そういう意味では小川(遼也)も凄く良いパフォーマンスを発揮してくれていたんですけど、福井はキャプテンとしてこの大会に懸ける想いが大きかったですし、徳永はレイソルに所属していた選手ですからね。とはいえ、やはりパフォーマンスと相手との噛み合わせで、自分たちがどういう戦い方をしたいかというところから逆算して、そのメンバーをチョイスしました」
――それこそこの3人は、リーグ戦でも結構スタメンで出ていましたからね。
「そうですね。あとはレイソルの失点の特徴が前半15分までに多いということもデータとしてわかっていて、サブに主力級の選手が控えているであろうことは町田戦の経験からもわかっていましたし、いかに前半のうちに先制点を獲れるかがカギになると思っていたので、もう前半からその時のベストメンバーで、フルパフォーマンスで殴りかかるというのは、チームでも共有していたところでした」
――レイソルのスタメンを見た時の率直な印象はいかがでしたか?
「『ガチで勝ちに来ているな』と思いました(笑)。センターバックはリーグ戦でも出ていた古賀(太陽)選手と野田(裕喜)選手で、他の選手もサブに入っているような選手ばかりで、ある程度主力を次のリーグ戦に温存した中で、出せるベストメンバーを組んできたのかなとは思ったので、『倒しがいのあるメンバーだな』と感じましたし、田村(蒼生)と内野(航太郎)も言っていましたけど、細谷(真大)選手と(マテウス・)サヴィオ選手をいかに引っ張り出せるかで、そこからが本当の勝負になるなと思いながら、メンバー表を見ていました」
失点シーンで感じた“準備不足”への後悔
――では、立ち上がりの攻守両方の印象を教えてください。
「失点が15分ぐらいでしたよね。そこまでは想定の範囲内というか、良い入りはできたと思いますし、ファーストシュートも田村が1本目を打って、その後も立て続けにゴール前まで迫るシーンは作れていたので、『あそこで決め切りたかったな』とは終わった今からは思いますけど、みんなの気持ちが良い入りに繋がりましたし、失点してからも慌てることなく、みんな良いプレーができていたので、おおよそ想定内の立ち上がり15分だったかなと思います」
――4分にGKの佐藤(瑠星)選手が外ではなく縦に付けて、徳永選手がうまくターンして、加藤(玄)選手が縦に刺しこむと。安藤(寿岐)選手がハーフスペースで受けて、最後は田村選手がシュートまで持ち込みました。このシーンは、この日の決意表明みたいな良いシーンでしたね。
「『お、瑠星、そこ付けるのか!』とは思いましたけど(笑)、あのプレーが完全にチームに勢いを付けましたね。自信を持ってプレーしていたなと思います」
――このプレーには2つのポイントがあったと思っていて、まずは戸田さん的な観点で言うと、田村選手のシュートを佐々木選手がキャッチしたじゃないですか。アレはどういうふうに見ていました?
「ボールを持った時に『蒼生は打つだろうな』とは思いましたね(笑)。このゲームを象徴するようなプレーだったなとは、その時も感じていましたし、だからこそ『オマエ、その角度なら決めろよ』とも思いましたけど(笑)、彼のこのゲームに対する想いも見られたので、良いシュートだったと思います」
――もう1つのポイントは安藤選手があのスペースに潜っていたことで、得に失点するまでは筑波のサイドバックかサイドハーフが、レイソルのボランチの脇のギャップで受けて前を向くシーンが非常に多かったですよね。アレは狙っていたんですか?
「狙っていました。『あそこがポイントだな』と思っていましたし、アレは安藤だからこそできるプレーだと思うので、非常に良いプレーでした。あそこで安藤が前を向いてからスピードアップできたのが良かったですね。ボール保持に掛かるのではなくて、仕留めに掛かるという、あの姿勢は共有していたことでもあったので、非常に良かったなと思います」
――失点は16分です。野田選手が打ち込んだ縦へのクサビを、山本(桜大)選手がワンタッチでフリック。抜け出した木下(康介)選手が1対1を沈めたと。あのシーンはどういうふうに振り返りますか?
