23-24もやります!全試合みるマンと振り返るプレミアリーグの戦術トレンド5つ
再びアーセナルとのデッドヒートを制したマンチェスター・シティの4連覇で幕を閉じたものの、リバプールも食い下がった三つ巴の優勝争いが終盤戦まで繰り広げられるなど、例年以上に盛り上がった2023-24シーズンのプレミアリーグ。昨季に続いて全380試合を見届けた「全試合見るマン」ことマッチレビュアーのせこ氏と、戦術トレンド5つを振り返ってみよう。
①無敵ではなかった2強
今季のプレミアリーグを牽引したのが1位マンチェスター・シティと2位アーセナルであることは疑いの余地がないだろう。他のチームに比べると明らかに安定感が異なっていた。特筆すべきは強固な守備ブロックだろう。1試合平均失点1を下回ったのはこの2強だけだ。
シティはマヌエル・アカンジ、ルーベン・ディアス、ナタン・アケ、ジョン・ストーンズらCB陣がローテーション、アーセナルはガブリエウとウィリアン・サリバの2枚看板を固定とそれぞれアプローチは異なるが、相手に簡単に得点を与えなかったという結果は同じである。ともに90ゴール超えと得点力も申し分はなく、この2チームが最終節まで熾烈な優勝争いを繰り広げたのは必然である。ただ、シティもアーセナルも無敵だったわけではない。
前人未到の4連覇を達成したシティだが、チームのコンディションとピーキングの管理には少し苦労したように見えた。特に気になったのはビッグマッチでの成績。もちろん、リーグ戦なので直接対決に勝たなくとも総勝ち点で上回れれば問題はないものの、アーセナル、リバプールという優勝争いの直接のライバルからは白星を上げることはできなかった。
実際に連覇を目指したCLでも思うような成績を残せていない。準々決勝で優勝したレアル・マドリーに当たったくじ運の悪さもあったが、ストーンズが偽CBとしてハマった昨季の[3-2-5]のような「これがこのシーズンの真骨頂!」というべき姿は、なかなかリーグ戦でも披露できなかったように見受けられる。ラヒーム・スターリング、リヤド・マレズと純粋なウイングが2季連続でいなくなると、昨季は大車輪の活躍を見せたジャック・グリーリッシュが負傷に苦しみ、新加入のジェレミ・ドクはジョーカー止まりでスターターとして軸になり切れず。リーグ年間最優秀選手に輝いたフィル・フォデンは明らかに一段上の選手になったが、ライン間の住人としてケビン・デ・ブルイネの担っている役割をシェアするテイストがほとんどだった。
このワイドのポジションを他の選手に任せる分の出力低下を補えなかったのが要因だろう。サイドで揺さぶる手段に加えて、中盤からそのギャップに対して入っていくのが上手いイルカイ・ギュンドアンがいなくなった影響もある。大外に走るSBにパスを送り、自らがボックスに突撃していくロドリはこの両面で不足を埋めていたが、彼への依存度が上がっている裏返しでもあるだろう。ハイプレスに出ていく時間もシーズンを追うごとに少なくなっており、敵陣からガンガン追いかけ回す凄みは少しずつ失われていた。もちろん、ベースとしてシティが強いチームなのは明らか。強固な骨組みの上に一戦必勝用のギアアップの手段を作れるかどうかが、来季のポイントになるだろう。
対するアーセナルはシティに比べるとハイプレスなどチームとしての強度は年間通じて保てているように見えた。しかし試合の中で優位を得られない時に点を取りにいけない。CL決勝ラウンドのようなジリジリと拮抗した展開になると、どうしても主導権を握れる時間は少なくなる。そこで流れを変える一手を打てなかったり、単騎でゴールに迫れる選手がいなかったりして、30節のシティとの直接対決でもスコアレスドローに泣いた。おそらく、現有戦力の中で独力での陣地回復が最も期待できるのはガブリエル・マルティネッリだが、負傷と復帰後のコンディション低下で決め手にはなれずシーズンを終えている。そこを前線の補強でいかに補っていくか。今夏の移籍市場で要注目だ。
