荻原拓也のディナモ・ザグレブ移籍の背景。キーワードは「金子拓郎の存在」と「左SB問題」
1月12日、浦和レッズ・荻原拓也のディナモ・ザグレブへの期限付き移籍が発表された。すでにレギュラーとしてインパクトを残している金子拓郎に続く、2人目の日本人選手の獲得となる。クロアチア有数の強豪クラブが日本人選手を狙う理由も含めて、クロアチアサッカーのスペシャリストである長束恭行氏に今回の移籍の背景を解説してもらおう。
「荻原拓也は良い補強になると私は確信している。日本から(一時帰国の)金子拓郎と一緒にやってきただけに適応はしやすいだろう。日本人を連れてくるのならばペアの方が一般的だ。ここは文化を始め、すべてが日本と異なるのだから。それだけに荻原の適応はずっと早いだろうし、かなり楽になるものと考えている」
年明け早々の1月2日に始動したクロアチアの強豪、ディナモ・ザグレブ。新たに浦和レッズから移籍する24歳の日本人左SBに対し、記者会見場のセルゲイ・ヤキロビッチ監督は期待を膨らました。クロアチア1部のクラブで日本人を複数抱えた事例は、98-99シーズンに松原良香と財前宣之が在籍したリエカにまでさかのぼる。10年間のJリーグ生活を通して日本人の特性を深く理解し、古巣のディナモにJリーガーを紹介してきたミハエル・ミキッチ(現在はスロベニアリーグ首位のツェーリェでアシスタントコーチ)と話をした際、「日本人は複数で獲得すべき」と力説していたのを私は思い出す。
ヤキロビッチ監督の期待
今季途中に就任したがゆえ、ヤキロビッチ監督はこれまで自分が志向するスタイルを追求できなかった。彼が目指すのはハイプレスでボールを奪ってからは直線的に仕掛け、スペースを一気に攻略するサッカーだ。そのためにはスピードある選手が不可欠。荻原のプレーを映像で確認したヤキロビッチ監督は印象をこのように述べている。
「ディナモには典型的な左SBがいないので、チームの誰かと荻原を比較するのは難しい。まさに彼は左SBを専門とし、縦に強くて直線的な上、多様なプレーや1対1も得意している。サイド突破もできるし、クロスも上げられる。4バックでのディフェンスも安定している。浦和の一員としてクラブW杯のレベルで見せたプレーを気に入っているよ。マンチェスター・シティの選手たちを抜き去った場面は特に良かった」
今冬のディナモには脇坂泰斗(川崎フロンターレ)、橋岡大樹(シント・トロイデン)、浅野雄也(札幌コンサドーレ)といった日本人獲得の噂が上がったが、いずれも信憑性に欠けていた。アカデミー育ちの生え抜きや青田買いした国内組(まれに国外選手)を代表クラスに成長させ、20代前半のうちに高額売却するシステムを財政の柱にしてきただけに、セルティックのような「日本人コロニー」を早急に作ることは経営方針にそぐわない。特に中盤に関しては、アリヤン・アデミやヨシップ・ミシッチといった重鎮に加え、マルティン・バトゥリナやマルコ・ブラト、ペタール・スチッチといった売り出し中の若手がひしめいている。国内では人材が見つからず、国外市場でピンポイントに求めているポジションは左SB。そこで日本人に白羽の矢が立った理由として、「先輩」の存在を語らずにはいられないだろう。クロアチアリーグで一躍スターダムに駆け上がった金子拓郎だ。
敵将も絶賛。地位を確立した金子の影響
7月25日にコンサドーレ札幌から加入した直後から公式戦フル出場を果たした金子だが、イゴール・ビシュチャン監督がCL予選敗退直後に解雇されたことでポジション争いはリセット。9月の代表ウィーク中に肋骨を負傷して一時離脱を強いられたことで、新監督にアピールする機会も逸してしまった。今夏に補強した選手がことごとく期待を裏切った責任を問われ、スポーツ部門のトップだったダリオ・シミッチが10月10日に辞任。国内リーグでもECLでもチームは精細を欠き、ヤキロビッチ監督の首元に寒風が吹きつける中、窮地の指揮官を救ったのが、長く「蚊帳の外」に置かれていた金子だった。前回の記事に詳しく取り上げたように、第13節ロコモティーバ戦のアディショナルタイムに挙げた逆転弾で彼のステータスも「大逆転」する。
あのワンゴールで指揮官の信頼を得た金子は右ウインガーに固定され、得意のドリブルで敵を翻弄するようになる。以前は足下でボールを要求しては潰されていたが、チームメイトとの相互理解が深まったことや欧州基準のジャッジを理解したこともあって、適度な「間合い」を掴み始めた。そこからの加速力と予測不能なボールタッチで対面選手を次々と抜き去り、右サイドからチャンスメイクすることで評価は急上昇。独善的なプレーに走ることもなく、守備を懸命にこなす姿もクロアチア人好みだ。ロコモティーバ戦以降に先発出場した公式戦8試合を5勝3分の無敗を切り抜け、金子自身も1ゴール5アシストの数字を残した。
2023年最後の試合となるハイデュク・スプリト戦でも金子は高いパフォーマンスを披露し、とりわけデュエルでは16回中14回に勝利。金子から続くプレーを寸断することで敵地の「クロアチアダービー」をスコアレスドローに終わらせた敵将のミスラブ・カログラン監督は、26歳の日本人ウインガーをこのように激賞した。
「このリーグにおいて金子は少し特殊な存在だ。あのようなプロフィールの選手を私は長く見たことがない。いかにして金子を止めるか、という目的だけのトレーニングに我われは取り組んだほどだ。彼はメッシのように動き、ワンプレーで違いを作り出せる」
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Profile
長束 恭行
1973年生まれ。1997年、現地観戦したディナモ・ザグレブの試合に感銘を受けて銀行を退職。2001年からは10年間のザグレブ生活を通して旧ユーゴ諸国のサッカーを追った。2011年から4年間はリトアニアを拠点に東欧諸国を取材。取材レポートを一冊にまとめた『東欧サッカークロニクル』(カンゼン)では2018年度ミズノスポーツライター優秀賞を受賞した。近著に『もえるバトレニ モドリッチと仲間たちの夢のカタール大冒険譚』(小社刊)。