「自分たちの守備の穴を突かれたというか、守り方を若干変えていた部分があって、相手がウチの4バックに対して、同じ枚数を並べてくるなと思っていたので、ウチのサイドハーフがちょっと相手のサイドバックに引っ張られるような守備をしていて、ちょうど引っ張られたところに相手の右サイドハーフの鵜木(郁哉)選手が流れて、そこに加藤が釣られたことで、徳永と加藤のダブルボランチの間に縦パスを刺されたんです。
そこから2センターバックも引っ張り出されての失点だったので、あそこは相手のクオリティが高かったのもある一方で、守備のディテールまでは準備しきれなかったというか、提示しきれなかったので、そこは自分の中では後悔が残りますね」
――結果的にレイソルの前半のシュートはこの1本だけだったんですけど、アカデミーの後輩に当たる山本選手のフリックと、木下選手の決定力と、そこのプロのクオリティは感じましたか?
「『これがJ1で試合に出ている選手なんだな』とは感じましたし、町田戦の時もそうでしたけど、それ以外のシーンでも選手個々のクオリティは、まだまだウチの選手とはかなり差があるなとは感じました」
――失点してからの全体のゲームの流れは変化したという印象ですか?
「たぶんレイソルが落ち着いてゲームを進めることができたのかなと。井原さんからの指示もあったと思うんですけど、僕らの攻撃に慣れた部分があって、それが筑波の攻撃の停滞に繋がったので、あの失点はゲームの流れを変えたかなと思います」
――ボランチの脇のスペースも少しずつ閉められたなと。
「閉められましたね。相手のサイドハーフも、わざわざウチのセンターバックに対して引っ張られてまで行く必要がなくなったので、優先順位がちょっと変わった感じはしました。前から奪いに行くところから、いったん構えて、そこからカウンターに出ていこうよという雰囲気に変わったことは、試合を見ながら感じていました」
ハーフタイムの微修正。立ち位置は変えずに人を代える
――前半は0-1で終了しました。ハーフタイムでチームに強調したことはどういうことでしたか?
「基本的に何か大きな問題はなかったですけど、ボールは持てているけれど、最後のところまでは進ませてもらえていないなという感覚はあったので、『守備の形は大きく変えずにそのまま行こう』という話はしました。
攻撃のところで誰がどこに入るかを調整して、そこに入って行くタイプのキャラクターを変えたのが、一番大きな修正だったかなと思います。[3-1-4-2]の立ち位置は変えずに、3枚の右に池谷(銀姿郎)を入れて、右のワイドに角をある程度固定して立たせて、徳永を1列前に上げるような感じにして、大きな狙いのところはほぼ変えずに、ライン間に刺せれば刺して、それが無理なら外から中のコースを作ろうと。[3-1-4-2]の“4”の位置の徳永と田村はどんどんランニングを起こして、空いたスペースに2トップの半代(将都)と内野が入って来ようという話はしました。
あとは、明らかに試合前の準備の段階から狙っていた野田選手の後ろのところは、かなり空いているなというのはベンチから見ていてもそうでしたし、中でプレーしている選手からもそういう声が上がっていたので、右に角を、左に安藤を置いて、もうチャンスがあればどんどんクロスを上げていこうと。そこに早めに上げれば、相手もラインバックが早くなりますし、そうすれば今度は中が空いてくるので、特に野田選手の背後へのクロスは早めに狙っていこうということは共有しました。
それも含めた選手のポジションチェンジの大きな狙いは、右でより単騎で突破できる選手を作るということと、徳永が結構ネガティブトランジションのところで良い働きをしていたので、デコイランで走る役にもなりつつ、失ったあとにそのまま奪い返してほしいというところが1つです。
あとは基本的に自分たちがピンチになっていたのは、攻撃しながら敵陣で奪われて、そのままカウンターを食らっているシーンがほとんどだったので、もう後ろの3枚を固定させて、よりリスク管理のところは徹底しながら、より敵陣に押し込む時間を増やすことと、同サイドを突破するのか、早くサイドチェンジをするのか、そのジャッジを速くしようと。相手も頑張ってスライドしてきていた分、アレはもう持たないと思ったので、繰り返して、繰り返して、空いてきたら中に刺して、無理なら外から中と、これをひたすらやり続けようという話をして、後半に送り出しました」
――後半も良い形で入りましたね。47分には加藤選手、角選手と繋いで、半代選手の右クロスは中と合わなかったものの、形は良かったと。55分にも田村選手、内野選手、加藤選手とパスが回って、角選手のシュートはGKにキャッチされると。
「後半も『うまく入れたな』という感覚はあっただけに、ここで一発持ってきたかったなというのも感じました」
――58分にレイソルが3枚代えをしてきました。鵜木選手、戸嶋(祥郎)選手、木下選手に代わって、山田(雄士)選手、サヴィオ選手、細谷選手が入ってくると。
「先輩が2人いましたね(笑)」
――確かに!(笑)これはやっぱり「引っ張り出したな」という感じもありましたか?
