右足ハムストリングの負傷で今季の前半戦を棒に振ったものの、1月の復帰後は11戦2ゴール11アシストと、ブランクを微塵も感じさせない働きを披露しているケビン・デ・ブルイネ。プレミアリーグの歴代アシストランキングで3位に浮上したチャンスメイカーは針の穴を通すようなキックの名手として知られるが、左右両足から繰り出す正確無比のシュートやパスをいっそう際立たせているのはその準備段階、オフ・ザ・ボールとオン・ザ・ボールだ。マンチェスター・シティで唯一の個人戦術と個人技術を、東大ア式蹴球部テクニカルユニットの高口英成氏が分析する。
世界中のシティズンにとって、開幕節は勝利こそ手にしたものの2023-24シーズンは最悪のスタートだったと言えるだろう。加入1年目のアーリン・ホーランドと破壊的な相性の良さを見せつけ3冠の立役者となったペップ・シティの顔とも呼ぶべき存在が、負傷により交代を余儀なくされたからである。負傷期間は実に5カ月にも上り、イルカイ・ギュンドアンやリヤド・マレズら主力の退団も重なってスカッド事情はかなり厳しかったと予想される。しかし復帰戦となるFAカップ3回戦ハダーズフィールド戦で早速1アシストを決めると、続くプレミアリーグ第21節ニューカッスル戦では大暴れ。70分からの出場で1ゴール1アシストを決めて逆転勝利を手繰り寄せ、圧倒的な存在感をあらためて認識させたのは記憶に新しい。
復帰後数試合を終えた現時点で、あらためてケビン・デ・ブルイネのボール保持でのプレーについて、個人戦術、個人技術の観点から考えてみたい。とりわけ、高精度のクロスやパス技術を一層強力なものへと昇華させるミクロな駆け引きにスポットを当てることで、今やインサイドハーフ(以下IH)の1つのロールモデルともなりつつあるその役割をつまびらかにしていこう。
はじめに断っておかなければならないのは、デ・ブルイネの戦術的優位性を支えるキック技術や推進力は、様々な解釈のもと、多様な戦術的手段をもってマンチェスター・シティ指揮官ペップ・グアルディオラによって表現されており、ペップ政権を追っていく上で常に主力となり続けてはいるものの、そのタスク(こと細かに与えられているというよりも、陣容やシステムに合わせてデ・ブルイネが望むべき方向へと適応するようにペップが仕向けていると見るべきだろう)は微修正が繰り返されているということだ。思い返せば初期はポケットを取りに行く動きからの低弾道クロスが主であったのに対して、シーズンを経るごとにプレーエリアは手前や逆サイドにも徐々に拡大、昨シーズンからは往年のリオネル・メッシのようなフリーロール気味の役割を持ちつつ、ホーランドの奥へボールを配給する役回りとなった。
今シーズンはケガ明けという事情やフィジカル的な衰えを加味して、要所でキーパスを差し込むといったより限定的なタスクに舵を取り始めており、より一層自由なポジショニングが任されている。ボール循環は1列後ろのロドリやベルナルド・シルバが担当することが多く、味方のボール循環を半ば無視して数手先で空くであろうスペースを探して漂っておく様子が多く見られる。
2列目のどのポジションでも不自由なくプレーできることからデ・ブルイネのポジションチェンジに応じてマクロなバランスを保つように味方がリポジションを繰り返し、結果的に相手の認知負荷が増大している。このように見かけ上の役割は変化が見られる反面、彼自身のプレー選択や駆け引きの技術は一貫して目を見張るものがある。今回はチームから任せられたタスクよりもこちらを注目していきたい。
微調整は苦手だが…認知力と身体能力に支えられた連続性と唯一性
まずはオフ・ザ・ボールの動き。前述したように数手先を読んでスペースへ入っていく動きが年を追うごとに増えているが、そこへの走り込み方が非常に巧みである。サイドで相手を崩した際、ボールを基準にブロックは中央に戻すが、そのスライドのスピードに合わせず、ゆっくりとしたペースで徐々に方向を曲げながら、「ついさっきまで相手の中盤ラインが埋めていたスペース」へと入り込み、折り返しやこぼれ球を再度崩しへと繋げていく。このプレーはメッシが非常に得意としていたもので、時に止まったり、足を遅くしてみたり、あるいはランニングの方向を変えることでバイタルへと潜り込んでいる。
また、中盤低めの位置で味方がボールを持った際の背後へのランニングが、純粋なIHよりも多いのも特徴である。ここで注目したいのはその連続性であり、自分の起こしたアクションによって相手がどう影響されるかを細かく認知しているのが驚異的だ。誰の視界に入っているか、すなわち誰に管理されているか。そして誰から誰へと管理が映ったか。ゾーンベースのチームであっても最後は相手の立ち位置によってポジションは影響されることを逆手に取り、ミクロな駆け引きを実現している。そして何より、連続的なボール循環に対する素早い方向転換、あるいは止まった後の再加速といった優れたフィジカル能力がこうした連続性を生み出している。……
Profile
高口 英成
2002年生まれ。東京大学工学部所属。東京大学ア式蹴球部で2年テクニカルスタッフとして活動したのち、エリース東京のFCのテクニカルコーチに就任。ア式4年目はヘッドコーチも兼任していた。