今の10代にいかに伝えるか?探求は続く。フォルミサーノと考える育成の未来(後編)
【対談】アレッサンドロ・フォルミサーノ(ペルージャ監督)×片野道郎(イタリア在住ジャーナリスト)
情報のグローバリゼーションによって、育成の現場でも最先端のアプローチが全世界で共有され、同時にクラブごと、国ごとの特徴や独自性は薄まっているとアレッサンドロ・フォルミサーノは言う。その現代において、違いを生む要因となる育成の理念、それに基づくシステムやメソッドから「5年前のやり方すら通用しない」今のティーンエージャーたちがピッチ上にもたらす変化まで。イタリアでカルト的な人気を誇る新世代監督が自身の野望とともにお馴染みの片野道郎氏に語ってくれた『フットボリスタ第100号』掲載の対談を前後編に分けてお届けする。
ペルージャの育成メソッド責任者として。時代遅れなイタリアの現実を変革したい
片野「それは育成メソッド責任者としてのアレッサンドロが『モダンサッカー3.0』の中で語ってくれた話でもありますよね」
フォルミサーノ「はい。私は今もペルージャで育成部門のメソッド責任者を兼任しているのですが(編注:取材後の2023年12月にトップチーム監督へ昇格)、実感として言えるのは、異なるプロセスの中で育ってきた16~17歳のタレントを『開発』するよりも、育成年代前期から時間をかけて我われのプロセスの中で選手を『形成』する方がむしろ易しいということです。私がここに来る以前に関わってきたナポリの育成クラブからは、20人以上がプロクラブのアカデミーに引き抜かれて行きました。ベネベントとペルージャで私の下で育ち、今はセリエBやCのプロクラブでプレーしている選手も10人以上います。いずれも、私が構築した育成システムの中でそのプロセスとメソッドを通じて成長した選手たちです。
選手の『形成』について言えば、イタリアで最もコンスタントかつ高いレベルでそれを続けているのは、間違いなくローマのアカデミーです。地元ローマ県内から8歳の子供たちを集めてスクールから育成年代前期のプロセスに乗せる一方で、14歳でそれをいったんふるいにかけると同時に他県や州外から優れたタレントを獲得してそこに加える、そしてU‒14からU‒19まで5年間、引き続き1つのプロセスの中で『形成』していくというシステムを持っている。輩出されるのは、個のクオリティが高く、ローマというクラブのアイデンティティを帯びた選手たちです。トッティやデ・ロッシの昔から『ローマ印』は1つの保証書のようなものです。今のトップチームにもペッレグリーニ、ザレウスキ、ボベ、そして今年上がったパガーノという4人の生え抜きがおり、他にもフロレンツィ(現ミラン)、ロマニョーリ(現ラツィオ)、ポリターノ(現ナポリ)からフラッテージ(現インテル)まで、イタリア代表クラスを数多く輩出してきました。
もう1つ、より育成に特化して質の高い仕事をしているのがエンポリです。アタランタもすでに触れた通り、『形成』と『開発』の両面でイタリアではトップレベルの育成クラブと言えるでしょう。これらのクラブは、長年培ってきた育成クラブとしてのシステムとメソッドを時代に合わせて改良し、新しいアプローチも部分的に取り入れながらアカデミーを運営しています。それに対して、4年前からアメリカ資本になったベネツィアは、バルセロナのラ・マシアからディレクターを引き抜いてアカデミーの再構築を任せ、完全にスペイン式のシステムとメソッドを導入しています。成果が出るまではまだ時間がかかるでしょうが、イタリアではこれまでになかった試みです」
片野「逆に言うとイタリアではまだ、昔からの伝統的なシステムとメソッドによる育成が主流であり、情報のグローバリゼーションによって世界中で共有されつつある最新のアプローチは広まっていないということですか?」
フォルミサーノ「残念ながらそういうことです。ローマやアタランタも含めて、イタリアのほとんどのクラブには育成部門全体にとって共通の基盤となる育成の理念、クラブとしてのビジョンとメソッドが存在していません。旧来からの教科書的なメソッドに従って、個々の監督がそれぞれのやり方でトレーニングを行い、試合を戦っている。U‒15のレベルからすでに目先の勝利を追求するための戦略や戦術をチームに教え込み、選手たちもそういう側面には長けていくけれど、高いレベルのボールスキル、ボールを保持して前進するための個人戦術、ゲームの中での的確なプレー選択といったモダンサッカーに求められるクオリティは磨かれないままです。かつてはマルディーニやバッジョ、トッティやピルロ、ネスタやカンナバーロを擁していたイタリア代表が、今では所属クラブですらベンチに座っているような選手たちをスタメンに立てて戦い、ウクライナとぎりぎりで引き分けてようやくEUROの出場権を得ているというのは、象徴的な事実です。EURO2020での優勝は明らかにオーバーパフォーマンスであって、イタリア代表の現実は2大会連続でW杯出場を逃し、24チームが出場できるEUROの出場権をやっと手に入れるレベルにとどまっているということの方です」
片野「その中で、さっき例に上がったベネツィアや、アレッサンドロがプリマベーラ監督だけでなくアカデミーのメソッド責任者も務めているペルージャのような先端的な事例が、ピッチ上の結果ではなく選手の輩出という観点から目に見える結果を残して、影響力を持つようになるのをじっくり待つしかないのかもしれませんね」……
Profile
片野 道郎
1962年仙台市生まれ。95年から北イタリア・アレッサンドリア在住。ジャーナリスト・翻訳家として、ピッチ上の出来事にとどまらず、その背後にある社会・経済・文化にまで視野を広げて、カルチョの魅力と奥深さをディープかつ多角的に伝えている。主な著書に『チャンピオンズリーグ・クロニクル』、『それでも世界はサッカーとともに回り続ける』『モウリーニョの流儀』。共著に『モダンサッカーの教科書』などがある。