「引っ張り出した感じはありましたけど、『早いな』とも思いましたね。『もう仕留めに来たんだな』と」
――60分には筑波にも1人目の交代があります。ボランチの徳永選手に代えて、高山(優)選手が入りました。これはもともと想定していたんですか?それとも相手の交代を受けてですか?
「ある程度想定していたところではあったんですけど、相手の交代を受けて『もう決断するしかないな』となった部分もあります。徳永が1列前で本領を発揮するタイプではないのはわかっていたので、そこで攻撃に繋がるアクションやプレーが得意な高山を入れて、攻撃を活性化させたいというのが大きな狙いで、彼に伝えたのはよりサイドバックの裏へのアクションを増やすことと、彼はキックの部分が非常に優れている選手で、自分たちがシュートまで行けるシーンも増えてきていたので、セットプレーが重要になるかなとも思って、高山をあのタイミングで入れました」
――これが結果的に“采配ズバリ”に繋がる布石なんですけど(笑)、この交代がゲームの流れに与えた影響はどう感じていましたか?
「高山も落ち着いて試合に入りましたし、彼のところから何回か良い攻撃も生まれているので、無難な交代ではあったのかなとは思います」
古巣対決に燃える盟友・田村蒼生を交代させた理由
――68分にサヴィオ選手の右コーナーキックから、こぼれを再びサヴィオ選手がクロスを上げて、熊坂(光希)選手のシュートが枠を外れたと。ここは失点していてもおかしくないシーンでしたが、やっぱりサヴィオ選手は凄かったですか?
「相当凄かったです。それこそゲーム前の準備の段階でも、自分たちが勝っていたらサヴィオ選手にマンツーマンで人を付けるのもアリかなと思って、そういう想定もしていたんですけど、ちょっとあの段階で自分たちのバランスを大きく崩すわけにはいかなかったんですよね。池谷はあまり足が攣らないんですけど、サヴィオ選手が出てきてからマッチアップが増えて、延長の早い段階で足も攣っていたので、そういう意味では全体の負担が増えたのは間違いないですね。かなりクオリティが高かったです。試合が終わって選手たちと話していても『サヴィオはヤバい!』と言っていました(笑)」
――76分にレイソルは足が攣った川口(尚紀)選手に代わって、関根(大輝)選手がそのまま右サイドバックに入りました。ほとんど同じタイミングで筑波も半代選手と田村選手に代えて、廣井(蘭人)選手と小林(俊瑛)選手が入ります。もう残り時間は15分ですね。ここはどういう意図の交代ですか?
「何かを起こしに行かないといけないタイミングだったというのはありながら、田村と半代もかなり疲弊をしていて、機能していないなと思っていたので、特徴がわかりやすい廣井と小林を入れて、よりシンプルな攻撃をしようと。外から早めのクロスを増やしながら、それがあるからライン間が空いてくるようにというか、困った時の出口を少しわかりやすくして、より思い切った攻撃が出るような狙いを持って、彼らを入れました。あとは高山の時にも話しましたけど、あの時間帯は『何かあるならセットプレーかな』と思っていたので、左利きの廣井と高さのある小林はこのタイミングだなと思いましたね」
――ここで“指揮を執る人”としてのポイントとしては、レイソルアカデミー出身の田村選手を下げたと。この試合に懸けている彼の想いは、戸田さんが誰よりもよくわかっていたと思いますが、この交代には一切の感情は介在していないんですよね?
