松本山雅がJクラブ初の「チームビルディング」に取り組んだ狙い【仲山進也氏インタビュー/前編】
松本山雅の再建を託され、2023年に就任した霜田正浩監督は、他のJリーグクラブでは前例のない「チームビルディング」を取り入れた強化プロジェクトに着手した。そのファシリテーターとして霜田監督が白羽の矢を立てたのは、数多くの企業の『組織文化醸成プロジェクト』をサポートしてきた仲山進也氏(仲山考材株式会社 代表取締役/楽天グループ株式会社 楽天大学学長)だった。
前編では、松本山雅がチームビルディングの導入を決めた背景、シーズン序盤に実施したカリキュラムの導入部分について仲山氏に掘り下げてもらった。
プロジェクト実現の経緯
――「松本山雅のチームビルディングプロジェクト」は、シーズンを通した取り組みとしては前例がないように思います。どのようなきっかけでスタートしたのでしょうか?
「きっかけは、霜田さんからのメールでした。『仲山さんの書いた記事や本を読みました。面白かったので一度お話でもしませんか』と初めてご連絡をいただいて」
――霜田監督の方から連絡があったんですね。どのくらいの時期ですか?
「当時、霜田さんが大宮の監督をやった後、フリーのタイミングでした。対面でお会いする予定でしたが、台風が来てしまってオンラインでおしゃべりしました。霜田さんは僕がやっているチームビルディングの活動に興味を持ってくれていて、3時間半くらい盛り上がり、『機会があれば、自分のチーム作りに取り入れたい』と。その後、霜田さんが松本山雅の監督に就任し、『仲山さん、やりましょう』と連絡をいただいて、プロジェクトを進めることになりました」
――仲山さんはこれまでどのようにサッカーと関わってきたのでしょうか?
「僕は『キャプテン翼』が流行り始めた小学校3年生の頃にサッカーを始めました。中高は地方の公立校のサッカー部に所属し、大学時代は慶應キッカーズというサークルでサッカーを楽しみました。シャープ入社後は奈良配属になり、サッカー部に入って奈良県1部リーグでプレーしました。
楽天入社後は、社内で立ち上がったサッカー同好会で利重(孝夫)さん(元シティ・フットボール・ジャパン代表)と一緒にボールを蹴っていました。2004年シーズンに三木谷(浩史)さんがヴィッセル神戸のオーナーになった際、神戸に派遣されて楽天市場に公式ネットショップを立ち上げました。2016年には利重さんと久々に再会する機会があって、当時の利重さんはシティ・フットボール・グループの日本支部代表と横浜FMの統括本部長を兼務していた時です。横浜FMの社長を紹介してもらった流れから、プロ契約スタッフになりました」
――横浜FMではどのような仕事をされていたのでしょうか?
「当時、ジュニアユース監督だった菊原志郎さんから、『ジュニアユース向けに指導してもらえない?』と声をかけていただいて、それまで大人向けにやっていたチームビルディングプログラムを中学2年生の選手たちにやり始めました」
――そこでチームビルディングとサッカーが繋がるわけですね。
「はい。始めて少し経った時に中1の担当コーチから『仲山さん、中2にどんなことをやっているんですか?』と聞かれました。『なんでですか?』と尋ねたら、彼が中2の選手たちに『チームビルディングのやつ、どう?』と聞いたら、『楽しい』と返ってきたそうなんです。中1のコーチいわく、『彼らが勉強会みたいなものを楽しいって言うなんて想像できない』ということで質問をしてくれたと。それをきっかけに、育成コーチが僕に興味を持ってくれるようになり、成り行きで育成コーチの他、スクールコーチに向けてチームビルディング講座やコーチング講座をやらせてもらっていました」
――チームビルディングとサッカーの関わりは松本山雅が最初ではなく、すでに横浜FMで実践されていたということですね。
「はい。とはいえ、横浜FMの時は中2の選手向けやコーチ向けでしたから、トップチーム向けのチームビルディングは今回が初めての試みです」
――霜田さんの誘いを受けて、仲山さんが「やってみよう」と決めた理由はどこにあったのでしょうか?
「一般企業の経営者の方から『うちの会社でチームビルディングをやりたい』という相談を受けることがよくあります。そんな時、僕は『一度や二度、研修をやったくらいでは何も変わりませんよ』と答えています。今まで僕が支援してきた組織で一番上手くいったケースは長野県のクラフトビールメーカー『ヤッホーブルーイング』です。ヤッホーブルーイングは、僕の主催するプログラムに社長が参加した後、自社で3年ほど真剣に取り組み続けて組織文化が変わり、業績が急激に伸び始めました。チームビルディングは組織文化を変える取り組みなので、2〜3年くらいの期間をかけなければ成果は出にくいのです。霜田さんはその前提をきちんと理解し、この取り組みをクラブの中長期的なプロジェクトとして位置づけてくれていました。それがまず1つあります。
もう1つ、お引き受けしたいと思えた理由は組織全体のスタンスです。サッカークラブには『社長・GM・監督』というリーダーがいますが、その三者の意識がすり合わさっているケースは必ずしも多くありません。でも松本山雅は社長・GM・監督の意見がすり合わさった状態で、『このベースにチームビルディングを組み込むことで中長期的にポジティブな効果があると思う』と3者全員から言っていただけたので、それなら僕にも役に立てる可能性があると感じました」
――社長やGMも「ぜひやってみよう」というスタンスだったんですね。
「はい。2023年4月に初めて松本に行った時に、社長の神田さん、スポーツダイレクターの下條さん、霜田さん、強化の三島さんと食事をしながら話をしたのですが、『すり合わさってる感』が伝わってきました」
チームビルディングとは何か?
――ここからは具体的に仲山さんの取り組みについて聞いていきたいです。まず「チームビルディング」について初めて聞く読者も多いと思います。仲山さんが実施するチームビルディングとは何なのかを教えてください。……
Profile
浅野 賀一
1980年、北海道釧路市生まれ。3年半のサラリーマン生活を経て、2005年からフリーランス活動を開始。2006年10月から海外サッカー専門誌『footballista』の創刊メンバーとして加わり、2015年8月から編集長を務める。西部謙司氏との共著に『戦術に関してはこの本が最高峰』(東邦出版)がある。