1月21日、川崎フロンターレはNECナイメヘンからファン・ウェルメスケルケン際を完全移籍で獲得することを発表した。オランダでプロキャリアを重ねた29歳は、いったい何者なのか。2015年から継続的に取材してきた舩木渉記者が異色フットボーラーのルーツとキャリアを掘り下げる。
皆さんは「ファン・ウェルメスケルケン際」という名前を噛まずに言えるだろうか。
育成年代ではまったくの無名で、Jリーグでのプレー経験もない。それでもオランダで11年ものキャリアを積み上げてきたSBが、この度“逆輸入”選手として川崎フロンターレの一員となった。
インパクト抜群の名前と移籍直前のスーパーゴールで話題になったが、日本ではまだ彼がどういった選手なのかよく知られていないだろう。本稿では知られざる「際」のキャリアやパーソナリティについて紹介したい。
文武両道を貫く異色フットボーラーのルーツ
筆者が初めて際に会ったのは、2015年の夏だった。
ドルトレヒトに在籍していた14-15シーズンの第33節トゥエンテ戦でエールディビジ初出場を果たしたニュースをきっかけに興味を持ち、SNSを通じてインタビューを依頼。オフシーズンに際が一時帰国したタイミングで初めての取材が実現した。
「もちろん日本に帰ってプレーしてみたい気持ちもありますけど、プロキャリアを始めたのが海外なので、欧州でできるところまで上り詰めたいと思っています」
自身の未来についてそう語っていた際は、「大学では経営を勉強していて、将来は起業したいんです」とも言っていた。この夢、実はすでに叶っている。それだけで際が異色のキャリアを歩んできたことがおわかりいただけるだろう。
オランダ東部のマーストリヒトで生まれた際は、オランダ人の父と日本人の母とともに2歳で日本に移り住んだ。地元は山梨県の北杜市。自然豊かな清里の街で育った。そして、県内有数の進学校として知られる北杜市立甲陵中学校・高校を卒業している。中学からはヴァンフォーレ甲府の育成組織に所属し、遠く北杜市から練習や試合に通っていた。
ユースからトップチームへの昇格の話もあったというが、文武両道を志す際は大学に進むことを決めていた。しかし、センター試験の英語で1つずつズレたところにマークしてしまうという痛恨のミスを犯し、一般受験した筑波大学は不合格(筆者も彼と同じ年に同じ試験を受けて落ちた)。もともと「大学受験に失敗したらオランダへ行く」と決めていたため、父の祖国でプロサッカー選手を目指すことにした。
ここからが彼の行動力のすごいところだ。父に手伝ってもらいながら自分のプレービデオや履歴書をまとめ、オランダ1部と2部のほとんどのクラブに直接アプローチ。その中で、以前からつながりのあった当時2部のドルトレヒトから声がかかった。
ただ、最初は無給のアマチュア契約。セカンドチームでオランダサッカーに適応するための時間を与えられたが、2013年夏に渡蘭してからトップチーム昇格までの2年間は決して平坦な道のりではなかった。
ロッテルダム近郊の都市ドルトレヒトに本拠地を置くクラブだが、財政基盤が貧弱で、常に綱渡りの経営をしている。トップチームは上位クラブからのレンタル選手を大量に獲得して頭数を揃えなければならないほど不安定で、セカンドチームからの昇格は極めて狭き門だった。
それでも際は諦めず、他の選手をはるかにしのぐ努力を重ねた。セカンドチームの練習がない午前中にコーチと個人トレーニングを積み、オランダサッカーの基準に達していなかったフィジカルも徹底的に強化。家に帰ったら通信制大学の授業を受けて、課題にも取り組む。苦手だったオランダ語の勉強も欠かさなかった。
もともとはウイングだったが、ドルトレヒト2年目のシーズン中盤に負傷者の穴埋めとしてSBにコンバートされて眠っていた才能が花開いた。強豪トゥエンテに挑んだトップチームデビュー戦も、SBとして抜てきされた。
座右の銘は、中国の古典『孟子』の一節
際はよく「至誠」という言葉を使う。
これは中国の古典『孟子』の「誠は天の道なり。誠を思うは人の道なり。至誠にして動かざるものは、未だこれ有らざるなり」という一節に由来するもので、後半部分は幕末の賢人・吉田松陰も人生訓としたと言われている。
「至誠」は国語辞典で「まごころ」や「極めて誠実な心」と説明される。そして「至誠にして動かざるものは、未だこれ有らざるなり」とは、簡単に現代語訳すると「まごころを持って相対すれば、動かせないものはない」という意味になる。常に誠実に人やサッカーと向き合ってきた、際らしい表現だろう。
彼がいかに真面目かを知ってもらえるエピソードがある。……
Profile
舩木 渉
1994年生まれ、神奈川県出身。早稲田大学スポーツ科学部卒業。大学1年次から取材・執筆を開始し、現在はフリーランスとして活動する。世界20カ国以上での取材を経験し、単なるスポーツにとどまらないサッカーの力を世間に伝えるべく、Jリーグや日本代表を中心に海外のマイナーリーグまで幅広くカバーする。