②シティ対策に必要な2条件
そんな首位シティを倒したのは3チーム。ウォルバーハンプトン(第7節/2-1)、アーセナル(第8節/1-0)、アストンビラ(第15節/1-0)が、それぞれホームで王者を返り討ちにしている。彼らの戦いぶりを振り返ってみよう。まずはウルブス。[3-4-2-1]で構築された守備ブロックでアンカーのマテオ・コバチッチを1トップのマテウス・クーニャがケア。そうした極端な後ろ重心でも戦うことができたのは右シャドーのペドロ・ネトの存在が大きい。爆発的な加速で自陣から敵陣まで一気にボールを運ぶことができるドリブラーの存在によって、そのゲームプランは成立していた。
一方のアストンビラとアーセナルは、よりボールを保持したターンにおいてきっちりチームで前進することができる。前者は前線がくさびを収めたところからのパス交換からミドルシュートを連発し、後者は自陣に引きつけてのプレス回避から押し返せていた。決勝点に左SBの冨安健洋が絡んでいるということは、少なくとも彼が攻め上がる時間を作れていたことの証拠でもある。
そしてこの2チームも守備は強固。アーセナルは先に挙げた両CBはもちろんとして、SBの対人守備とウイングのプレスバックで簡単にサイドを割られなかった。アストンビラはボランチのブバカル・カマラが躍動。ブロックの穴を埋める嗅覚が抜群で、サイドだろうとDFラインだろうと空いているスペースに先回りして攻め手を潰していく。アプローチは異なるがシティ相手に押し込まれても抵抗する手段があったのは確かだ。
まとめると、シティに勝つために必要な条件は「①ローブロックで耐えることができる」「②引いた状態からでも出て行く手段がある」の2つ。後者の代わりとしてFA杯決勝のマンチェスター・ユナイテッドのようにハイプレッシングからエラーを誘う方法もあるが、そのプレス耐性を考えると難易度が高め。そして、彼らのリーグ戦の3敗はすべてロドリが欠場しているという身も蓋もないデータもある。
つまり、チャレンジャーにより重要なのは「①ローブロックで耐えることができる」だろう。シティ相手に引いて受けることは文字にすれば簡単だが、実装するのは難しい。24節(●2-0)のエバートンのように引くこと一辺倒では70分以降にギアアップする猛攻に耐え切れないチームもあったし、最終節(●3-1)のウェストハムのように1つのミスからあっさりと守り抜く意義を失ってしまったチームもあった。
特にエバートンのケースは象徴的。今のプレミアリーグにおいて、スペースがあるシチュエーションで攻め切れないアタッカーしか抱えていないチームはほぼないが、結局のところボールを奪った後の絵を描けなければ、シティの強力なバックスがそろっている状況に対して押し返すことができない。跳ね返す先のビジョンを持たずに耐えるだけでは苦しいのである。結果的にやぶれかぶれのプレスに出ていってしまうチームも多かった。
そうなれば、プレス耐性ではほぼ無敵のシティはさらに楽になる。対戦相手が低いブロックで耐えられないという悲しい未来予想図からさらにスペースを与えて苦しくなるという現象は、まさに彼らの狙い通りだろう。それだけペップ・グアルディオラ監督の下で多くの勝ちパターンを積み上げてきたということだ。
③上位陣の明暗を分けたビルドアップ
その下の欧州カップ出場権争いで明暗を分けたのは、ビルドアップにおける安定感だった。……
Profile
せこ
野球部だった高校時代の2006年、ドイツW杯をきっかけにサッカーにハマる。たまたま目についたアンリがきっかけでそのままアーセナルファンに。その後、川崎フロンターレサポーターの友人の誘いがきっかけで、2012年前後からJリーグも見るように。2018年より趣味でアーセナル、川崎フロンターレを中心にJリーグと欧州サッカーのマッチレビューを書く。サッカーと同じくらい乃木坂46を愛している。