「ああ、でも、引っ張れるだけ引っ張ったとは思います。『何かを起こしてくれるだろうな』とは試合前からずっと思っていましたし、試合を見ながらも思っていたので、やれるところまではやらせようと考えていたんですけど、もう完全に機能しなくなっていたので、あれ以上遅くなると何も残らなくなるかもしれないなと思って、代えました」
――あの交代にある意味で指揮官の腹の括り方というか、覚悟を見た気がしたんですよね。
「あれ以上引っ張って、アイツのプレーが良くなかったら、それはアイツの評価を下げるだけですし、自分は『勝つためにやるべきことをやる』と決めてこの職に就いているので、さすがにちょっと決断は遅くなりましたけど、あそこがギリギリでした」
――そして、80分に同点ゴールが入ります。高山選手の左コーナーキックが古賀選手に当たって、オウンゴールという形で追い付くと。このゴールはどう振り返りますか?
「ニアのところは準備していましたし、小林があそこに思い切って入っていったことと、高山のボールもピンポイントでは入らなかったですけど、あのスピードの良いボールを蹴ったからこそ、古賀選手もブラインドになって対応しづらかったと思うので、自分たちが準備したジャストな形ではなかったですけど、準備したからこそ生まれたゴールでしたし、クオリティと特徴が噛み合ったゴールだったのかなと思います」
――それこそセットプレーに期待して高山選手を投入していたわけで、これは“采配ズバリ”ということでいいですか?(笑)
「いやいや、選手が良く応えてくれたなと思います(笑)」
――このゴールが入った瞬間、一番最初に考えたのはどういうことでしたか?
「『ここで一気に勝負には出られないな』とは思いましたね。前にクオリティの高い選手が残っていましたし、同点にはなったものの、キワキワのプレーが連続していたので、ちょっと1回落ち着かせて、どうするかを考えないといけないなとは凄く思いました。振り返ってみると、あのタイミングでもう1枚交代カードを切って、『ここで仕留めに行くぞ』というメッセージを入れても良かったかもしれないですし、そこは結果論なのでわからないですけど、1つの試合の分かれ目にはなったのかなと思いますね」
――同点に追い付いてから、ピッチの選手たちにはここからのゲームの進め方は伝えたんですか?
「得点後は少し様子を見て、声は掛けずに、熊坂選手が攣った時に選手が集まるタイミングがあったので、『ここから行こう』という話はしました」
――熊坂選手から高嶺(朋樹)選手への交代が85分ですね。残り5分プラスアディショナルタイムで勝ちに行くと。
「はい。そういうことを伝えました」
――この試合も実は90+1分と90+5分には、相手に決定機がありました。どちらもサヴィオ選手のシュートです。これは……助かりましたね(笑)。
「助かりました(笑)。彼らが交代で出てきてからは、プレッシャーに出ても、一発のロングボールからのフリックで外されたりしましたし、そこは彼らの個人の質の高さを改めて感じました」
延長前半に失点。スコアラーはアカデミーの先輩・細谷真大だった
――1-1で90分間が終了して、延長戦に入ります。正直シーズンの中でも、延長戦を戦うシチュエーション自体がほとんどないと思うのですが、ここで町田戦の経験が生かせた部分はあったでしょうか?
