2023シーズン途中に惜しまれながらもヴィッセル神戸を退団したアンドレス・イニエスタ。2017年以来となるバルセロナとスペイン代表の黄金期を演出した「魔術師」が不在のJリーグ新シーズンを迎える前に、その技術をfootballhack氏が前後編に分けて分析する。
2023年7月1日のJ1第19節コンサドーレ札幌戦を最後に、アンドレス・イニエスタはヴィッセル神戸に別れを告げた。日本での約5年間で見せてくれたプレーの一つひとつはまるで魔法のようだった。同じく「魔術師」と称されていたスペイン代表時代のチームメイト、ダビド・シルバからも「メディアからよく『最高の選手は(リオネル・)メッシ?それとも(クリスティアーノ・)ロナウド?』と質問されるけど、僕にとっては簡単な話さ。アンドレス・イニエスタがナンバーワンだ」と認められているほど。その比較対象であるバルセロナ時代の同僚メッシも「彼はいつも僕を驚かせてくれる」と脱帽していた。
その理由として挙げられているのが、「捕まえられそうな瞬間やボールを奪えそうな瞬間はいつも存在するのに、実際にはそれがうまくいかない」「彼は特別すばしっこいわけではないけど、相手から逃げられる能力がある。それはそのテクニックに由来しているんだ」と形容している繊細なボールタッチだ。そのメカニズムを、イニエスタに剥がされてしまうDFの視点から解説していこう。
守備の原則を逆手に取った引き出しの豊富さ
大前提として図1aのように守備者はボールホルダーがパスを受ける前からボールを奪いに行く目算を立てるが、こうして接近してくる方向や速度から外れたところにコントロールする技術がイニエスタは卓越している。このDFがボール奪取を意図した瞬間に発してしまう矢印を感知する力に長けているから、先手を取って常に取られない位置にボールを置けるというわけだ(図1b)。
もしDFが進みそうな方向を先取りしてスペースを塞ごうとしても、イニエスタはそれすらも感じ取って逆方向に切り返して逃げる(図1c)。守備者からすると常に自分の動きが見られているので、先にアクションを起こすと今度は虚を突かれてしまい、結果として触れることができないほど先を行かれてしまうのだ。だからといって矢印を出すまいと距離を取る対応をしてしまえば、卓越したビジョンとキックで一発で決定機に繋がる危険なパスを出されてしまうため、守りにくいことこのうえない相手だ。
だから例えば図1dのようにイニエスタが右足でボールをコントロールする瞬間、DFはプレッシャーをかけざるを得ない。その狙いどころとしては存在するのが4つの選択肢だ。図1dのAはトラップが予想される方向。Bはボール。Cは体の正面。Dは軸足。あなたならボールを奪いに行く矢印の終着点をどこに設定するだろうか?
もちろんピッチでの状況は一定ではなく、様々な駆け引きが成り立つので一つの正解が常に存在するわけではないことはあらかじめ頭に入れなければならないが、多くの場合、DFが自分の背後に守るゴールやスペースが存在しつつも、前に出てボールを奪いに行く時はある法則が成り立つ。
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footballhack
社会人サッカーと独自の観戦術を掛け合わせて、グラスルーツレベルの選手や指導者に向けて技術論や戦術論を発信しているブログ「footballhack.jp」の管理人。自著に『サッカー ドリブル 懐理論』『4-4-2 ゾーンディフェンス セオリー編』『4-4-2 ゾーンディフェンス トレーニング編』『8人制サッカーの戦術』がある。すべてKindle版で配信中。