【対談】山口遼×植田文也(後編):『エコロジカル・アプローチ』から占うトレーニングの未来
『エコロジカル・アプローチ』3刷重版記念特別公開
『エコロジカル・アプローチ「 教える」と「学ぶ」の価値観が劇的に変わる新しい運動学習の理論と実践』は、欧米で急速に広がる「エコロジカル・アプローチ」とその実践メソッド「制約主導アプローチ」の解説書だ。
その3刷重版を記念して、著者である南葛SC(関東1部)アカデミーコーチングメソッドアドバイザーの植田文也氏と、関東サッカーリーグ2部で優勝したエリース東京FC の山口遼監督が、社会の変化からも影響を受けているトレーニングの新しいパラダイムについて議論した対談を、本誌最新号から前後編に分けて特別公開する。
※『フットボリスタ第100号』より掲載。
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ーー選手の判断の方向性を統一するためにプレー原則は必要だけど、具体的過ぎればパターンになってしまう。抽象度のコントロールが難しそうだなというのが素直な感想ですが、その点で面白いと思ったのは、山口さんはゲームの構造から逆算したプレーモデルを描いている点です。「ピッチがあってゴールは動かない、人とボールが動く」のがサッカーというゲームの特徴で、それを攻略するために適切な行動があるわけで、そこから逆算したゲームモデルになっていると。これはつまりサッカーというゲームにおける「普遍的なゲームモデル」ということですよね。
山口「ええ。それを『アトレティコ・マドリーの風味にしてください』と言われても、そんなに大きく変わりません。なぜなら、中央をより多く使った方が得点は入るし、中央の方がチャンスになることを理解した上で、サイドにどの程度重みを持たせるかといったことですから。あるいは、例えばミドルサードでボールを失わない方がいいことは誰もが知っていて、60%なら『問題ない』とするのか『問題がある』とするのか、このパラメーターが変わってくるという話なので、根本の部分はそんなに変わりません。味つけを変えるのはとても簡単で、シーズンの途中で『今日はカウンターメインのプランにしよう』ということもあります。でも、サッカーの構造は変わらないので[5-4-1]のミドルブロックで守れるんですよ。ファーストDFの距離や、パラメーターをトレーニングの中で調整すればいいだけです。これは選手の立場からも、そこまで矯正されている感覚はないようです。だからベースは同じゲームモデルで、マンチェスター・シティのようにもアトレティコのようにも戦えるわけです」
植田「サッカーというゲームをプレーする以上、根本が変わるわけではなく、むしろ共通する部分の方が多くて、枝葉のアレンジ次第で最後のアウトプットがまったく異なる方向にいくという話ですよね」
山口「そうです。入力が多少なりとも異なれば、出力は大きく異なってくるのが複雑系の特徴です。逆にいうと、このくらいはチームでそろえておいた方がいいというものもありますが、あとは味つけの部分を、どこまで、どういうふうに、ということが変わってくるんでしょうね」
重要なのは「環境」を整えること。さらなる進化の鍵は選手にある?
ーー最後に「トレーニングの未来」について話を聞かせてください。まずは「育成でのトレーニング」から行きましょうか。
植田「ゲームモデルの縛りが強過ぎたり、選手から自主性が生まれないコーチングになったりすると、当たり前のことですが『似たような選手』が増えます。『外れ値』みたいな選手が減って平均的な選手が増える。皮肉なことですが、『サッカーの最先端のトレーニングとは何か?』みたいな議論を真面目にしているJリーグ下部よりも無名の高校や大学からいい選手が輩出されているという現在の現象を、うまく生かした方がいいのではないでしょうか」
ーー今の日本代表のメンバーを見ても、伊東純也のようにエリート街道を歩んでこなかった選手が大成している例は珍しくないですからね。エリート育成側の近年の傾向としてはアヤックスなどは「個の育成」を推進しています。これまでのオランダはチームとしての育成がメインでしたが、クライフがアヤックスに来て始めた「プラン・クライフ」では、どうやって個を伸ばすかがフォーカスされていて、その中からフレンキー・デ・ヨンクやデ・リフトが出てきました。
山口「『個の育成』という意味では、いろんな運動経験があったり、いろんな状況への適応可能性があった方が間違いなく強いので、多様なゲームモデルを体験することが大切であることは間違いないでしょう。一方で、複雑系をマネジメントする時に、ある種の趣向性、目的をすり合わせることも大事です。そういう意味でのゲームモデル、味つけですよね。例えばゆっくりプレーするか、速くプレーするかは、選手の獲得も含めて思想が出てくる部分だと思います。ドリブラーが均質的なチームよりも外れ値のあるチームから出てくるという現象はありますが、それはタッチ数制限などのトレーニングの制約の方に問題があるだけで、クラブや指導者が目指すサッカーに趣向性があること自体は間違いではないと思います」
ーーゲームモデルに監督の趣向性をどこまで入れるのかという問題はありますよね。近年ゲームモデルの制約が弱く、選手の阿吽の呼吸を重視するチームが結果を出す流れがあります。例えば、チェルシー時代のトゥヘル(現バイエルン監督)は定型のスタイルを作らずにCLを獲っていますし、ロシアW杯で優勝したフランス代表もカタールW杯で優勝したアルゼンチン代表も『ゲームモデルなんてあるの?』というパッチワークのチームでした。アンチェロッティのレアル・マドリーもそうだし、今の日本代表も似た印象があります。対策されにくいというメリットを考えると、今後はこうしたチーム作りが増えていくのでしょうか?……
Profile
浅野 賀一
1980年、北海道釧路市生まれ。3年半のサラリーマン生活を経て、2005年からフリーランス活動を開始。2006年10月から海外サッカー専門誌『footballista』の創刊メンバーとして加わり、2015年8月から編集長を務める。西部謙司氏との共著に『戦術に関してはこの本が最高峰』(東邦出版)がある。