V・ファーレン長崎が負けない。盤石な戦いで勝ち切る試合があれば、驚異的な粘りから土壇場で追いつく試合もある。結果、J2・24節終了時点で22戦連続無敗という記録を継続中だ。思えば、シーズン開幕前は監督人事で揺れた長崎だったが、あのときの負の流れが今では正の連鎖へと振り替わるような流れに突入している。いったいが何が起きているのか。長崎の番記者である藤原裕久がレポートする。
想定外の連続からの躍進
「チームは生き物」
チームスポーツを取材しているときに指導者からよく聞く言葉である。なるほど、確かにそうだろう。チームは常に成長し、変化する。苦しい場面で思わぬ力を発揮したかと思えば、好調から一転、自ら崩れて思わぬ停滞へ陥り、不安定だった戦いが何かをキッカケに強者のそれへと変貌することも珍しいことではない。何しろ自我の塊であるプロという個を集めて、組織にしようというのだ。そこに定まった成長パターンや強化策は存在しようがなく、指導者たちはあの手この手でチーム作りにトライするが、その成果が想定通りになるかは結果が出るまでわからない。そういう意味で、チーム作りとは想定外との戦いと言っても良いだろう。
そして、今季の長崎ほど想定外と戦っているチームは珍しいだろう。何しろ開幕前の時点で「契約を更改したはずの監督とコーチが突然の退任」である。それにともない「補強と強化スケジュールが確定したあとでの新指揮官就任」、「緊急でのコーチ陣の交代」、「契約満了予定選手の見直しと残留」など、つぎつぎと想定外が連鎖した。普通に考えれば、「今年の活躍はない」というような状態である。
だが、J2第24節を終えた今、長崎の成績は14勝9分け1敗の勝点51でリーグ2位。1試合平均獲得勝点は一般的な優勝ペースと言われる「2」を越え、敗戦は第2節のみの僅か1敗。以降はクラブ新記録であり、J2の連続無敗記録2位となる22戦無敗(14勝8分け)と絶好調。2012シーズンに甲府が記録したJ2最多連続無敗記録の24まであと2に迫っているのだ。
真の意味での2セット分の戦力
周囲の予想を覆す成績という意味で、まさしく「想定外」の成績を叩き出している長崎だが、その裏には「想定外」に対応するために準備し続けてきた、いわば「想定内」が存在する。そして、その準備を生かして下平隆宏監督が構築した戦い方こそ、長崎好調の要因「2セット戦略」である。
「対戦相手だったときから長崎を見ていて、選手はそろっているなと。だから、長崎が指揮を執る人材を探していると聞いてこちらから逆オファーしたし、このチームならやりたいサッカーがやれると思った」
以前から長崎の戦力を評価していたという下平監督だが、その印象は就任して確信に変わった。当然だろう、FWにはトップに昨季のJ2得点王フアンマ・デルガド、アタッカーに中村慶太、サイドには増山朝陽や澤田崇、中盤には加藤大と山田陸、サイドバックに米田隼也と飯尾竜太朗、CBに櫛引一紀と新井一耀など計算できる戦力がズラリと並ぶ。
そこに松澤海人、安部大晴、笠柳翼、田中隼人といったポテンシャルのある選手がそろい、当時はまだ覚醒していないものの、マテウス・ジェズスといった逸材までいるのだ。「特に前線は本当に誰が出てもおかしくないレベル。お世辞抜きに2セットぶんの戦力がある(下平監督)」というだけの戦力を持つJ2クラブはそうそうない。
そして、この「2セットぶんの戦力」があることこそ、下平監督が求めていたものだった。
「5人交代制になって戦い方はずいぶん変わったと思います。11人のうち5人も変わればやるサッカーが大きく変わる。1回の交代で3人交代とかもあるから余計に変わりますよね。5人も交代できることで、疲労を考慮した交代を細切れにすることで流れを変えないようにすることもできるし、特に前線は交代されることが多いからシーズン中の消耗が減る。相手のスタイルや状況によって使う選手も変えられるし、交代できる選手、交代して仕事のできる選手が多くいるということが今のサッカーでは本当に大事なんですよ」(下平監督)
確かに、5人交代制となったことでゲーム中の走力や強度の低下は大きく軽減された。逆に、交代策をいかに上手く活用するか、交代策で活用できる戦力をどれだけ整えているかが試合結果を左右する重要な要素となっている。そんな中途半端な質のポゼッションでは交代策という量に勝つのが難しくなった時代に、高い個を揃えていたとすればどうなるか。長崎の試合を見てみれば、その結果は一目瞭然である。
先発した現J2得点王のエジガル・ジュニオと交代して出てくるのは、昨季のJ2得点王フアンマである。左ウイングでは縦に抜けるドリブラーの松澤の動きが落ちれば、笠柳という変幻自在のドリブラーが入る。加藤やマテウスの動きが落ちれば、チーム屈指の技術を持つ山田や狭いエリアにもぐっていける名倉巧の出番だ。GK原田岳が調子を下げたと思えば、若原智哉が先発で出場してクリーンシートに貢献する。
すべての時間帯で「全力」を体現
……
Profile
藤原 裕久
カテゴリーや年代を問わず、長崎県のサッカーを中心に取材、執筆し、各専門誌へ寄稿中。特に地元クラブのV・ファーレン長崎については、発足時から現在に至るまで全てのシーズンを知る唯一のライターとして、2012年にはJ2昇格記念誌を発行し、2015年にはクラブ創設10周年メモリアルOB戦の企画を務めた。