「今シーズンの僕らは延長を戦うのが3回目で、アミノでも1試合あったので、延長に入ったタイミングでのベンチワークとか、コーチングスタッフからどういう情報を選手に与えるかというのはある程度整理できていましたし、それはあの経験があったから、何の迷いもなく行えたのかなと思います。選手も『ここからが天皇杯だよ!』と言ったりしていて、中の雰囲気も非常にポジティブで、『ここから食ってやるぞ』という彼らの意志も凄く伝わってきたので、ピッチ内外において経験は生きたのかなと思います」
――延長に入る前に選手たちに強調したことと、こういう戦い方をしたいなと思っていた狙いを教えてください。
「基本的には町田の時と同じように、交代で入っていた選手もいたので、立ち位置のところと攻守の大きな狙いは伝えた上で、よりモチベーションに働きかけることはメインで、選手たちには『ここからが天皇杯だ!楽しもうぜ!』という声を掛けて送り出しました。
今年のチームの特徴的なこととして、選手がメチャクチャ喋るんですよ。ハーフタイムもそうですし、ロッカーに帰ってきてからもそうで、みんな自分の意見を持っているので、それをお互いに伝え合っているんですね。こちらもそれぞれで喋らせる時間を作って、それから自分がまとめることも多いんですけど、延長になった時もそういう感じがあったので、『何の問題もないな』と思って、自信を持って送り出しました」
――94分にレイソルはここも足が攣った片山(瑛一)選手に代えて、ジエゴ選手が出てきます。ここでレイソルにとって、1つ前の試合のFC東京戦にスタメンで出ていた選手が……。
「8人になりましたね(笑)」
――そうなんです!これは非常に凄いことじゃないかなあと。
「引っ張り出した感じはありました。ただ、逆に言えば自分としてはそこが凄く迷ったところで、ジエゴ選手が出てきた一方で、池谷もだいぶ疲弊していたので、そこをいつ代えるか、そこに誰を入れるか、ということは迷いながら過ごしたのが、失点するまでの数分間でした。それこそ残り30分で山田選手とサヴィオ選手と細谷選手が入ってきて、だいぶウチのサイドバック陣は対応に奔走して、疲弊していて、その分全体の負担も増えてはいたので、そこで交代に踏み切れずに失点まで持っていかれたなというのは悔いが残るところです」
――そして、100分に失点します。サヴィオ選手の右コーナーキックに、細谷選手のヘディング。これはどういうシーンだったでしょうか?
「それこそ右サイドの廣井と加藤の間にサヴィオ選手が顔を出して、そこからミドルシュートを打たれて、その流れからのコーナーキックで失点したので、正直に言えば『クオリティ高いな』というのはありますけど、それこそさっき言ったみたいに池谷が相当疲弊していて、コミュニケーションもかなり取りづらくなっていたので、そこを早めに代えてあげれば、もしかしたらコーナーキックの前のシュートシーンでも、マークの受け渡しで廣井がどっちを守るのかということはもっと整理できたのかもしれないですし、実際に1失点目も同じような守備のやり方のところからの失点ではあったので、そこは悔しい想いが自分の中にあります。ただ、セットプレーに関しては質も高かったですし、プロの意地をまざまざと見せつけられた感じはありますね」
――またゴールを決めたのが細谷選手で、よく知っている人じゃないですか。
「悔しいのが全然ゴールパフォーマンスをしないと(笑)。やっぱり必要な時に結果を出しますよね。エースって感じがしました」
「改めて素敵なクラブですし、素敵なスタジアムだなと思いました」
――失点の直後に角選手と池谷選手に代わって、鈴木(遼)選手と小川選手が入ります。この交代は失点の前から準備していたんですか?
「準備していました。失点するちょっと前に2人を呼んで、いろいろ伝えて、『よし、じゃあ行ってこい!』と言った瞬間に失点したので、『ああ、ちょっと遅かったな』と。あのタイミングでは、もう延長の前半はゼロに抑えて、後半まで様子を見る時間を作ってもいいかなと思っていたので、ちょっと遅かったですね」
――失点の時に、細谷選手にマンツーマンで付いていたのは池谷選手ですよね。しかも、その池谷選手を代えようかどうか迷っていたと。結果的にはそこが関わって決勝点が生まれたわけですが、そういう采配の難しさは感じましたか?
「凄く感じましたね。自分たちが挑戦する側なのに、少しリアクション気味の交代になってしまったところが試合を通してあったので、そこは自分に少し勇敢さが足りなかったですし、自分の采配の実力不足を感じました。それこそトップトップのレベルになったら、その決断が正解かどうかは別にして、もうジエゴ選手が準備したタイミングで、鈴木と小川を呼んで、そこに対しての対策を打つと思うので、そこが遅れたのは悔しいです」
――このレベルでそれを体感できるのが凄いことです。延長の後半開始から福井選手に代わって、竹内(崇人)選手が投入されます。福井選手も足が攣っていた感じですか?
