J2の14節を消化した時点で7ゴール、2アシストを記録。抜群の存在感でV・ファーレン長崎を牽引するマテウス・ジェズスの変貌ぶりが凄まじい。昨季はまだ「もったいない」存在だったが、指揮官が変わったこと、その上での徹底管理も功を奏し、持てるポテンシャルを如何なく発揮し始めている。
昨季はまだ“ファンタジー枠”の一人だった
サッカー界には、高いポテンシャルを持ちながら『何か』が足りずに力を発揮しきれない選手がいる。その『何か』が、スピードや高さといった数値化が可能なものであれば、問題点が明確なぶん、動き出しの判断を高めたり、位置取りを変えたりといった別の方法でカバーすることも可能だろう。実際、プロの大半は、その『何か』をそれぞれの形で克服することでピッチに立ち、選手としてのキャリアを積み上げていく。
だが、本人のモチベーション、センス、感覚といった数値化できないもの、特にメンタル面の問題であればどうだろうか。周囲は、これまで『何か』が足りなくとも、プロの世界を生き抜いてきたのだから『何か』を克服すれば、どれほど活躍できるかと考える。だが、当の選手は、これまで『何か』が足りなくともキャリアを積み上げてきた経験があるので、無理に改善しようとはしない。必死に『何か』を克服してプロの世界を生きてきた選手たちから見れば、何とももったいない話である。
しかも、当の選手には「手を抜こう」とか、「いい加減にやろう」というつもりのないことが多いので始末が悪い。結局、そういった選手は「何か」を改善できぬまま「未完の大器」としてキャリアを終えるか、年に数試合だけ輝くか、短時間で結果を出す短期決戦型の選手として数シーズンだけ活躍して、チームを去ることが少なくない。
サポーターはそんな選手をいつか覚醒するのではないか、近い将来にチームの絶対的な存在となるのではないか、と華々しい活躍を期待する。その選手が試合の中で見せたプレーに一瞬のきらめきを感じ、胸を高鳴らせ、希望を未来へとつなぐ。一部、サッカーファンは、そんな選手を、空想や想像力によって生み出された物語や世界観を指す言葉を使い「ファンタジー(fantasy)枠」と呼ぶ。魔法やドラゴンのような空想上の存在に近いという位置づけには、期待することを止められない自虐の意味もあるのだろう。
そんな選手が何かのきっかけで目覚めたらどうなるか。
その瞬間にファンタジーはリアルへと姿を変える。何かが足りない、惜しい選手は一気に完成体となり、リーグの枠を越える選手となる。
長崎で2シーズン目を迎えるマテウス・ジェズスは、まさにその過程の中にいる。母国ブラジルの英雄、ロナウドのあだ名を拝借するならば、長崎のファンタジー枠だった彼は、J2のフェノーメノ「怪物/超常現象:Fenômeno」になりつつある。
マテウス・ジェズスの第一印象は「もったいない」
長崎に来て、間近でマテウスを見た下平隆宏監督の第一印象は「もったいない」だったという。
「ポテンシャルはあると思ったんですが、コンディションの部分で絞り切れていない印象を受けました。データ的にもリミットをオーバーしていた」……
Profile
藤原 裕久
カテゴリーや年代を問わず、長崎県のサッカーを中心に取材、執筆し、各専門誌へ寄稿中。特に地元クラブのV・ファーレン長崎については、発足時から現在に至るまで全てのシーズンを知る唯一のライターとして、2012年にはJ2昇格記念誌を発行し、2015年にはクラブ創設10周年メモリアルOB戦の企画を務めた。