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アルヘンティノスはなぜ貴田遼河を獲得したのか?“世界の苗床”で挑む18歳の日本人【SD独占取材】

2024.03.13

2月4日、名古屋グランパスに所属するストライカー、貴田遼河のアルヘンティノス・ジュニオルス加入が発表された(2024年12月31日までの期限付き移籍)。昨年5月に高校3年生でプロ契約を結んだ将来有望の18歳が、日本人選手としては高原直泰以来というアルゼンチン挑戦に至った経緯とは? Chizuru de Garciaさんがアルヘンティノスのトレーニング施設を訪れ、クラブのスポーツディレクターに話を聞いた。

マラドーナ、そして数々の名手を育んだ唯一無二の地

 アルゼンチンの首都ブエノスアイレスの市街地から南西に位置するバホ・フローレス地区。サン・ロレンソのホームスタジアムを含む複数のスポーツクラブの施設が点在する区域だが、犯罪多発ゾーンとして知られる市内最大のスラム街「ビジャ1-11-14」が隣り合うことから、住み慣れた市民でさえも気軽に散策できるような地域ではない。

 アルヘンティノス・ジュニオルスのトレーニング&育成センター(Centro de Entrenamiento y Formación del Fútbol Amateur)、通称CEFFA(セッファ)は、そのバホ・フローレス地区にある。四方を囲むセメントの壁はまるで砦の役目を果たしているかのように、広大な施設を周辺の殺伐とした世界から完全に切り離し、一歩足を踏み入れればそこは平穏な空気に包まれている。私が訪問した時はちょうどジュニアチームの練習が始まる前で、ぶかぶかのユニフォームを着た子供たちが保護者に手を引かれ、続々と到着していた。

 正門をくぐって真っ先に視界に入ってくるのは、カフェテリアの入り口に大きく描かれたディエゴ・マラドーナの壁画だ。8歳の時に入団してから15歳でのプロデビューを経て、ボカ・ジュニオルスに移籍するまでの約12年間をアルヘンティノスで過ごしたマラドーナはクラブの誇りであり、CEFFAでトレーニングに励む選手たちに大きなモチベーションを与える存在でもある。私が壁画の写真を撮っていると、傍にいた年配の男性から声をかけられた。

 「キダの取材に来たのかい? 彼は日本のユース代表のFWなんだってね」

 名古屋グランパスからアルヘンティノスに移籍した貴田遼河については、クラブのソシオ(会員)たちも興味を抱いているようで、その男性はさっそく動画サイトで貴田選手のプレー集を見たという。私が「今日は貴田ではなくラウル・サンソッティに話を聞きに来た」と答えると、「ラウルならここではなく、あっちにいるよ」と言いながら、カフェテリアとは反対の方向にある建物を指差した。その先にはCEFFAに隣接するトップチーム専用施設があり、クラブOBであるセルヒオ・バティスタの名前が付けられている。

マラドーナの壁画と練習に向かう少年たち(Photos: Chizuru de Garcia)

 アルゼンチンには「シンコ・グランデス」と呼ばれる5大クラブ(ボカ・ジュニオルス、リーベル・プレート、ラシン、インデペンディエンテ、サン・ロレンソ)があるが、そこに含まれなくともアルヘンティノスは過去、強豪クラブと代表チームへ主力級の人材を継続的に送り出してきた。マラドーナとバティスタの他、クラウディオ・ボルギ、フェルナンド・レドンド、フアン・ロマン・リケルメ、フアン・パブロ・ソリン、ディエゴ・プラセンテ、エステバン・カンビアッソ、ファブリシオ・コロッチーニ、ルーカス・ビグリア、アレクシス・マカリステル、ニコラス・ゴンサレス、ネウエン・ペレスなどはその代表的な例で、最近ではフェデリコ・レドンドがクラブの歴代高額移籍金ランキングで4位につける金額(745万ドル)でリオネル・メッシのいるインテル・マイアミに移籍したばかり。また先のプレオリンピコ(五輪予選)では、出場したメンバー23人のうちアルヘンティノスから3人の選手が選ばれた。CEFFAで活動する下部組織には「Semillero del mundo=世界の苗床」という俗称が付いているが、その名の通り、才能の種を発掘、育成してはプロの世界に次々と送り出す機関として、唯一無二の実績と歴史を誇っているのである。

 そのアルヘンティノスが今回、日本人の18歳の選手を獲得したことは現地のスポーツメディアでも大きく取り上げられた。なにせアルゼンチンのクラブが日本人選手と契約を交わすのは、ボカに入団した高原直泰選手以来、実に22年半ぶりなのだ。私のもとにもスポーツ紙の記者から貴田選手に関する問い合わせがいくつかあり、アルヘンティノス移籍に至るまでの経緯も聞かれたが、それは自分も一番知りたかったこと。同クラブのスポーツディレクターを務めるラウル・サンソッティに話を聞きに来たのもそのためだった。

「プレーでも人間性でも、将来性のある選手を厳選した結果が彼だった」

……

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Profile

Chizuru de Garcia

1989年からブエノスアイレスに在住。1968年10月31日生まれ。清泉女子大学英語短期課程卒。幼少期から洋画・洋楽を愛し、78年ワールドカップでサッカーに目覚める。大学在学中から南米サッカー関連の情報を寄稿し始めて現在に至る。家族はウルグアイ人の夫と2人の娘。

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