「足も攣っていましたし、もう点を獲りに行かないといけなかったので、5枚にしていた後ろを4枚に戻して、『点を獲りに行くぞ』という話をしました。それで廣井を左に移して、外から内野と小林にガンガンクロスを上げて、そのセカンドボールを竹内と高山で拾って、もう足を振れるチャンスがあればどんどん振っていけという話をして送り出しましたね。あそこは『もう行くしかない』と思っていました」
――107分に決定機が訪れます。小林選手のシュートは、わずかに枠の左へ。竹内選手のクロスでしたね。
「そうでした。『ウワー!!』って感じでしたね。『そこ、枠持っていけないか』と(笑)。あそこが枠に持っていける細谷選手との違いなのかなと。小林本人が一番悔しいと思います」
――120+2分に竹内選手の惜しいシュートもありました。
「頭を抱えましたね。でも、相手も最後にブロックには来ていたので、そこは粘り強かったなと思います」
――試合が終わります。1-2の敗戦でした。タイムアップの笛が鳴った時には、どういうことを考えましたか?
「うーん……あまり実感がなかったというか、その時は悔しいという感情よりも、『ああ、終わっちゃったな』という感じが大きかったです。本当に試合にのめり込んでいましたし、メチャメチャ楽しかったので、その時間が終わってしまったことが凄く残念で、あの時はそういう感情が強かったですね」
――やっぱり楽しかったんですね。
「楽しかったです。僕らにとっては非日常でしたし、普段は得られないものしかなかったので。でも、悔しかったですね。勝ちたかったです」
――井原監督が握手に来てくれました。
「『あ、ヤバい!来させてしまった!』と(笑)。ちょっと待たれていたので『ヤバい!ヤバい!』と。いつも小井土さんは先方よりも先に挨拶に行くスタイルなんですけど、井原さんの方が早かったですね」
――試合が終わった後の選手たちの表情はどう見えていましたか?
「自分と同じような感情だったのかなと。『終わっちゃったな』とか『悔しいな』という顔をしている選手が多かったんですけど、凄く印象的だったのは、最後まで出ていた選手が帰ってきて、彼らと握手をする時に、加藤が凄く充実した顔をしていたんです。それを見て『ああ、やり切ったんだろうな』と思いましたし、悔しい想いは持ちながらも、選手も持てるものは出し切ってくれたので、充実した時間だったんじゃないかなと思いました」
――試合後、レイソルのサポーターに挨拶した時はどういう気持ちでしたか?
「ああ、何だろうなあ……。でも、あのぐらいから『悔しいな』という想いが湧き出てきていて、ちょうど2年前もあそこから挨拶しましたけど、同じような光景ではあったので、2年前に比べればできることは増えていますし、成長を感じる一方で、勝利には届かなかったわけで、凄く素敵な空間を作ってくれたサポーターに対する感謝と、届かなかった悔しさと、いろいろな感情が入り混じっていましたね。メチャメチャ良いスタジアムだなというのは、もう試合前もそうですし、試合が終わってからもそうですけど、凄く実感したので、改めて素敵なクラブですし、素敵なスタジアムだなと思いました」
レイソルとの“再会”で定まった覚悟。指導者として描く未来予想図
――レイソル戦が終わって少し経った今、120分間への率直な印象はいかがですか?
「本当に選手たちはやり切ってくれましたし、持てるものは出し切ってくれたと思うので、だからこそあのレイソルの守備を打ち破るための“もう一手”が自分の中に欲しかったですし、失点を防ぐための準備と交代策の力が欲しかったなという想いがあるので、全体としては良いゲームができましたし、それに対する充実感やいろいろなものを感じられた一方で、勝てなかった悔しさや、勝たせられなかった悔しさを感じたのが、あのレイソル戦だったかなと思います」
――戦い方としてはある程度自分たちの思い描いていた試合ができたというイメージですか?
「大枠はそうだと思いますけど、今から振り返ってみると、もしかしたらレイソルからしても想定内だったんだろうなとは感じますし、最後はやっぱり形よりも質だとは思うので、指導者として選手を成長させないといけないですし、もっと選手たちができることを増やせるように、働きかけないといけないなとは強く感じた試合でした」
――日立台のテクニカルエリアから見た景色はいかがでしたか?
「いや、もう最高ですよ。それこそ今回はアウェイチーム側から見たものですら凄い景色だったので、もう井原さんのところから見えているものはまた別のものなんでしょうし、逆に言えば井原さんのところに立っているからこそのプレッシャーや難しさもあると思うので、そこに挑戦したいなとは思った時間でしたね」
――やっぱりレイソルの監督になるというのは、これからの1つの大きな目標ですか?
「そうですね。この間の天皇杯を受けて、『あそこに監督として立ちたいな』とは凄く思いました」
――あとは、今回のピッチには知っている選手がメチャメチャ多かったわけじゃないですか。かつては同じエンブレムを付けて一緒に練習もしていた選手で、一方の戸田さんはもう選手ではなく、指導者として対峙しているって、どういう感覚だったんだろうなって。
「うーん……自分はレイソルの人間なんですけど、それよりも筑波の人間なので、レイソルの彼らも凄く良い選手だったんですけど、『良い選手だけど、ここは穴になるな』とか、そういう見方をしていたんですよね。そういう意味では試合前までは仲間として見ていましたけど、アップが始まった瞬間からは敵だったなって。それは凄く思いました。
知っている選手ですし、尊敬していますし、好きなヤツらだからこそ、自分が持っているものを勝つために出して、全力で向かっていきたいという気持ちが凄く強かったので、だからこそミーティングでも佐々木雅士の右足を狙いに行っていましたし(笑)、彼らができないことも知っていて、強みにしているところも知っているので、そういう特別な関係だからこそ、本気で勝ちに行っていたなと思います」
――彼らはもともとよく知っている選手たちではありながら、今はプロサッカー選手じゃないですか。その彼らと対戦相手のヘッドコーチとして、この年齢で対戦すること自体がほとんどないケースだと思うんですけど、そのことによって戸田さんの指導者としての在り方とか、今後の指導者としての考え方に、何か影響を与えることはあるでしょうか?
「仲間ではありましたけど、彼らはプロなんだなということは凄く感じました。僕らにとっては本当にチャレンジの1試合でしたけど、彼らにとってはあの試合に自分の人生が懸かっていますし、そういうところで戦っている彼らを見て、改めて尊敬しましたし、自分が飛び込もうとしている世界もそういうところで、もっと言えば指導者という立場で考えれば、そういう選手たちを育てないといけないわけで、むしろ指揮官になれば多くの人の人生を背負って決断をしないといけないわけですよね。
彼らの中の覚悟もピッチの中で凄く感じましたし、それは基準にしないといけないなと思って、筑波の選手にも終わってから伝えました。改めて自分がここから目指すべき場所を教えてもらえましたし、どういう振る舞いで、どういう覚悟でこの仕事に臨まないといけないのかということは、再確認させてもらった場所だったのかなと思います」
――最後にお聞きしますが、ここからどういう指導者になっていきたいと思っていますか?
「自分が今までお世話になった指導者の方々が、本当に人間として尊敬できる素敵な方々だけだったので、そういう指導者になりたいなという想いは自分の中にあるんですけど、筑波のトップチームで指揮を執らせてもらっている中で、やっぱりチームを勝たせる指導者になりたいですし、もっと選手を上手くさせられる指導者になりたいなというのは、ここまでいろいろな経験をさせてもらって感じているところです。
なので、そこにたどり着けるように、もっとできることを増やさないといけないですし、もっともっと成長しないといけないなというのはこの半年間でも思っていますけど、この天皇杯での町田とレイソルとの戦いを受けて、本当により大きく感じたところなので、もう1回ここから自分の中でいろいろなものを変えていきたいと思っています」
――指導者って楽しいですか?
「楽しいですね」
――即答だ(笑)。やっぱり楽しいですか。
「楽しいですね。本当に何回も言っていますけど、この環境にいられることが幸せですし、当たり前ではないんです。選手たちは同じ年代のヤツに自分の人生を預けているわけで、それを認めてくれる彼らや小井土さんには感謝しかないですし、だからこそしっかりと向き合いたいなと思っています」
Profile
土屋 雅史
1979年8月18日生まれ。群馬県出身。群馬県立高崎高校3年時には全国総体でベスト8に入り、大会優秀選手に選出。2003年に株式会社ジェイ・スカイ・スポーツ(現ジェイ・スポーツ)へ入社。学生時代からヘビーな視聴者だった「Foot!」ではAD、ディレクター、プロデューサーとすべてを経験。2021年からフリーランスとして活動中。昔は現場、TV中継含めて年間1000試合ぐらい見ていたこともありました。サッカー大好き!